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6−7

* * *



「薬が出来るまで2日くらい掛かるから、その間無理しないよう親父さんに言っておくんだなァ」

心なしか満足げな顔をしているサイサリスに見送られながら、4人は路地裏を後にする。ふらついた足取りでべそをかくアレルに3人で「よく頑張った」「我慢できて偉いぞ」「痛かったな」など、まるで子どもにそうするような言葉を掛けながら慰める。

「みんな酷いよ…さっきまで守ってくれてたのに…」

「まあまあ。これで解決したんだからいいだろ?な?」

ジュードに頭をぽんぽんと撫でられるも、涙目で不服そうに睨み上げる。

「わ、悪かったって。何かうまいもんでも食って帰るか!」

「…マーグホフトさんのとこのビーフシチューがいい………」

「おう、おう分かった!ララティップ寄ろうな!」

そのやり取りを苦笑しながら見ているミランダの隣で、フレッドは浮かない顔をしながら歩く。

「…良かったな、フレッド。父親が何とかなりそうで」

「…ミランダさん……すいません。俺が一人で大騒ぎしてただけみたいで」

力なく笑うフレッドの隣を、ミランダは歩幅を合わせて歩いた。


採血が終わったあと、3人がサイサリスに問い詰めた。

アレルに毒薬を飲ませようとしてたのは何故かと聞けば、「毒薬じゃないって言ってんだろ、ありゃ麻酔だ。マロに此奴は物知らずだって聞いてたからなァ。経験ない奴に採血するとなりゃ暴れるだろうから、寝てる間にでもやっちまおうと思ってたんだよ」と言う。

フレッドにハッキリと血液が必要だと伝えなかったのは何故かと聞けば、「言ったつもりだったんだがなァ。俺だってミスの1つや2つあるさ」と言う。

何故フレッドにアレルを連れてこさせようとしたのかと聞けば、「ほら、俺ぁ誤解されそうな見た目してるだろう?同じ年頃のフレッドが行きゃ話が早いかと思ってたのさ。まァ、騙そうとまでしてるたァ思わなかったがな」と笑いながら答えた。


結果、フレッドは自分の勘違いで事を大きくしてしまったことを恥じ、そしてそのせいでアレルに酷い対応をしてしまったことに引け目を感じているようだった。

「…父さんを助けられることになって、感謝してるのに…合わす顔がありません」

「…」

ミランダの気遣わしげな表情すら、今は心苦しい。感謝も、謝罪も、伝えないといけないことがたくさんあるのに声をかけることができない。

すると、ミランダが強引にフレッドを前に押し出して背中を叩いた。

「ちゃんとした友達になりたいんだろう?」

「…でも」

「あのサイサリスにすら、仲間になれとか言ってた奴だぞ?お前のことを拒絶するとは、私は思わん」

ミランダの迫力ある顔が、ふっと緩み優しい笑みを滲ませる。前を歩くジュードとアレルに目を向けると、ちょうど振り返ったアレルと目が合った。肩がビクリと震えて目を逸らしてしまうが、そろりと視線を戻した。

「…アレル、あの……」

切り出そうとしたとき、アレルがすたすたと近付いてくる。突然のことに慌てていると、フレッドの腕をがっしりと掴んだ。

「フレッド、ご飯行こっ!」

「は!?」

「ジュードがお祝いだからって奢ってくれるんだって!」

「奢ってってお前…毎日俺の金で飯食ってんだろ!」

「奢りって響きが好きなの!

