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波が打ちつける音が、いつもより小さく聞こえる。尾びれがあるあたりに違和感を感じて、アレルはそっと目を開いた。

「…う、ん……?」

ぼんやりと見える視界の先。陽は明るく、洞窟ではない場所だ。砂浜に打ち上げられており、波が尾びれにひたひたと打ち寄せている。

見慣れた尾びれと、もう2本、見慣れない何かがある。

そう認識した瞬間、


ビキ、


「ーーーーーーッいっ、たぁああッ!?」

激しい痛みが、下から湧き上がってくる。まるで下半身を、鋭い歯を持つ魚に何度も何度も食まれているようだ。

「な、っにこれぇッ!?」

「そりゃそうだろう。元々体にない器官を無理くり生やしてるんだ、痛いに決まってるさ」

飄々とした声が聞こえる。見上げると、魔女が頭元に立って見下ろしていた。

「…魔女、さん」

「しかしまあ、お前が決めた事だからね。文句は無しだよ」

「…」

痛みに耐えながら、グッと目を瞑る。

「…そう、だね」

ズキズキと痛む感覚が消えない。それでも、アレルは顔を上げてニカッ、と歯を見せた。


「こんなに…嬉しいの、初めてだ…!」


「…」

「魔女、さん。ありがとう…、これで、あの子を…ぐ、ッ…!!」

冷や汗に塗れながら、歪に笑ってみせる。どうやら強がりではないその笑顔と言葉に、魔女はフウ、とため息をついた。

アレルの傍に移動すると、出来たばかりの脚に手を添える。そして何かを唱える声のあと、ピタリと痛みが止まった。

「っ、はあっ…はあっ…?」

痛みから解放されたアレルは、上がった息を何とか整えながら魔女を見た。彼女はすっと立ち上がり離れると、じろりと睨みを効かせる。

「痛みで頭がイカれちまったようだね。これで少しはマシな冗談が言えるかい」

「…はあ、はぁ…ありがとう、魔女さん」

礼を言い、アレルは体を起こそうとする。随分と体が重く、腕で上半身を支えるのがやっとだ。

「お、もっ…」

「海の中とは勝手が違うからね。体を起こせるようになるまで、何日か掛かるだろうよ」

「うーん…練習あるのみ、かあ」

苦笑するアレルの脳裏に、ふと群れの仲間たちのことが浮かぶ。

何も言わずに出てきてしまった。リーダーには特に止められていたのに、そのまま振り切って出てきてしまった。

「…リーダー、怒るかなあ」

いつも穏やかに接してくれていたリーダー。責めるつもりはないとは言っていたものの、今度こそ大目玉を喰らう可能性がある。

その前に、もはや会えない可能性すらあることに気付いて、腕の力が抜ける。ドサリと砂浜の上に体を預けた。

魔女は覗き込むようにして頭元に立つと、グッとしゃがんで顔を近づけた。



「さて、小僧。金の話をしようか」



「へ?」

唐突に、魔女が切り出す。

にっこりと笑いながら、魔女はどこからか羊皮紙を取り出した。

「カネ、って…?」

「脚生やすだけで陸上生活できると思ったのかい。呼吸器官を適応させたり、何だかんだと手間がかかるんだよ。それに今だって、鎮痛魔法かけてやったろう?手間賃だよ、手間賃」

「…???」

魔女の言っていることがいまいち理解できず、アレルは目を丸くして彼女を見上げる。それを無視しながら、魔女は羊皮紙にサラサラと何かを書いてアレルに見せた。

「いっ…


いっせんまん、マニー…????」


驚愕の声をあげるアレルに、魔女は満足そうに頷く。

「文字も読めてるし、言語適応も機能してるようだね」

「いや、あの…一千万マニーって、何?」

「ま、精々頑張るんだね。どんな職に就いたところで、1、2ヶ月やそこらじゃ返せないだろうが」

「は…??」

今までにないほどの清々しい笑顔を見せた魔女は、立ち上がってくるりと背を向けてしまう。慌ててアレルが呼び止めた。

「ちょっ、魔女さん!?」

「…魔女、ねえ……」

魔女はピタッと足を止め、顔だけこちらに向ける

「名前も知らない相手に借金を返すってのも妙だ、折角ならこう呼びな。

あたしはカベルネ。カベルネ=ソーヴィニヨン」

魔女、カベルネはニヤリと笑いながら、先ほどの羊皮紙をアレルに投げた。

「しっかり走り回ってちゃっちゃと返しとくれよ」

それだけ言い終わると、ふっと消えるように去ってしまう。残されたアレルは呆然とその光景を見送った。

「…えっ?…この状況で放置…!?」

現状を口にすると、事態の異常性と緊急性が鮮明に頭の中に広がっていく。頭からサアッと血が引くのを感じて、思わずアレルは叫んだ。


「わあぁっ!? 誰か助けてーーーー!!」


その声は、波にかき消されて誰にも届くことなく消えていった。





アレルの洞窟の中。

遺物の山の近くを、魔女が投げ捨てたワイン瓶がコロコロと転がる。


そのラベルには、


「原材料  ぶどう(カベルネ=ソーヴィニヨン)」


と書かれていた。





続く

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