第94話 レベル別・生徒と教師の危険な関係
サトシは、帰宅すると久しぶりに桜井にLINEした。
:こんばんは、何してる?
すぐに返信はなかった。
(夕飯の準備や、アキラくんの世話で忙しいのかもしれないな。落ちついたら返信があるだろう)
サトシは、冷蔵庫にあった昨日のお惣菜の残りを、電子レンジに入れて温めた。
ついでに、缶ビールを出してグラスに注いだ頃、ピロンと着信音が鳴った。
携帯を見ると、桜井からの返信だった。
:こんばんは、夕飯の片づけしてた。
:もう食べ終わった? 今日はなんだった?
:シーフードカレー。先生は夕飯食べた?
:まだだけど
:食べに来ますか?
:お誘いは嬉しいけど、いつもカレーをご馳走になってて、悪いよ。
:先生が連絡くれるタイミングが、いつもカレーなの。どうしてカレーだってわかるの?
:さあ、どうしてかな。
:野生の勘?
:んな、ばかな。
サトシは桜井とLINEしながら、クスッと笑ってビールを一口飲んだ。
:今日、校長室行ったよ
:どうだった? 何か言われたか?
:教頭先生にいっぱい言われた。校長先生は庇ってくれたけど。
:何を言われた?
:……
:言いにくいのか?
:ってか、入力するのめんどい。電話のほうがいいんだけど。
:わかった。先生からかけるから、待っていなさい。
桜井を校長室に呼ぶと教頭から言われた時点で、不安はあったが校長が一緒なら大丈夫かとサトシは軽く考えていた。
まさか、学校で桜井に何があったかを聞くわけにもいかずそのままにしていた。
サトシがLINEしなければ、桜井は言わなかった可能性がある。
サトシは気になって、すぐに桜井に電話した。
「どうした? 大丈夫か?」
―「校長室で、教頭先生にいろいろ聞かれちゃって、最悪だった」
「何があった」
―ここからは、桜井の回想シーン。
教頭は校長室に来た桜井に詰問した。
「サトシ先生から、桜井さんとの交際の件は聞いています。その件で確認したいことがあります。桜井さん、あなたはサトシ先生のお宅へよくうかがっているのですか?」
「えっと……、はい、時々」
「何をしに?」
「えーーー、え、英語の勉強……」
「勉強?! あなたが? 勉強でわからないことがあれば学校で質問すればいいじゃないですか。なぜ、わざわざサトシ先生から個人授業を?」
「あ……えーーっと」
そこへ、夏梅が寒椿の花を花瓶に生けて入って来た。
「失礼します。教頭先生その件なら、わたし知ってますわ。桜井さんの作ったカレイの煮つけときんぴらごぼう、サトシ先生の大好物で、残らず平らげてくださるんですって!」
「夏梅! あんたねっ」
「って、いつだったか桜井さん、みなさんに大声で自慢してたじゃないの。毎日でも夕ご飯を作りにいきたいって」
「ちょっとおおお!」
桜井はカッとして夏梅の胸ぐらをつかんだ。
それを聞いた教頭は厳しい顔になり、桜井に言った。
「そう、夕ご飯を……やはり、そこまでサトシ先生との関係は進んでいるのですね。桜井さん!!」
「はぁ」
「正直におっしゃい! あなたとサトシ先生はいったいどこまでの関係なんですか?」
「どこまでって……」
教頭は『レベル別・生徒と教師の危険な関係』という表を広げて、まるで授業のように棒で指して読み上げた。
「①立派ないい先生だと思っているだけ。
②先生への単なる憧れ、
③何回か先生の自宅へ遊びに行った。
④手を繋いで歩いたことがある。
⑤Aまで進んでいる。
⑥すでにそれ以上の関係。
⑦婚約している。
⑧現在身重、
⑨全て経験済みでもう別れる手前」
「う……」
桜井は思った。
(正解は⑤と⑦の間だけど、⑥じゃないし……、今ここで正直に言ってしまったら先生の立場が! でも、嘘をつくほど悪い事なんかしてないのに)
「ううーーん」
「相当苦しんでいるようね」
夏梅は、桜井からサトシとの関係を聞きたいのか、優しい言葉でささやく
「桜井さん、正直に言えばいいのよ」
(どうして、こんなに苦しまなければいけないの。先生と清い交際をすることがそんなにいけないの? だって、好きなんだからしょうがないじゃん)
「さあ、桜井さん、答えなさい!」
「……すみません。もうやめます、夕ご飯を作りに行くの……」
涙声になりながら、桜井は頭を下げた。
すると、今まで何も言わなかった校長が、ついに口を開いた。
「教頭先生、この指導はいきすぎじゃないかね。生徒のプライバシーに必要以上に口を出すものじゃありません」
「しかし、校長先生。高校生にプライバシーとおっしゃいますが、未成熟な女生徒たちのプライバシーこそ、親や学校がきちんと管理すべきものですわ」
「でもねぇ、桜井さんの場合は相手が大人で、しかもわが校のサトシ先生だし」
「サトシ先生が相手だから問題なんじゃありませんかっ!」
「教師と生徒でも、わたしのようにうまくいく場合もあるのに」
「校長先生!」
桜井と夏梅もその発言に驚いた。
「「校長先生が?!」」
「懐かしいなぁ。あれはわたしがまだ駆け出しの社会科の教師の時だった。妻はまだ高校一年生の可憐な女生徒で……」
「そ、その時代と、今どきの女子高生は違うんです。今の若い子ときたら、桜井さんときたら!!」
「もう、それくらいにしたまえ。教頭先生」
庇ってくれてた校長が、自分と同じ経験をしていたのを知って、桜井は涙が溢れて止まらなくなった。
「校長先生、ありがとうございます。教頭先生、申し訳ありません。これからサトシ先生の迷惑になるようなことはしません。うっ、うっ……」
桜井は泣きながら校長室を出た。
回想シーン終わり。ー
サトシはその話を聞いて憤慨した。
「酷いな、それは。夏梅も知っていたのか」
―「……ええ」
「夏梅は本当にしょうがないな。何が生徒会長に立候補だ」
―「夏梅は教頭のスパイだから」
「それじゃあ、もう先生の家に行ってはいけないと言われたのか。こっちは正直に交際を認めて欲しいと頭を下げたのに、なんの権利があって……いや、権利はあるのか。しかし、それなら俺に言えばいいのに、生徒を問い詰めるなんて。汚い手を使いやがって」
―「……」
「それは辛かったな、桜井。元気だせ」
―「ふっ、ふっ、ふっ……さあてと、先生、今日は先生の大好きなカレーですよ。早く私の家に食べに来てください!」
「え、立ち直り、早っ! えらいぞ! それでこそ桜井だ。今行くから、待ってろ!」
サトシは、電話を切って家を出て、桜井の元へと急いだ。




