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* * *
「あら、今日はフレッド君が一緒なのね」
孤児院に到着し、挨拶も早々にフロワがパッと表情を明るくした。フレッドもやや気恥ずかしそうにしながらも、軽く片手を上げて挨拶を返す。
「こんにちはっす」
「こんにちは、お久しぶりね。お父様は…?」
「…あ、げ、元気ですよ!そりゃもう毎日走り回ってます」
ぎこちなく笑いながら返答するが、フロワは眉をひそめる。
「お父様、ご病気されたって聞……」
「あーっほらお前!!荷物渡すんだろ!!」
「え?ああ、うん…??」
フロワの言葉に食い込むようにフレッドは大きな声でアレルに話しかける。明らかに挙動不審すぎるが、とりあえずフロワに荷物を渡して代金を受け取った。
「フレッドのお父さん、フロワさんと知り合いなんだね」
「ええ。漁師をされてて、よく魚を届けてくれていたの。ついでにうちの園で育った野菜もよく買ってくれていたわ」
「そ、そうでしたね…」
フレッドが額から大粒の汗をかきながら肯定する。でも、と続けようとするフロワの言葉に、大きく肩を震わせた。
「最近他の人が届けに来て下さってて、ご病…」
「あっあっあーーーっ!!ほらっ次の配達先!!行かないとだよな!!」
「う、うん…?フレッド、なんか…」
「フロワさん俺達はこれで!!また父さん連れて来ますんで!!」
フレッドがアレルの首根っこを掴み、逃げるようにしてその場をあとにする。ズルズルと引きずられながら、フロワが訝しげな表情で手を降っているのが見えた。
「フレッド……っフレッドってば!!そろそろ苦しいんだけど…!!」
「え?うおっごめん!」
孤児院から引きずり出されて数分経ち、アレルがフレッドの腕をペチペチと叩いた。ハッとしてそのまま手を離してしまい、バランスを崩しかけながらも何とかアレルは持ち直した。
「いたた……フレッド、何かおかしいよ…」
さすがに不審すぎたようで、アレルからの疑いの視線が刺さる。
普段ならもう少し冷静に取り繕えるはずなのに、寝不足も相まって先ほどから墓穴ばかり掘ってしまっている。フレッドは沸き立つ苛立ちと焦りに頭を掻いた。
「……ごめん、何でもないから…」
「何でもないわけないよね?さっきから変だよ」
無知なアレルでも疑うほどに自分がボロを出してしまっていることに、更に苛立ちが募る。大きなため息で何とか空気抜きをしていると、アレルが近くの木の根元に座り込んだ。
「ん!」
「……あ?」
「座って!話聞くから!」
「いや、でも配達が……」
「いいから!遅くなったら俺がごめんなさいするから大丈夫!」
ぺちん、と尻尾で地面を叩き、少し怒ったような顔で急かされる。普段とのギャップのせいか妙にプレッシャーを感じて、仕方なく隣に腰掛けた。
「お父さん、病気なの?」
「う……」
思ったより直球で聞かれ、言葉に詰まる。いや、彼の性格を考えれば当たり前か。何と答えるべきか。
背中でサイサリスに仕込まれた蛇がもそり、と動いた。ハッとして、頭を振る。何と答えるも何も、誤魔化す他ない。
「……ま、まあ、うん…。でも大したことないんだって、ホント。すぐ治るようなやつだから」
「…俺、病気のことはよく分かんないけどさ」
アレルがまだ不安げな視線を向けながら続ける。
「フレッドがこんなになるくらい悩んでるんでしょ?それって、本当にすぐ治る?」
「……」
そんなわけないだろ、と思わず口を突いて出そうになった。
父の病の始まりは、数ヶ月前。少し高い熱が出て、季節特有の寒暖差による風邪だろうと様子見していた。しかし、次の日も、その次の日も熱は下がらない。とうとう体の怠さで動けなくなってしまい、マロに往診を依頼した。
───親父さん、落ち着いて聞いてくれよ。
一通り診察したあと、ミヤに部屋を出るよう指示された。しばらく別室で待機していたものの、気になってしまいこっそりと戻り聞き耳を立ててしまった。
───あんた、相当ヤバい病気に掛かっちまってる。身体の免疫が上手く働いてないんだと思う。現状俺が出来る治療は投薬だけだが、それも何時までもつか…。
マロの重々しい声が聞こえ、心臓が強く脈打った。聞き間違いだろうと思いたかったが、マロは更に続ける。
───山からのルートが閉鎖されてなけりゃ、大病院に紹介できるんだがナ…正直今の身体じゃ海のルートでの移動には耐えられナいと思う。診療所に入院して、出来る限りの治療をすることをオススメするぜ。
話しながら、ゴソゴソと書類を触る音がする。今思えば、入院させる準備をしていたのかもしれない。
しかし、父がそれを制した。
───先生、待って下さい。入院はできません。
───…あんた、何言って…。
普段冷静なマロが、ひどく動揺しているのが声色で分かる。対して父は、熱に侵されながらもいつものように明るく答えた。
───フレッドをひとりにしておけねえ。俺がいなくなったら、アイツが寂しくて先に死んじまいます。
───あの子ならしっかりしてるから大丈夫でしょう。それよりも…。
───それに、入院ってのはえらく金がかかるでしょう。俺ひとりの稼ぎでなんとかやってきたうちの金、俺が食い潰すわけにはいかねえですから…。
ミヤの心配そうな声も跳ね除けて、父は頑なにそう言う。
父の発言には、「もうすぐ死ぬ俺が」という言葉が隠されているのはすぐに分かった。
マロもミヤも、希望を捨てさせないよう説得を試みた。しかし父の態度は変わらず、その日二人は諦めて診療所へと戻っていった。
父はフレッドがその話を聞いていないと思い、「風邪をこじらせちまったみたいだ、すぐ治る」と笑いながら話した。食事をして薬を飲んだら、直ぐ様ベッドに横になってしまう。その様子を見て、どんな反応をすべきか分からなかった。
そこから数日経っても、父の容体は変わらない。マロが何日かごとに様子を見に来てくれており、自分でも相談しに言っているが、状況が好転することはなかった。
そんな日々が数カ月続いた頃、アンブラン広場で買い物をしている最中に声をかけられた。
───なあお前さん、困ってるんだろう?いい薬を知ってるんだが、少し協力しちゃくれねえか?
路地裏からにょろりとかけられた声に、精神的に疲弊していたフレッドは何一つ拒むことなく手伝うことを承諾した。
「フレッド……」
アレルの心配そうな声が再び投げかけられ、ハッとした。うっかり口を滑らせてしまったかと思ったが、彼の様子を見るに少しうとうとしてしまっていただけのようだ。
病気のことを打ち明ければ、もしかしたら協力してくれるんじゃないだろうか?
ふとそんな考えがよぎる。
自分のことを疑わず『友達』として受け入れ、全く警戒することなく行動を共にする彼なら、父のためにその身を差し出してくれるのかもしれない。
「………」
父の顔が、脳裏によぎる。
打ち明けるべきか。
吐き出して、楽になってしまおうか。
フレッドは恐る恐る、重い口を開いた。




