5−2
* * *
しばらく走り、ミランダの小屋が見えなくなるほど逃げたところで、ようやく2人は立ち止まり荒く息をついた。
「はあっはぁっ……」
「はあ…はあ……フレッド、…ありがと…」
「はぁっ…お前…なんか…はぁ、変なものに襲われること多くないか!?」
「はぁ…あはは…ほんとだ…」
座り込んだアレルが息を整えながら気の抜けた笑顔を浮かべる。
「2回目だね、助けられるの…俺、助けられてばっかりだ」
「は……」
「ありがとう。俺、フレッドと友達になれてよかった!」
ニカッと笑うアレルに、フレッドが一瞬たじろいたように見える。少し目を泳がせて、何故か少し泣きそうな顔をする。そして大きく溜息をつきながらヘロヘロとしゃがみ込んだ。
「お前、本当……そんなチョロくてどうするんだよ…」
「え?」
「こんなすぐ信用して……もし、俺が……はぁ〜……」
膝に顔を埋めてしまったフレッドの表情は分からず、言葉もそこで途切れてしまう。
声をかけようとしたタイミングで、パササ、と羽ばたきながらウラ爺が降りてきた。
「ウラ爺!もー、ミランダさんところの受け渡し方法決まってるなら教えといてよ!すごい怒られたよ!」
「ゴロッホゥ」
はて?と90度首を傾げるウラ爺。恐らく惚けているのだろう。
「ミランダさん、家に入ってきてほしくなかったみたいだよ?いつもそうなの?」
「ホーゥ」
そうだったかな?というように、今度は反対側に180度首を傾げた。ウラ爺がそんなふうにはぐらかすのは、短い付き合いながら彼らしくない。その真意を計りかねて、アレルもウラ爺の真似をしつつ首を傾げた。
「……まあ、とりあえず渡すものは渡せたし…あーっ!!」
鞄の中身を確認しながら、アレルが突然大きな声を出す。伏せっていたフレッドもさすがにビク、と飛び上がりアレルの顔を見た。
「な、何だよ?金でも貰い忘れた?」
「い、いや…お金は外のポストにあるらしいからそこからもらうけど………」
言いにくそうにしながら、アレルが鞄から長い荷物を一つ取り出した。
「1個渡しそびれちゃった……」
その言葉を聞いたフレッドが顔を青くし、がっくりと項垂れた。
ひっそりとミランダの小屋の近くまで戻ってきた2人は、木の陰から小屋を覗き見た。
先程の一件から外観に変化はない。ミランダはあのまま小屋のなかで作業しているのだろうか。
「……どうしよ……」
「二度と来るなって言ってたもんなあ…真正面から行ったら普通にぶっ飛ばされるぞ、多分」
フレッドの言葉に、2人してゾッ背筋が凍る。あの短時間対峙しただけで、まだ恐怖で軽く膝が笑っているのだ。
ウラ爺に本来の受け渡し方を聞いたところ、「ホーゥ?」とひと鳴き。ど忘れしてしまったな、と言わんばかりに再びはぐらかされてしまった。
先程ミランダは荷物のことを「生地」と呼んでいた。恐らく服の材料なのだろう。それを入り口に野ざらしにして置いておくのは、と言ったのはフレッドだ。
「俺も一緒に行くから、とりあえず入ってすぐのところに置いて帰ろうぜ。一瞬入るくらいならそんなに怒らないだろ」
「そ、そうだね……」
抜き足差し足、音を立てないようにゆっくりと扉に近付く。相変わらず中からは物音の一つも聞こえない。とりあえずアレルは、先程と同じように静かに玄関扉を開けて中を覗いた。
ミランダは奥にいるようで、手前は先ほどと変わらず棚やトルソーが見えるばかりだ。だが、部屋の奥にごく小さな灯りが灯っているのが見える。
「ん…?」
目を凝らして見ると、ミランダが手早く針を進めている。手慣れた様子で2枚の布を繋ぎ合わせ、裏返して状態を確認する。またもう一枚の布を手にすると、それを素早い手つきで縫い合わせていった。
「すごい…」
「何してんだ、早く!」
見惚れているアレルの頭を小突いてフレッドが急かす。小声で怒られ、慌てて鞄から荷物を取り出そうとした。
「……あれっ?」
その時アレルが何かに気づき見つめながら、思わず声を上げる。
「あれって……何だっけ……?」
後ろにピッタリくっついて様子をうかがっていたフレッドがギョッとしてパコン、とアレルの背中を叩いた。
「バカッ声出すな!」
「ご、ごめ…」
「何をしている」
案の定、怒りの声が降ってきた。
部屋の奥で作業していたはずのミランダが、扉の裏側に回って睨みを利かせていた。獣人の身体能力というのは、常人では理解できない速度での行動を可能にするらしい。
彼女の大きな手がアレルに伸び、摘み上げるようにして捕らえた。
「うわーッ!」
「っ!! 何やってんだよ!」
フレッドも何とかしようと身を乗り出すも、するりと躱しトルソーのない窓際まで移動する。
「性懲りもなく盗みに来たか…どうやら痛い目に遭わないと分からないようだなッ!」
グオォ、と咆哮が小さな小屋に響く。怒りに輝く赤い瞳が、これまでにないほど見開かれた。グワ、と大きく開いた口に恐ろしく大きな牙。アレルは海で襲ってきた大きなウツボを想起し─────
「思い出したーーーッ!!」
摘み上げられた姿勢のまま大声を出した。




