第96話 入試は一番ピリつく日
二月に入って、私立高校の一般入試が始まった。
入試前日から翌日までは、一年の中で先生がもっともピリピリしている時期だ。
白金女子学園の先生たちの戦いは、一般入試の前日から始まる。
公立校と違って入試問題は、白金女子学園独自の問題を先生たちが一年前から制作している。
入試問題は機密情報であり、どこかで漏洩したら大問題だ。
漏洩して新聞記事に載ったら、学校のイメージに深いダメージを与える
だから、入試問題は学校の金庫に厳重に保管されている。
入試前日は、生徒全員を帰宅させた後、学校内に居残っている生徒がいないかどうかを確認しなければならない。
入試の準備となったら、校内に生徒がいてはいけないと規則で決められている。
だから、校内に生徒がいないかどうか、校内を隈なく見回りをする。
生徒がいないことを確認してから、いよいよ本格的に入試の準備に取り掛かる。
まず、入試で使う教室を入試仕様にすることから始まる。
3年A組の教室を使うとなれば、3Aの担任の先生と他に教科担当の先生が二人つきそって、三人で教室を入試仕様にする。
それには細かい決まりがある。
まず、教室の掲示板に貼ってあるポスターなどの掲示物を全部剥がさなければならない。
「サトシ先生、掲示物を剥がしてもらえますか」
「はい、わかりました」
「きれいに、全て剥がしてくださいね」
「はい、全てですね」
「画鋲ひとつでも残っていたら、ダメですからね」
「御意」
「それから、大山先生は黒板を綺麗にしてください」
「はい、全部消せばいいんですね」
「綺麗に消すのはもちろんのこと、チョーク置き場にチョーク一本残さないでください。それと、黒板消しは二個しか置いちゃダメですからね」
「御意」
入試に使う教室は、一切無駄のない真っ新な状態にしなければならない。
教室の準備が終わると、サトシは教務主任の五十嵐先生に報告に行った。
「3年A組の準備が完了しました」
「はい、これで全教室の設備が完了しましたね」
しかし、準備はこれで完了ではない。
準備完了した教室を、今度は教頭と校長がひとつひとつ最終チェックに向かう。
最終チェックが済んだら、入試に使う全教室の施錠を完璧に締め、さらに、立ち入り禁止のテープを貼って、誰も入らないようにする。
「サトシ先生、テープ貼ってください」
「はい、教頭先生……これでよろしいですか?」
「もっとピンと張ってください。ここにわたしのハンコを押しますから」
「はい、すみません。……これくらいで押せますか?」
「はい、検査済み」
テープの中央に教頭は自分のハンコを押した。
これで、完璧な封印が完了。
夜中に誰も侵入できないように、入試会場に結界を張るのだ。
そこまでやるほど、入試には学校の本気度が集中している。
いよいよ、入試当日。
決戦の時である。
この日の先生の出勤時間は、通常よりも一時間早い。
普段はジャージを着ている先生も、この日は全員がっちりとスーツを着て来る。
いうなれば、教師の戦闘服に身を包んでいるのだ。
空気がいつもと違って、かなりピリピリしている中で、朝の職員朝礼でミーティングが始まる。
入試の日は一年の中で一番ピリつく日だ。
なぜ、ピリピリしているかというと、ミスが絶対に許されない日だから。
例えば、別の問題を配ってしましましたという、配布ミス。
受験番号が間違っていましたという、手続きミス。
そんなミスが起きてしまったら、笑って済ますことはできない。
「みなさん、絶対にミスはしないように気を付けて、無事に終わりましょう。それから、情報漏洩のないように、今日は一日携帯の電源は切ってください。そして、今日は外出禁止です」
普段の先生は、昼休み時間にお弁当を買いに出る先生もいるが、入試の日は外に出ることは許されない。
「何か問題が発生したら、速やかに管理職の先生に連絡してください。では、今日一日頑張りましょう」
当日の仕事は大きく分けて二つだ。
一つ目は、中学生の誘導。
もう一つは、テスト監督。
サトシは中学生の誘導を任されていた。
朝7時半の時点で、すでに受験生たちは校門のところで凍えながら待っていた。
(うわっ、早っ! やる気満々じゃないか)
職員朝礼が終わったら、すぐにサトシは受験生を誘導しに校門を開けに走った。
(こんな寒いところで、一時間も待っていたら風邪をひいてしまうだろが)
「はーい、では、自分の受験番号を見て、割り当てられた教室に行ってくださーい」
