3−4
「………いや、奢るとは言ったけどよ…」
あれから数時間後、所変わって街の入り口の小さな飯店、『Lala tip』のテラス席。フレッドの呆れたような顔の前で、アレルは全く気にすることなく大量の料理を頬張っていた。
「すごい!これ何!?なんか熱いけどジュワッとしてる!!こっちはなんかヒリヒリするし、あれはサクサクしててすごい!!うまーいっ!!」
「………」
あらゆる料理を手掴みで食べては、うまいうまいと恥ずかしげもない大声で叫びながら勝手に感動する。アレルの行動に、フレッドの顔には少しの後悔が滲み始めていた。
「ねえフレッド、これうまいよ!」
「そっか、よかったな。ただちょっとトーン落とそうぜ…他の客もいるからさ」
「あっ!ご、ごめんつい…」
へへ、とだらしなく笑って、アレルはコップの水を飲むとテーブルにゆっくりとグラスを置いた。アレルは気づいていないが、フレッドの視線はその一挙手一投足を密かに追いかけている。
すると。
「そんなに褒めてもらえると嬉しいなあ〜」
のろりとした声に、フレッドの視線がアレルの後ろへと流れた。大きな影がアレルに覆い被さり、その声を追って振り向くと、ギョッと尻尾が跳ね上がって椅子から飛び退いた。
「うわぁッでっかい!!」
「あはは〜」
呑気に笑うのは、3mほどもある巨人。白いコック服のような服装で、薄い赤の肌が艶々と光る額には控えめなツノや牙が覗く、おそらくはオーガだ。
「こんちは、マーグさん。今日もめっちゃ美味しいよ」
「なんかすごいお客さんがいるって厨房でウワサになってたけど、フレッドくんのお友達だったんだねぇ〜」
軽く挨拶を交わして、フレッドはアレルに向き直る。
「今日知り合ったばっかなんだけどね。
えっと…オーガの料理人のマーグホフトさん。美味い料理を大盛りで安く出してくれるから、結構人気なんだぜ」
「初めまして!魚人族のアレルだよ。どれもめちゃくちゃ美味くてびっくりした!マーグ…さんってすごいね!」
フレッドが紹介すると、アレルは自身の感動を伝えようとするように身振り手振りを交えながら話した。マーグホフトは分かっているというように、朗らかな笑みを浮かべてウンウン、と頷く。
「魚人族さんのお口にも合うんだねえ、嬉しいよ〜」
「うん!特にこれ、これ何で出来てるの?色々入っててどれも美味しい!」
アレルが指さしたのは、茶色いスープのようなものが入った深皿。ところどころに赤や黄色い具材が浮かんでいる。
「それはねぇ、ビーフシチューだよ〜。お肉も食べられるんだね〜」
「ビーフシチューかあ。俺、これ1番好き!あとでもう一回頼むね!」
「キミみたいな子に食べてもらえると、食材たちも、もちろんボクたちも嬉しいよ〜。サービスしてあげるから、どんどん食べてね〜」
「やったー!」
「俺の金なんだから程々にしてほしいんだけど…」
フレッドのため息に苦笑し、それで、とマーグホフトが興味深げに顔を覗き込み、話題を変えた。
「アレルくんは、どうして地上に?魚人族って、地上の種族とほとんど関わらないって聞いたことあるんだけど〜」
「あ…えっと──────」
アレルはこれまでの経緯を話し始めた。ジュード、マロたちなどに何度か話したからか、随分と要領を得た話し方になっている。
話し終えたアレルの目の前には、気の毒そうな、気遣わしげな顔をしたマーグホフトが、いつの間にか同じテーブル席に着いていた。
「それは〜……」
「……」
「えっ!?俺、なんかダメなこと言った!?」
「いや、そうじゃないけどぉ…」
慌てるアレルに、言いづらそうにしながらマーグホフトが切り出す。
「あのね…あんまり魔女と関わらない方がいいよ〜」
「え…?」
「魔女ってのはさ」
料理を食べながら話を聞いていたフレッドが、スプーンを置いて口を挟む。テーブルに金属が当たる金属音が緊張感を引き立てた。
「元々魔力が少ない種族や個体が、悪魔に力を借りることで魔力を得てる場合が多いんだ。その影響でか、性格ひん曲がってたり素行が悪い奴が多い。だから普通魔女なんかに積極的に近付くやつは居ない」
「…」
「知らなかったの?」
フレッドの言葉に、言い返すことも出来ずアレルは口を噤む。もちろん魔女にいい印象を持っていたわけではないが、地上ではそんな風に言われていたとは。
「フレッドくんは悪く言い過ぎだけど、否定もできないんだよね〜。ボクの家族も魔女に悪戯されて、小屋で飼ってたニワトリを全滅させられたことがあったなあ」
「全滅…」
「あっ、ちゃんとその魔女はコテンパンにしたよ〜。ここには来ないから安心してね〜」
