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2−1

無事(?)に魔女カベルネに脚をもらったアレル。しかし多額の借金を言い渡された上に、動けない状態で浜辺に放置されてしまう。

あの子に会う前に命の危機に瀕しているアレル。この危機を脱することはできるのか?

ザザーン…と、波が音を立てて足に触れる。今は満潮の時刻のはずなのに、波は身体を攫ってはくれない。


アレルが海岸に一人取り残されて、2日が経った。空腹で腹が鳴るものの、相変わらず地上の重力に勝てずに砂浜に埋もれていた。

「うう…」

助けを呼ぶ気力もなく、呻き声が漏れた。

魔女・カベルネに脚を生やしてもらったにも関わらず、体質は魚人の時と大差ないようだ。2日間、雲ひとつない快晴で天日干しされた身体は、恐ろしいほどに乾いている。ヒレに至っては乾き切り、少しでも触れれば折れてしまいそうなほどだ。

徐々に脚の痛みも蘇りつつある。ズキズキとした小さな衝撃が、意識の遠くの方で燻っているのがわかった。

見れば、周囲に黒い鳥の群れが遠目でこちらを見ている。死んだら啄んでやろうとでもいうように、舌なめずりをしている風にも見えた。

「た………だれ…か……」

叫ぶ体力もなければ、喉もカラカラに渇いてしまい掠れた息だけが漏れる。

もう自分ではどうしようもない。動けない上に声も出ず、ここから大逆転するには誰かがここを通るのを待つしかない。


「…何だ、行き倒れか?」


突然、頭元に影がさす。

「やけにカラスが集まってると思ったら…何で全裸なんだ…? とりあえず、おい。大丈夫か?」

驚いたような、困惑しているような声の人物は、アレルの肩をぽんぽんと叩く。

「……ぁう、…!」

今度こそ助けを求めようとしたが、パクパクと口を動かすので精一杯だ。

「おい、おいって…こりゃだめだな」

その人物はうーん、と唸った後、ドサリと何かをアレルの顔の前に置く。


それは、弱った魚の山。


「…!?」

網に入れられた魚たちは、力なくピチピチと跳ねている。そのいくつもの瞳が助けを求めるように、こちらを見た。または、逃げろとでも訴えているのか。

「しゃーねぇな…よっと!」

そんな声と共に、視界がぐるりと動く。体を支えるものが地面より小さくなった。担ぎ上げられているようだ。

(お、俺をどうする気!?)

その人物はそのまま、さっさと歩き出してしまう。アレルもそう軽い訳ではない筈なのだが。

(そ、そういえば…)

こんな状況で、アレルはリーダーに言われたことを思い出す。

(リーダーが言ってた。俺たちと同じように、地上の種族も魚を取って食べるって…!)

魚人族の大半は食料として、海藻や珊瑚の他にも魚を狩って食べている。それは地上の大半の種族が同様だという。

もし、もし。


この人物に、自分が魚だと思われているなら?


そこまで考えつくと同時に、このまま身を任せるのは危険だと悟った。何とか暴れて離れようとするも、今の体力では身を捩るので精一杯だ。

このままでは、待っているのは…。


(嫌だ…あの子にも会えずに死ぬなんて絶対に嫌だーっ!!)






「よっこらせ」


と、降ろされたのは浅瀬だった。

水の冷たさが触れた途端、ブワッと全身に血が巡る。慌てて顔を水面につけて海水をゴクゴクと飲み込んだ。肺呼吸生物が空気を求めて水面から顔を出すように、海水が体を巡るとみるみるうちに力が湧いてくる。

「〜〜〜ッぶはッ!! ゲホッ、ゲホ…」

バサッと顔をあげると、慌てて飲んだせいでむせ込んでしまう。そして肺呼吸であることを忘れていたのか、一気に潮っぽい空気が気管に飛び込んできた。

「生きてるな。平気か?ここ、どこだか分かるか?」

浅瀬に降ろしてくれた人物を見上げる。大きな図体で、顔に傷を作った男がじろりとこちらを見下ろしている。リーダーに似た体格から、おそらくはなんらかの種族のオス…男だろう。

「はぁッ…はぁっ…う、海…?」

「そうだ。漂流者か?………いや」

男はアレルの尻尾を見ると、ふむ、と顎に手を当てた。

「魚人族…なんだよな?初めて見るな…」

「あ……」

その視線で、アレルはハッと自分の下半身を見た。

尾びれではない、2本の脚がしっかりと水底についている。目の前の男に比べれば、ずいぶん細い足だ。


でも、動く。


多少の痛みはあるが、力を入れると指がぐっと握られる。関節で曲がる。

この脚があれば、きっとあの子に会いに行ける。

「………ハハッ……」

思わず、笑みが漏れた。

「ん?何か言って…」


「やっっったー!!!」


男に構わず、アレルは大声で叫んだ。グッと拳を握って空に突き出す。先ほどまで枯れていた喉が嘘みたいに咆哮を上げる。

ずっと夢見ていたことが叶ったのだ。


嬉しい。


嬉しい。


今、アレルはえも言われぬ喜びに包まれていた。


そしてその姿勢のまま、パタリと後ろに倒れ込む。ザン、と水中に後頭部から突っ込むと、意識と共に視界も音ももわりと歪んだ。

「あッおい!いきなり…ったく!」

ブクブクと海に沈みながら、男の焦ったような声が聞こえる。水の冷たさが気持ちよくて、やはり自分が海の生き物であることを感じた。

ややあって助け起こされるような動きを感じたが、もうアレルの意識は沈みかかっている。


干物になりかけたここ2日の苦痛から解放されて、ようやくアレルは穏やかに瞼を閉じた。






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