5−1
ミランダテイラーを訪れたアレル。その闇の中に聞こえる息遣いは、一体誰のものなのか?
「うわぁあーーーーーーーッ!!」
「!?」
うたた寝していたフレッドの意識は、アレルの悲鳴で唐突に引き戻された。
続いてドシン!と大きな音まで聞こえ、フレッドは慌てて駆け出す。小屋の前に立つと、少しだけ開いた玄関扉がキイ、と軋みながら揺れた。その隙間からは昼間だというのに闇しか見えず、その奥で何があったかを窺い知ることはできない。打って変わって静かになった小屋を見て、フレッドはどうすべきか迷った。
「……っ」
アレルに何かあったら困る。それは確かだ。
フレッドは意を決して小屋の扉を開き、中に飛び込んだ。
* * *
時は遡り、数分前。
アレルはミランダの小屋の扉をトントン、と軽くノックした。
「こんにちはー、お届け物でーす!」
元気よく呼びかけてみるが、返事はない。
「ミランダさーん?お届け物ですよーっ」
再度呼びかけるも同じ。ただ、その扉の奥に何かの息づかいは感じる。中に誰かはいるようだ。
ドアノブに手をかけると、抵抗もなく回る。代金をもらわなければいけない都合上、本人に会えないのはまずい。
「……お邪魔しますよー」
一応声をかけながら、玄関扉を開けた。
頭を覗かせ中を見るが、カーテンを閉め切っている関係もあるのか奥が見通せないほど暗い。ただ玄関そばの棚に置かれたソーイングの物品や、トルソーに掛けられた質の良さそうなドレスやコートなどが見える。看板こそないものの、ここがミランダテイラーであることは間違いなさそうだ。
アレルは恐る恐る中に入り、辺りを見回した。
「ミランダさーん……」
再び呼びかける。相変わらず返事はないが、やはり息遣いは聞こえる。
もしかして、怪我でもして動けなくなっているのだろうか?そんな予想をすると余計に焦ってしまい、より暗がりである奥へと足を踏み入れた。
その途端だった。
「誰が入って良いと言った…!!」
グルル、と低く唸る声とともに、予想しなかった威嚇の気配がアレルを刺した。それを感じた瞬間、目の前に大きな影がドシン!と立ちはだかる。
「うわぁあーーーーーーーッ!!」
突然のことに大声を上げ、尻もちをついた。
それが気に入らなかったのか、影が更にグルルル、と威嚇の唸りを上げる。見上げるとかなり高い位置に、目らしき光が見えた。
玄関扉が風で開いたのか、ゆっくりと部屋の中に光が差す。その光で、影の輪郭が顕になった。
それは、巨躯の狼。
2本の脚で立ち人語を話すところを見ると、正しくは獣人だろう。赤い目に黒いたてがみのような体毛、鋭い牙がのぞく大きな口は今にも襲いかからんとしているようにも見える。
「ひっ……!」
思わず恐怖に声が出る。座り込んだアレルの脚の間に、ドシンと脚が差し込まれた。下手に身動きを取らせないためだろうか。
「届け物と言ったが、下手な嘘だな。
頼んでいる生地はいつもフクロウの爺さんが持って来るはずだ。受け渡し方法も指定してある」
「えっ……あ……」
自分がその「フクロウの爺さん」の後継者である、と言い訳しようにも、口が回らない。その様子を見て狼獣人はフン、と蔑むように笑った。
「目的は何だ?お前も私の作品か?巷では私の服は高く売れるらしいな。馬鹿馬鹿しい」
(この人……)
その言葉から、恐らくこの狼獣人がミランダらしいと察する。よく見てみるとトルソーに掛けられたものと同じく、質の良さそうな女性物の衣服を身に着けていた。
思案しており、あらぬ疑いが掛けられていることに気づいて慌てて否定しようとする。
「ち、ちがっ…」
「違う?では金か。金などどうでもいいわ、欲しければ外のポストから────」
彼女の言葉が途中で止まり、ドスンと力強くぶつかる音がした。少しだけ身体を揺らしたミランダが視線だけを衝撃の方向に向ける。それに追従するようにアレルも視線を向けた。
「フレッド!?」
「おい、無事か!?」
焦ったフレッドの声。彼はアレルのそばに駆け寄り、必死に立たせようとする。その手を借りて立ち上がると、そのまま出口の方へ手を引かれた。
「逃げるぞ!」
「あっ…フレッド待って!」
アレルは慌てて鞄から荷物を取り出す。彼女がミランダだと分かった以上、荷物は渡さなければならない。
半ば投げ捨てるようにしながら荷物を床に置き、後ろを振り返る。
「二度と来るなッ!!」
怒りの咆哮を浴びせかける彼女の瞳が、奇妙な光を湛えて揺れるのが見えた。