アレルが怖がっていると思ったのか、マーグホフトは宥めるように笑う。
「それに、今は魔女の数自体減ってるみたいだしね。魔払いの技術が発達したり、悪魔や魔女への警戒心が高まった結果だって言われてるけど〜」
「そうなんだ…」
「だから、アレルくんも早く縁を切れるといいね〜。何か手伝えるなら、ボクにも相談してね〜」
アレルの肩をポン、と軽く叩き、マーグホフトは席を後にする。
「魔女って、怖い人たちなんだ…」
「そりゃまあ…現に大金吹っ掛けられてんだろ?」
目の前のパフェに乗ったブドウを見つめながら、アレルは小さく頷いた。今になってとんでもない人物に交渉を仕掛けてしまったことに気付き、少し身震いする。
「なあ、そういえばさ」
震えるアレルに、フレッドが空気を変えようとするように切り出した。
「魚人族って、なんか特別な力があるって聞いたことあるけど…本当?」
「え?」
唐突な問いかけにフレッドの声は軽い調子だったが、彼の指はポケットの中で何かを握りしめているようだった。
「力?そんなの聞いたことないけど…」
「思い出してよ。ほら、例えば……どんな病気でも治せる、とか」
そう言いながら、フレッドの目が一瞬だけ鋭く光った。
「……へ?ビョーキ?」
しかしアレルはパフェを食べ始めると、そちらに夢中で彼の声色の変化に気付かないようだった。その姿にフレッドが笑顔の中に小さく呆れの色を滲ませた。
「…まあ、いいよ。好きなだけ食いな」
「うまかった〜!」
「……お前…」
ほぼスッカラカンになった財布を見て愕然とするフレッドを他所に、アレルは満足そうに腹を摩る。
「…もう金輪際お前に奢らねえからな」
「へへ…ごめんね」
謝りつつも、先ほど食べ終えたばかりのビーフシチューの味を思い出してうっとりと頬がとろけた。口の中に溢れる唾液をごくりと飲み込み、気を取り直して小包を抱え直した。
「それじゃあ、再開!早く届け先に行かなくちゃ」
「おー、目的忘れてたらどうしようかと思った」
「忘れないよ!えっと…」
アレルは小包に書かれた住所を見て、辺りを見回す。
「ここが、アンブラン広場かあ…!」
先ほどいた小道から一変し、明るく広い場所へ足を踏み入れると、思わず感嘆の声が漏れる。
ララティップを離れて少し街中に入ったここは、人の賑わいを増していた。中心の広場を取り囲むように店も様々なものが軒を連ねており、ショーウィンドウにカラフルな光が反射する。人々は魚群とは違い、目的を持って全く違う方向へ向かっているようだ。
「何あれ、クジラ!?なんで地上で噴き上げてるの!?」
「鯨?ああ…」
アレルの言葉に怪訝な顔をしたフレッドだったが、その視線を追いかけて納得する。広場の中心にある大きな噴水を鯨の潮吹きだと思ったらしい。
説明する間もなく、アレルが噴水に駆け寄った。あ、と声を出したときには、バシャン!と飛沫が宙を舞う。
「バッ、何で飛び込んでんだよ!!」
「いだーーーッ!!」
フレッドの怒声を掻き消す、アレルの悲鳴。頭に大きなたんこぶを作り、涙目になりながら噴水から顔を出した。
「フレッド!ここ底がこんなに浅いのにクジラが噴き上げてる!」
「お前、いいから上がれ!みんな見てんだろ…!」
たまらずアレルの襟元を掴んで、引きずるようにして噴水から引き離した。そして細腕で何とか広場の隅へと移動するが、名残惜しそうなアレルはまだジッと噴水を眺めている。
「あのなぁ!あれは噴水!!飛び込むモンじゃなくて見るモンなんだよ!!」
「えっ!?でもクジラは!?」
「いるわけねぇだろバーカ!!下から水を汲み上げる仕組みで動いてるだけだっつーの!!」
「…??」
説明されたところで理解できない様子で、ポカンと目を丸くする。その顔を見てハッとすると、フレッドは背を向けてごほん、と咳払いをした。
「…あのさ、あんま目立つ行動はしない方がいいんじゃないか?海の中では常識だったかもしれないけど、自分の行動を一旦省みて『地上ではどうだろう』って考えるのも大事だと思うぞ」
「あ…ごめん」
諭されてようやく、アレルは自分の行動が地上では異常である事に気付いた。素直に謝ると、フレッドは小さくため息をつき、しょぼくれるアレルの背中を叩いた。
「まあ、次からな。 それで?目的地ってどっちなんだ?」
「目的地…あ、そっか」
その言葉で取り落としそうだった記憶を取り戻す。
本来の目的であったパルバン平原はどちらに行けばいいのだろう。そこまで考えた所で、ジュードに持たされた地図の存在を思い出した。
