6−6
狭い空間での大声が響き、それぞれの動きがピタリと止まる。
「何だよアレル止めんじゃねぇ!!」
「こんな碌でもない奴は、これ以上野放しにはできん!!」
「随分な言われようじゃねェか、まるであんたらは俺と違って聖人君子みてェだな?」
「だからストップだってば!!」
今だに口撃の止まない3人に再度釘を刺す。フレッドの肩を借りて立ち上がり、3人の真ん中に立って顔を見回した。その脚は少しふらつきを見せるものの、力強く床を踏みしめる。
「ここは海じゃないんだよ!」
「はぁ!?」
「みんな言葉が通じるでしょ!話し合えるのに何ですぐ攻撃し合おうとするの?」
アレルは鼻息荒く言いながら目を吊り上げ、ジュードを指差した。
「ジュードそれ仕舞って!ミランダさんは落ち着いて!サイサリスさんは…とりあえず喋らないで!」
アレルに指図された3人はそれぞれ声にならない戸惑いでモゴモゴしていたが、渋々ながら従う。
「サイサリスさん、俺の身体を使えばフレッドのお父さんは助かるの?」
「ああ、勿論。提供してくれるってのか?」
「それは嫌だ!」
サイサリスの言葉に、アレルは首を横に振って即答した。
「俺は好きになった子に会うために地上に来たんだ。ここで死ぬわけにいかないもんね」
はにかみながら言うアレルの後ろで、フレッドはほっとしたような、絶望したような表情で俯いた。隣にいたミランダはそっとその肩に手を添える。
「フレッド、大丈夫だよ」
そこにアレルも寄り添い、両肩をがっしりと掴んだ。顔を上げると、いつになく真剣な眼差しが飛び込んできた。
「俺、一緒に探すから。フレッドのお父さんの病気が治る方法」
「…あり、がとう」
フレッドの手は強く握られ、弱々しく声を出す。そこに喜びや安堵はなく、アレルの言葉も半信半疑なのだろう。
アレルはもう一度ぽん、とその肩を叩く。手に熱を帯び、暗い瞳の奥に何とか声を届かせようとした。
「ねえフレッド」
「…」
「…俺、群れでは結構笑われてたんだよ。地上に行くのなんて無理だ、すぐ死んじゃうぞってさ。
でも今、こうして地上に゙立ってるんだよ?歩いて、色んなところに行って、たくさんの人に出会えた」
フレッドがぼんやりとアレルの目を見る。こちらを見る瞳が希望を諦めていない色を見せ、ニカッと笑ってみせた。
「大丈夫!お父さんが治って、誰も傷つかない方法は絶対ある!一緒に探そう!」
すると、ミランダとジュードもアレルのそばに立って手を差し伸べる。ジュードが無理やりフレッドの手を取り、その温かさと力強さをひしひしと感じる。ミランダも柔らかくその手を包み、彼女の優しさが伝わるようだった。
「俺も、全力で迷える隣人を助けるぜ。神の教徒としてな」
「私に出来ることは少ないかもしれないが、私もじいさんも持ちうるすべての力を貸そう。大丈夫だ、何とかなる」
「……っ」
「ね、フレッド!」
フレッドは熱くなる目元を擦り、2人の手を強く握り返した。顔を上げて3人を見回し、ニッとやや引きつりながらも笑ってみせる。
「絶対に父さんを治すからな。頼んだぞ」
「もちろん、任せて!」
アレルが胸を張って笑い、2人もそれにゆっくりと頷いた。
「目出度し目出度し。それで話は終わったかい?」
それをじとりと退屈そうに眺めていたサイサリスは、くわあと欠伸しながら椅子から立ち上がる。当然のように警戒するが、彼はうんざりした顔で溜め息をついた。
「何だか馬鹿らしくなって来らァ。あんたらは友情深めていい気分かも知れねえが、俺はすっかり悪者扱いで蚊帳の外だ」
「あ、ごめん!サイサリスさんも仲間に入ればいいよ、ほら!」
アレルは両手を広げて、飛び込んでこいと言わんばかりだ。しかしその後ろの3人はギラリと目を吊り上げて鋭く睨んでいる。
アレルのあまりの能天気さに、やれやれと呆れを顕にしながら背を向けた。その途端、入口を塞いでいた蛇たちがおずおずと退き始める。
「なーんだか毒気抜かれっちまったなァ。もういいや、何処へなりととっとと行け」
「なっ…お前、アレルの心臓を狙ってたんだろ?そんな簡単に逃がそうとするなんて、何企んでやがる!?」
ジュードが再び猟銃を構えようと手をかけると、サイサリスは意外にも怪訝な反応を示した。
「兄ちゃんの心臓ォ?俺が必要なのは、その兄ちゃんの血液だぜ?」
「えっ!?」
その返答に一番驚愕の声を上げたのは、勿論フレッドだ。動揺した顔で3人をかき分けてサイサリスの元へ辿り着くと、両腕を掴み揺さぶる。
「サイサリスさんが言ったんじゃないですか!?『魚人族の心臓は万病に効く』って噂!!」
「ああ言ったな、悪魔で噂として。お前の親父さんに必要だとは言ってないと思うがなァ」
「魚人族の肉があれば薬が作れるって…!!」
「まあそりゃ肉があれば更に効果は期待できるさ。聞かれりゃそう答えるさ。ただ現状の研究では、血液だけでも時間は掛かるが治療できるぜ」
「だとしても血液だけなんて聞いてないです!!」
「おや?伝え忘れたか。俺も歳かねェ」
ふむう、と本当なのか嘘なのか分からない様子で首を傾げる。フレッドの顔がみるみる赤く、青く、忙しく色を変えた。
そしてそれは後ろにいたジュードとミランダも同じで、ズカズカと詰め寄ってサイサリスを見る。
「おい、血液だけあればフレッドの親父さんは助かるんだな!?」
「どの程度必要なんだ」
「そうだなァ、1人分ならおおよそ300ml程度ありゃよっぽど大丈夫だろうよ」
その返答を聞いた一同の目がぎょろっとアレルを見る。一気に視線で刺されたアレルは肩をビクつかせながら首を横に振った。
「だっダメだよ!血なんか出したら死んじゃうじゃん!!」
「300mlなら死にゃしないって!」
「アレル、少し我慢すれば終わるからそこに座ってやってくれ」
「やっヤダ!!何でみんな急に……うわーッ!!」
ミランダに申し訳なさそうな顔をされながら抱えられ、あっという間に採血台に腕を固定される。暴れて逃れようとするが、3人がかりで抑えつけられてはどうしようもなかった。
アレルの目の前に、注射器と針を持ったサイサリスが腰掛ける。手早く紐で上腕を縛られ、針を腕に当てられた。
「ひぃッ!やめてっ死にたくない!!」
「採血だけで死にゃしねェって。ほら、チクッとするぞー」
「おい、余計な分取ろうとしたら即撃つからな…」
「分かってらァ」
呑気な声で答えながら、サイサリスはぷすり、とアレルの腕に針を突き刺した。
「ギャーーーーーーーーッ!!!」
今日一番のアレルの悲鳴が、暮れていくアンブラン広場に響いた。




