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教会のステンドグラスが朝日で輝く頃、アレルとジュードは朝食と片付け済ませた。先日ウラ爺の『試練』を終えて数日間、アレルはウラ爺やジュード2見守られながら配達をこなす日々を送っていた。未知に迷って住民に笑われながら道を教えてもらったり、途中で荷物を草むらに落として見失い、何とか探し出したりといった日もあった。そんなトラブルを乗り越えながらも配達の仕事に馴染んでいったのであった。
そして今日は、ウラ爺がいつもよりも多く荷物を持ってきた。
「小さいのが2つ、これはまたフロワさんのところなんだね。あと、長いのが1、2……5つ?」
「おー、今日は何件か行かせるんだな」
「ゴロッホゥ」
ウラ爺が低く鳴きながら頷く。
アレルは荷物を手で持とうとするが、さすがに荷物が多くバランスを崩しそうになる。
「これ、一回じゃもっていけないよ。何回かに分けて運ぶの?」
「だとするとかなり時間がかかりそうだが…ウラ爺、いつもどうしてんだ?」
ベテランの意見を聞こうと尋ねると、ウラ爺は自分の鞄の中からもう一つ何かを取り出し、アレルに渡した。
「これは…?」
畳まれた布のようなものが、麻の紐で丁寧に縛られている。ウラ爺の顔を伺うと、開けてみろ、と顎で示された。
紐を解いて広げてみると、それはウラ爺が掛けているのと同じ鞄。アレルの前腕ほどの横幅があり、軽いが丈夫そうだ。
「わあ、かっこいい!」
「鞄か。しかしこれでも全部は入らないんじゃないか?」
長い荷物はアレルの半身ほどの大きさがあり、鞄にはとても入らなさそうに見える。そう思っていると、ウラ爺が長い荷物を一つ手にとってアレルに手渡した。良いから鞄に入れてみろ、とでも言っているようだ。
アレルは訝しく思いながらも、掛けた鞄の口に荷物を差し込んだ。
「……あれっ?」
すると、荷物はするすると鞄の中に入っていく。あれよあれよと言う間に、荷物は鞄に綺麗に収まった。
「すごい!何これ!?」
「ホーゥ」
ウラ爺は心なしか嬉しそうに胸の羽毛を揺らす。ジュードもどれ、とひとつ荷物を手にとって鞄に押し込むと、するりと収まった。
「空間を広げる魔法がかけてあるな。良い鞄じゃねえか、何処のだ?」
ジュードの問いに、ウラ爺は鞄のベルトを指差す。そこには何か小さな刺繍がされていた
「ここ?うんと………ミランダ?」
「えっ!?おいそれ見せろ!」
ジュードが驚愕の声を上げて、アレルの鞄のベルトを引っ張る。刺繍部分をまじまじと見ながら、感嘆のため息をついた。
「ミランダテイラーか…そりゃ良い品だわ…ウラ爺、何処でこんなもん手に入れたんだよ?」
「ゴロッホゥ」
「えっ何?どういうこと?」
何かを通じ合っているジュードとウラ爺の顔を、理由もわからず交互に見る。あー、とジュードが頭を掻きながら説明をはじめた。
「ミランダテイラーって店、服なんかの仕立てやってるすごい店なんだよ。誰が頼んでもその人にピッタリの服が出来上がるって有名でな。服だけじゃなく、その鞄や帽子みたいなアクセサリーも出来がいいらしいんだ。
だからこそ人気で、依頼しても数年待ちだって噂なんだよ……何でウラ爺が?」
不審げな視線に、ウラ爺は羽を軽く広げてみせる。
「何だよ、昔の知り合いとか?」
「ホゥ」
「はあ…そりゃ良い伝手だな、羨ましいぜ」
「そんなすごい人のところに、配達に行くの?」
アレルが目を丸くして言うと、ジュードがハッとして何か企むような目を向けた。
「な、なあアレル。俺も見守りで着いて……」
「ホゥ!」
その途端、ウラ爺が大きな声を出しながらバサバサと羽ばたき、威嚇するようにジュードの顔を突いた。
「いでっ何だよ!」
「ゴロロ……」
どうやら怒っている様子だ。物静かなウラ爺が怒りを顕にするのは珍しい、思わずジュードもすごすごと引っ込んだ。
「ジュード、俺一人で行けるよ。心配ありがとう!」
「いや、心配ってか………まあいいわ」
いつも通り元気な笑みを向けるアレルの頭をぽんぽんと叩き、身体を寄せて耳打ちした。
「ただ、ミランダと仲良くなったら俺も紹介してくれよ、な!」
「えっ?うん、分かった」
ジュードの企みはアレルにはよくわからなかったものの、とりあえず了承する。ウラ爺にも聞こえていたのか視線が鋭くなっていた気もするが、アレルは荷物をすべて鞄に入れていつも通り教会を出発した。