ね、ミランダさんも!マーグホフトさんならきっと大丈夫だから!ウラ爺も呼んでさ!」

「フッ…ああ、そうだな」

美味しいものが食べられるという高揚で、先ほどまでの落ち込みは完全に忘れてしまっているようだ。フレッドを掴んだまま、楽しそうに駆け出す。その様子があまりに可笑しくて、ミランダが困り顔で笑い、ジュードは「神の試練も金次第か…」と唸りながら財布の中身を眺めている。

手を引かれながら、フレッドが堪らず口を開いた。

「アレル!」

「なにー?」

「…っごめん!本当にごめん!俺……っ!!」

必死の声に、アレルはきゅっと唇を結んだ。だがすぐに顔が綻び、振り向いて照れ笑いを浮かべる。

「いいよー!」

まるで大したことはない、とでもいうように明るい声を返す。手を引いて走る脚は止まらず、喜びを身体全体で感じている様子はまるで無垢な子供だった。

そしてしばらく走ったあとに突然止まったかと思うと、振り返ってフレッドの目を真っ直ぐ見た。

「お父さん、早く治るといいね」

「……っおう…!」

「さ、早くララティップに行こ!ジュード、ミランダさーん!置いてくよーっ!」

後ろを歩く2人に手を振りながら、アレルはララティップに向かって走り出した。



* * *



ガタン!と大きな音を立てて床に倒れ込んだのは、サイサリスだった。衝撃で机にあった薬瓶が2つ3つと床に落ちて割れる。

その身体を蹴りつけるように、とんがり靴のヒールが腹に刺された。

「ぐッ…!!」

「話が違うじゃないか、薬屋」

脚をぐり、と押し付けながら見下ろす目は冷ややかで、視線だけで殺されそうな悍ましさを醸し出している。

深い紫の瞳は───魔女カベルネは、サイサリスの襟ぐりを掴んで頭を起こさせる。

「小僧の心臓を使って薬を作るんじゃなかったのかい。まさか今更、命を奪うことに怖気づいたなんて言うんじゃないだろうね」

サイサリスは引きつった笑いを浮かべ、痛みに耐えながら何とか言葉を吐き出す。

「仕方ねェだろ?あんたみたいな根無し草と違って、俺ぁ此処での生活があるんだよ。

それに、状況が悪すぎたんだ。ミランダの影響力は、店の人気を考えりゃ危惧すべきだろ。あれが今回の事を吹聴でもすりゃ、俺は廃業しかねねェ」

「…」

「あの神父も厄介だったな。防御魔法があるとはいえ、こんな狭い部屋の中でぶっ放されちゃ、今まで作った薬がパァだ。ああやって収めるのが一番だったろ?魚人族の心臓はまたの機会に…ぐぁッ!!」

とんがり靴が、今度は勢いをつけて顔面に飛んできた。思い切り顔を蹴飛ばされ、サイサリスは蹲る。

その様子を忌々しげに眺めながら、その暴力の主は部屋の中をじとりと見回した。

「あたしに騙りをやろうってのはいい度胸だね。これの何処が『狭い部屋』なんだい」

ほとんど自分の身長と変わらない天井をするりと撫でる。その手がベールを取り去るように振り下ろされると、直ぐ側の棚の奥にふわりと空気が流れ始める。

その様子を這いつくばって見ながら、サイサリスは小さく舌打ちした。

「魔女に隠匿魔法は通用しねェかあ」

2人の見つめる先、薬棚の奥に、闇を暴くように空間が広がっていく。同時に天井が拡張されるように抜けていくと、部屋の中に死臭がむわりと広がった。


そこにあったのは、あらゆる生き物の死体。


獣人、エルフ、ゴブリン、ドワーフ、オーク…羅列すればきりが無いほどの数だ。丸ごとの遺体が数十体、そしてその側には何らかの液体に漬け込まれた臓器が夥しいほど並べられている。

天井からは首の落とされたドラゴンらしき生き物が丸ごと吊るされ、本来の天井には隠匿魔法のための魔法陣が描かれている。

そしてそこにある遺体はいずれも、綺麗に切り取られたような跡があった。

「しかし獣人が匂いで気付かなかったんだ。上手く隠してたろう?」

「…」

口からペッと地を吐き出し、サイサリスは膝に手をつきながら立ち上がる。垂れ下がる肉塊を愛おしそうに撫でてぬらりと笑った。

「ルリエフテルが種族の宝庫だってことはあんたでも知ってるだろう」

サイサリスは色とりどりの瓶が並ぶ棚に手を掛け、ひとつひとつ手に取って眺める。

ルリエフテルというのは、アレルがたどり着いたこの街の名前だ。海に面しており交易船の出入りが盛んなこともあり、あらゆる種族が住んでいる。それこそ、傍らに並べられた『彼ら』のように多種多様だ。

