地獄
仕事が終わり何事も無く社宅のアパートに戻った。アパートの扉が閉じた音がした瞬間、目の前が暗くなっていき体の力が抜けていく。
……助けを呼びたくても声は出ない。
俺は死ぬのか?
冷たい床の上で朦朧とした意識の中、死が近づいていることを察した瞬間、音と明かりが一瞬で消え失せた。
ーーどれほど時間が経ったのか、朝目覚めるのと同じ様な感覚でゆっくりと目を開くと赤黒い光景が目の前に広がる。
死んだはずなのに感覚がある。
硬い石の上に寝そべっていることに気付き、起き上がろうと手を着く。
「……生きてる?」
ボソッと呟いてみるが、目の前に広がる光景がこの世のものでは無いことを告げていた。
赤黒い空、所々火が立ち上り、遠くから悲鳴のような呻き声のような音が聞こえる。
状況が理解出来ず、どうするべきかも分からないまま、ぼーっと目の前の光景を眺めていると、背後から河原の石を踏む音が聞こえ振り返った。
「おや珍しい。亡者が獄卒に転生ですか」
振り返った先に居たのは和装の女性で、そう言うと男の近くに歩み寄り隣へと座った。
色白で優しそうな面持ちの女性はニコリと笑うと、大丈夫ですか?と男に声をかける。
「あの……俺は……」
「あぁ、ゆっくり説明しますね。…まず簡単に言うとここは地獄です。」
女性は男が既に死んでいることと、本来亡者として十王の裁判を受けるはずが、地獄に来た際に『獄卒』と呼ばれる地獄で呵責を行う鬼に転生した事を説明した。亡者が獄卒に転生するのは余程珍しいことのようで、なぜ転生したのかは女性も分からないとのこと。
女性からゆっくりとした口調で説明を受け、男も落ち着いて状況を飲み込むことができた様子。
慌てふためく様子もなく女性の話を静かに聞いていた。
「あ、申し遅れました。私、閻魔大王の側近で凛と申します。」
凛と名乗った女性はその場で軽く頭を下げて挨拶をする。その際頭部に2つ小さな角がある事に男は気が付いた。その瞬間はっと息を飲み先程の凛の言葉を思い出す。獄卒と呼ばれる地獄で呵責を行う『鬼』に……自らの頭に両手を当て角が生えているのかと頭を掻き毟るように確認する。
「……」
どうやら男には角が無いらしい。突然目の前で頭を掻き毟る男を、凛は軽蔑する様子もなくクスクスと微笑んで見ていた。自分の行為に気が付き男は凛から視線を逸らして、すみませんとポツリと呟く。
「大丈夫ですよ。貴方は我々の仲間ですが、まだ来たばかり。とりあえず閻魔殿へ向かいましょう。」
立てますか?と凛が先に立ち上がってから、男へと手を伸ばした。