教会からアンブラン広場までの道は、最早慣れたものだ。そこらにある植物や建物の名前などはすっかり覚え、寄り道することもなくなりすぐに広場へと到着した。
「さてと、フロワさんの孤児院は……あっ!」
孤児院に続く道の目印を探していると、噴水の縁に腰掛けているフレッドを発見した。
「フレッド!おはよーっ」
声をかけながら手を振るが、当の本人はぼんやりと宙を眺めている。ついに目の前に来ても気付かれず、真正面から顔をのぞき込むとようやくハッと目を見開いた。
「おわっ!?」
「おはようフレッド。大丈夫?調子悪い?」
「な、んだお前か……別に何もないよ」
そう言ってはいるが、フレッドの顔色は白く、眠そうに何度も目を擦っている。
「もしかして寝不足?」
「何でもねえって…」
「ダメだよ寝不足は!」
いつにも増して語気を強めるアレルに、フレッドがやや鬱陶しげに目を細めた。
「大丈夫だって言って…」
「大丈夫じゃないよ!俺、昔寝不足で狩りに出かけてでっかいタコの口に頭から突っ込んだことあるんだよ!」
「………は?」
突然なんの話を、と聞き返すも、アレルは真剣そのものの表情で続ける。
「タコに頭から飲み込まれそうになって、息はできないし頭すり潰されるくらい圧迫されるし…リーダーに助けてもらえなかったら死んでたよ。
寝不足の状態で無理すると、大変なことになるかもしれないんだよ?」
「……………」
しっかり目を見て、昔の苦労を語られた。そのはずなのに、フレッドは頭の中でタコに頭を食われてのたうち回るアレルの姿を想像して────
「……………ぶはっ!あっははは!!」
思わず噴き出してしまった。
「なっ!?何で笑うの!?大変だったんだよ!」
「い、いやだって……くくく、あはははっ」
何とか抑えて言い訳しようとするが、笑ってはいけないと思えば思うほど可笑しくなってしまう。フレッドの様子を、ものすごく不満そうにこちらを見てくる視線ですらおかしくて仕方がなかった。
「フレッド〜……」
「あはは……ご、ごめんツボった……」
「ツボ?タコツボ……?」
「ブッ…やめろこれ以上笑わすな!」
「何が面白いんだよぉ…」
困惑したようなアレルの声に、フレッドが涙を拭きながら呟くように言う。
「あー…ホント、寝不足だとしょうもないことが可笑しくてダメだわ…」
「やっぱ寝不足なんだ」
「あ、……」
思わず言ってしまった、と口元を手で抑えるも、手遅れだと察して観念した。
「まあ……その、考え事しててさ」
「考え事?何?俺に何か手伝える?」
「……」
フレッドはアレルの申し出に、非常に複雑そうな顔をした。少し迷い、頭をガリガリと掻く。そしてぱっと顔を上げたかと思うと、出会った時と同じようにニコ、と愛想のいい笑顔をアレルに向けた。
「大丈夫、んな大したことじゃないからさ!」
「え…」
「で?今日は何処に配達に行くんだ?」
さすがにアレルもその態度が不自然であることは気付いたが、フレッドがそれを指摘させまいと話を切り替える。
「またフロワさんのところ?あのフクロウの爺さん、よく孤児院の方向に飛んでいってるもんなあ」
「えっと……」
「俺丁度暇してるから、ついてってやるよ!またこないだみたいな変なことしないか心配だしさ」
明るく笑いながら言う彼に奇妙な違和感を感じたものの、そろそろ一軒目のフロワの所へ出発しないと二軒目のミランダの店への到着が遅くなってしまう。
「……おーい、ウラ爺ーっ」
大きな声で呼ぶと、少し間をおいてパササ、と小さな羽ばたき音とともにウラ爺が、降りてきた。どうやら見守っているというのは嘘ではなかったようだ。
「あのさ、フレッドも一緒に配達に行っていい?」
「ホゥ……」
「ミランダさんとこ、会わないほうがいいなら直接会うのは俺だけにするからさ。ダメ?」
「…」
「……なんか心配なんだ、フレッドのこと」
アレルの言葉にウラ爺は迷っているようで、ジッとフレッドの顔を見た。その視線に気づくと、フレッドはアレルと並んでウラ爺の顔を見返す。
「あんたがウラ爺さん?はじめまして!俺の家にも配達してもらったことあるのかな」
「………ゴロッホゥ」
フレッドに対してやや警戒しているような様子は見せたものの、好きにしろというように低く鳴いてまた飛び立ってしまった。後ろ姿を見送り、アレルはよし、とシャツの襟を正した。
「悩んでるときは身体を動かすのが一番だよ。行こっ!」
「おう、寄り道すんなよ!」
先導するアレルの後ろを走り出し、フレッドが言う。その裾から、黒い蛇の尻尾がニョロリと覗いた。