「人間からあらゆる亜人、モンスターまでこの街には住んでいる。どんな検体も材料も手に入り放題、薬の実験にはうってつけなんさァ。だからこそ、俺の薬はよく効く。

此処でしか作れない薬がたんまりある。この生活を失うなんざ有り得ねェのさ」

「ハ、下衆め。お前の下品な趣味なんてどうでも良い」

ルネは吐き捨捨てるようにせせら笑い、目に付いた臓器入りの瓶をいくつか魔法で引き寄せる。高くなった天井近くまでそれを引き上げると、サイサリスの表情がスッと凍りついた。

「…手前ェ」

その声が静かな怒りに震得るのも構わず、ルネは帽子のレースをなびかせて冷ややかな視線を向けた。

「お前の動き次第では、大事な成果物が泡と消える事になるね。さて、次の一手を聞こうか?

あの餓鬼はもう使えないだろう。似たのを探すつもりかい」

「……」

試すような言葉に、サイサリスの指先がピクリと引き攣る。少しの沈黙のあと、その口元が不気味な笑みを作った。

「手前は随分あの小僧に入れ込んでるようだなァ」

「…何?」

「分からないとでも思ったのか?殺そうと思えば手前で殺せるのに、そうしないのはあの兄ちゃんに何かを求めてるって事だろうよ。

何故俺を巻き込んだ?…いや」

勿体振るような間を持たせ、長い袖を口元に当てた。


「フレッドにも唾つけてまで、何がしたかったんだ?」


長い前髪の隙間から覗く視線が、蛇の毒牙のようにルネの首を狙っている。

「彼奴ぁ俺が声かけた時点で魚人族がこの街に来たことを知ってたぜ。俺より前に入れ知恵した奴が居るってことだ」

「…」

「図星を突かれたらだんまりか。何ともまあ杜撰なやり口だな。それともそこまで頭が回らないほど焦ってたか?数百年生きていてもまるで童女の悪戯じゃねェか」

嘲りを含む口撃に、ふはっとルネが軽く笑った。向けられた瞳がにやついたサイサリスの首に手を掛ける。

「漫談か何かが始まったのかと思って聞いてりゃ、あたしに喧嘩を売っていたとはね。あんたも少し早口になってるところを見ると、余程『成果物』に傷をつけられたくないみたいじゃないか」

お互いの殺気がぶつかり合い、薬棚や机、その上のランプまでがカタカタと音を立てて揺れる。

その途端、壁を覆っていた蛇たちが素早く走り、ルネに捕らえられていた瓶に飛び付く。ルネもそれに気付いて魔法を手放すと、瓶は蛇ごと床へ落下していく。

サイサリスが即座に蛇を集めて瓶への衝撃を和らげ、ルネはその隙に近くの薬瓶を魔法で割った。薬液が滴る、鋭い切っ先を相手の首元へと構える。しかしその手にまた多数の蛇が絡み付き、攻撃を阻止しようと締め上げた。

2人の動きが拮抗して止まった。双方息ひとつ乱さないがその空気は張り詰め、どちらかがピクリとでも動けばさらなる攻防が始まるだろう。

そんな空気の中、ルネが再びフン、と鼻先で笑った。持っていた瓶の破片を手放して落とすと、蛇がそれを追って地面へ急ぐ。何とかまた地面に落ちてしまう前にキャッチに成功したかと思えば、その隙にルネは姿を消してしまった。

「チッ…邪曲の魔女め、人の部屋を散々荒らしてくれやがった」

忌々しげに吐き捨て、サイサリスは窓にカーテンをするように遺体の並ぶ空間に魔法をかけていった。


続く

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