受験生の誘導とは、これだけしかないのだが、この短い時間に実にいろんな事件が起きる。
一人の少女が半べそかきながら、サトシのところへやってきた。
「どうしましたか?」
「すみません、受験票を忘れました。どうしたらいいでしょう。これで入試を受けられなかったら……わたし……」
少女は、今にも泣き出しそうになって、絶望の一歩手前だ。
「大丈夫、大丈夫、何とかしましょう。こっちの方へ来てくれますか?」
サトシは、少女を職員室の前まで連れて行って、担当の先生に事情を説明した。
「では、新しく受験票を発行しましょうか」
「お願いします。職員室の前にその受験生を待たせていますから、あとはお願いしていいですか?」
担当の先生に引き継いだら、サトシは少女のところに戻ってきて安心させた。
「何とかなりますよ、大丈夫。再発行するそうですから、安心しなさい」
「ありがとうございます」
サトシは急いで入試に使う教室の方まで走って行くと、今度は違う中学生に声をかけられた。
「あのー、すみません。受験番号と違う子が、わたしの席に座ってます」
「あ、どれどれ、確認しますね」
サトシは間違ってしまった中学生を傷つけないように、
「受験番号を確認してみて。違うねー。君の教室はこっちだからついて来なさい」
間違った子を正しい教室に誘導するのも、サトシの仕事だ。
「すみません、トイレどこですか」
「あ、こっちでーす」
誘導とは言え、誘導だけでは終わず、中学生の対応全般に及ぶのが誘導の仕事だ。
もうひとつの仕事、テスト監督の緊張感はハンパない。
普段でも中間、期末テストでテスト監督は、多少の緊張感がある。
普段のテスト監督のピリつきが100だとしたら、入試のテスト監督ピリつき具合は100メガクラスだ。
チートスキル発動しないといけないレベルと言える。
普段のテスト監督は、教室に一人だが、入試は二人監督体制になる。
担当になった先生は、受験のタイムスケジュール通りに行えるように、まず入試問題をゲット。
ここで、配布ミスが起きないように、第一教室の担当の先生はちゃんと確認してハンコを押していく。
教室へ行くと、緊張度マックスの中学生が座って待っている。
開始何分か前に、説明する事項が決まっているから、早めに言っても雑談する隙は無い。
何分前に、問題を配ってくださいなどの、ルールがあるのだ。
それまでは、先生はじっと動かず喋らず、サイボーグのように立っているしかない。
(〇ーミネーターかよ)
サトシは、廊下から、テスト監督に入った、古松川先生を見てそう思った。
受験生に向けて、注意事項の説明が始まった。
「入試開始になるまで、問題用紙はめくらないでください。カンニング行為はしないでください」
時間になると問題を配布する。
チャイムが鳴った。
「では、始めてください」
入試開始になるとテスト監督は、受験票の書いてある番号と名前が、テスト問題に書かれてある番号と名前と一致しているかを確認しなければならない。
古松川先生ともう一人の先生の二人体制で、順番に見て回った。
それを、名簿にチェックマークを付けていく。
50分間の試験が終わったら、問題を回収し、ちゃんと番号と名前があっているかも確認して、職員室の受験本部に提出する。
そこで、古松川先生はハンコを押してテスト監督の仕事は終了だ。
これを全科目、割り当てられた教室の先生方が全員やっていく。
そして、全部の筆記試験が終わったら、帰って行く中学生をサトシは誘導した。
ここまでくれば、先生の仕事はほぼ終わる。
校内に中学生はいなくなり、全員帰ったことを確認したら、先生たちはやっとホッと一息つける。
「お疲れー」
「お疲れー」
白金女子学園の受験科目は三教科(国、数、英)だから、午前中で入試は終わる。
昼休みは教師全員に、いつもよりちょっと贅沢なお弁当が配られた。
サトシは、そこに小さな幸せを感じた。
(こういう配慮してくれる学校っていいよな)
「サトシ先生、お疲れ様でした」
「あ、お疲れ様でした、古松川先生」
「さて、午後は恐怖の採点がありますね」
「恐怖の祭典?」
「そう、恐怖のラスボス採点作業です」
「あ、そっちの採点ですか」
「サトシ先生、何と勘違いしたんですか?」
「フェスティバルの祭典かと……」
「ああ、いいですねー。ラスボスがおわったら、祭典ですよねー。飲みに行きますか?」
「いやいや、それはまた今度で」
さっきまで、テスト監督でターミネーターになっていた先生と同一人物とは思えないほど、古松川先生は優しい先生に戻っていた。