「そうだ、道に迷ったら見ろって言われたんだった…」
ポケットを漁り紙を取り出すと、また風で飛ばされてしまわないよう気を付けて広げた、が。
「…これ……何かもらったときと違うような?」
広げた紙には、にじんだインクが広がるのみだった。ポケットに入れていたのが失敗だったのだが、アレルは知る由もない。
無惨な地図の残骸を首を傾げながら眺めていると、背後からフレッドが覗き込んだ。
「何だよそれ?」
「あ!フレッドなら分かる?」
フレッドに地図を見せると、一度ちらりとアレルに目を向けた。すぐにふいっと視線をそらすと、メガネの位置を調節しながらじっとそれを眺める。
地上に住む彼なら活用方法も分かるだろう。期待の眼差しでフレッドを見ていたが、あー、と落胆したような声を上げた。
「これ、手紙?水浸しで読めねえじゃん」
「チズって言われて渡されたんだ。そっか…フレッドも読めないんだね」
「お前に『も』で括られたくないけどさ…」
少し呆れた様子を見せたフレッドだが、なんとか地図を解読しようと目を細めた。しかしまっすぐ引かれた線ですら湾曲してしまうほどに滲んだこの羊皮紙は、もう役には立たなそうだ。
「荷物の方は?宛先書いてるだろ」
「あ、うん!こっちは…大丈夫そう!」
噴水に飛び込む前にそばにおいていたのか、多少の水濡れはあるものの宛先は読めそうだ。フレッドに渡すと、文字部分をじっと見つめてちらりとこちらを見た。
「…」
「ん?」
視線がかちあい覗き込むと、仄かにフレッドの口角が上がった。
「ああ、フロワさんところか。知ってるよ」
「フレッドも知り合いなの?良かった、じゃあ…」
「もちろん。
案内するよ」
フレッドに先導されながら、アレルは徐々にアンブラン広場の中心部を離れ路地裏へと入っていく。周囲が仄暗くなるにつれて先ほどの林を思い出し、不安がじわりと滲んで思わず声をかけた。
「ねえ、へいげん?ってこっちで合ってるの?何か薄暗くなってきたんだけど…」
「こっちの方が近道なんだよ。さっさと用が済ませられたほうが良いだろ?」
「う、うん…」
先ほどと声色は変わらず、フレッドが言う。ただ一切振り返らずに言われたことでアレルの中の不安が広がった。
「あの、フレッド…」
「なあお前、魚人族が地上でどんなふうに噂されてるか知ってる?」
「え…」
アレルの困惑の声と共に、フレッドの足が止まる。ぶつかりかけで何とか留まり、表情の見えない背中を見つめる。
「噂って…?」
「大昔の迷信でさ。『人魚の肉を煎じた薬はどんな病にも効く』なんて言われてるんだよ」
「に、肉!?」
その言葉の半分も理解はできないものの、フレッドが異様なことを言っているのは分かる。思わず大きな声が出ると、フレッドがこちらを振り返った。
「特に、心臓の肉はその効き目も絶大なんだって」
途端、周囲の空気が騒がしくなる。何かが地を這うような音が群衆になって迫って来る。ぞわりと肌が粟立つのを感じて振り返ると、路地の暗闇で大勢の何かが蠢きながらこちらに向かってくるのが見えた。
「!?」
「だからさ─────」
「アレルーーーーッ!!」
怒号にも近い声が響く。
蠢くものはその声に気圧されるようにして、サッと闇の中に逃げていく。そして、その暗闇を掻き分けるようにしてジュードが走り近付いてきた。
「ジュード!」
「見つけた!!噴水に飛び込む変な奴がいたって聞いたからこの辺駆けずり回ってたんだぞ!!
お前地図は水に浸けてねえだろうな!?」
「あ…」
「やっぱりかよ!…まあ、見つかって良かっ…」
「アレル」
ジュードとの会話を黙って聞いていた様子のフレッド。先ほどの沸き立つような悍ましさは消え、出会ったときと同じように人当たりのいい笑みを浮かべた。
「話が途中になったけどさ。まあそういう迷信を信じてるヤツがいるかもしれないから、あんま目立つことして引き寄せちゃわないようにな」
「…う、うん……」
「で?」
ふいっと視線を逸らし、フレッドは眼鏡をクイッと上げながらジュードを見上げた。
「オッサン誰?」
「オッサン!?初対面で人をオッサン呼ばわりしてんじゃねぇ!!」
「ジュードだよ。海の近くに住んでて、俺を助けてくれたんだ!ジュード、こっちはフレッドで─────」
ジュードの視線がアレルに流れたのを見計らい、フレッドは背中側のシャツの裾を小さく払う。
ぽとり、と小さな蛇が地面に落ちると、それに向かって小さく口を動かした。
(すいません、邪魔が入りました。次は必ず)
蛇はその口をじろりと眺めると、了承したかのようにさっさと闇へ消えていった。




