第93話 クラス替えに向けての準備
「サトシ先生、今年の入学願書の数、半端ない……物凄い数ですよ」
古松川先生が、サトシに教えてくれた。
インターネット出願サイトからの申し込みが、既に昨年を軽く超えているらしい。
「おお、凄いですね。どうしたんでしょう」
「どうしたもこうしたも、これは我々の営業の結果でしょう。がんばりましたもの。学校説明会に、オープンスクール、塾への働きかけ……」
「しかし、それだけでこんなに伸びないでしょう。どこかの学校が入試レベルを上げたとか、日程を変更したとかじゃないですか?」
「推薦枠はもう締め切っていても、一般入試枠の伸びがすごいんですよ。わたしは努力の結果と思いたいですね」
「いや、絶対にどこかの学校が募集要項を変更したんですよ。ネットで申し込んだだけかもしれないじゃないですか?」
「サトシ先生、信じてないですね。ちゃんと受験料は振り込まれていますよ。保護者が受験料捨ててもいいから他校を選んだとしても、受験料はお返しできませんからね。これは収益プラスで確実ですよ」
サトシは、これが本当に営業活動の結果だとしたら嬉しいと思った。
「でも、受験生が多いと受験日の対応も大変そうですね」
「サトシ先生、どうしてそうマイナスなことばかり言うんですか。受験生がさっぱり集まらないときの私立の厳しさを知らないから、そんなこと言えるんですよ。もっと素直に喜んでください」
受験生が集まらない私立高校は、経営が傾くことを意味する。
(なるほど、古松川先生の言う通りかもしれない。あのヒステリックな教頭にさぞハッパをかけられる日々だったんだろうな。想像しただけでもぞっとする)
そこへ、教務主任の五十嵐先生が来て、サトシを別室に呼んだ。
別室に呼ぶということは、桜井の件かもしれないとサトシは覚悟を決めた。
「サトシ先生、話しというのは……」
途中まで言って、五十嵐先生は咳を一つした。
「サトシ先生、推薦入試の手伝いで、受験生の誘導をお願いします」
「はい、わかりました」
「それから、一般入試ではテスト監督を」
「はい、わかりました」
「で、わが校では二学年と三学年は持ち上がりになります。ですから、クラス替えは一回だけなんです。クラス替えは文系と理系に別れるんですが、この作業でこれから教員は忙しくなります。特に、今一年生を受け持っている先生たちは、そのまま二年生、三年生を担当しますから、今回のクラス替えは一年生の先生たちの手にかかっています」
「なるほど、それは大変な作業ですね。忙しくなりそうです」
「で、担任は管理職が決めます。サトシ先生はそれでよろしいですよね」
「はい? もちろん、管理職の先生方のお仕事ですから、異存はありませんよ」
「よかった。もしや、桜井さんと離れるのは嫌だとか言われたらどうしようかと思って、その確認です」
「いやいや、そんなの考えないで普通にいきましょう」
「たぶん、サトシ先生については校長からの意見が優先されるかもしれません。恨みっこなしですよ」
「なんで、恨むんですか。普通に決めてください。特別扱いはかえって困ります」
「それを聞いて安心しました。クラス替えや担任決めで、教員の間で不協和音になるのは困りますからね。ああ、よかった、これでゆっくり寝られる」
「寝られないほど気にしていたんですか? 五十嵐先生。気をつかわせて申し訳ありません」
「そうそう、あともうひとつ。工藤先生が四月から復職することになりました。以前のようなBL事件は起こさないようにしてくださいよ」
「BLになりませんって。工藤先生にはお子さんが生まれたし、わたしも指輪していますし」
「女生徒は、どこに興味を持つかわかりません。腐女子を侮らないほうがいいですよ」
「すみません。軽く考えていました。気を付けます」
「では、話はここまでです。早く業務に戻ってください」
「ありがとうございました」
サトシが自分の席に戻ると、古松川先生が心配して寄って来た。
「大丈夫ですか? サトシ先生。何か問題でもありました?」
「いえ、別に問題ありませんよ」
「桜井さんのことで、嫌味か何か言われたのではないかと……」
「嫌ですよー、古松川先生も、五十嵐先生も、気にしすぎです。いえ、気遣ってくれるのは大変ありがたいです。でも、普通に接してくださいよ」
「そうかね。なら、いいんですけど。それとは別な話ですが、ひょっとして五十嵐先生から褒められたらうれしいかなーと。今年の入学願書申込者が倍増しましたしね」
「あ、その話はなかったです」
「そうですか」
古松川先生はがっくりと肩を落とした。
一年A組の帰りのHR。
「今週からわが校の推薦入試が始まりますので、明後日は自宅学習です。休みではありませんよ、自宅学習ですからね。各教科で出された課題をしっかりやってください。課題提出は、学期末の評価に加点されまーす」
「「「はーい」」」
夏梅は、はっきりとみんなに伝えた。
「みなさん、ちゃんと自宅学習しましょう。課題は提出するのよ、遊んでいたら、ばれるからね」
「夏梅、なんだか君は副担任みたいだな。先生は助かるが、そんなに頑張らなくてもいいですよ」
「は、次期生徒会長に立候補します! これくらいの仕事はさせてください」
「ああ、そうだったのか。それは先生が悪かった。では、今日はここまでです。終礼しましょう」
「起立、礼!」
「はーい、さようならー」
「先生、さよならー」
「はい君たち、寄り道しないで早く帰りなさいよー」
生徒たちが教室から出て行く中、サトシは教室を出る前に夏梅を呼んだ。
「ちょっと、夏梅。クラス替えの件で、参考までに聞いておきたいのですが、いいですか?」
「はい、先生。なんでしょう」
「さっき、次期生徒会長に立候補と言っていましたが、学級委員長は生徒会長に立候補できない校則になっているって、知っていましたか?」
「へ?」
「委員会と生徒会の兼任はできないんですよ。では、二年生からは学級委員長にならないということでいいですか」
「いえ、えっと、それは……知りませんでした」
「やっぱり、そうでしたか。クラス替えでは、夏梅みたいにリーダーになれる子を各クラスにひとりは欲しいので、一応聞いておこうと思ったんです」
「クラス替えって、あの……、文理コースに分かれるんですよね。あの子たち大丈夫なのかしら、わたしが付いていなくて……」
「夏梅、自分の進路を優先しなさい。みんなのことも大切ですが、それ以上に自分の事を大切にしてください」
「ということは、あの子たちは文系だからわたしと離れるんですね」
「そうなりますね」
「先生、やっぱりわたし文系にします」
「え、進路はそれでいいんですか?」
「あ、でも、やっぱり、……よくわかりません。家でよく考えます」
「そうしなさい。ご両親とよく話し合って、文理コースと委員会か生徒会かもよく考えなさい」
夏梅は、サトシにお辞儀すると教室に戻って、いつものように声を張り上げた。
「桜井さん、桃瀬さん、居残りしないで早く帰りなさい!」
「何よ、ちょっと遅いくらいでギャーギャーうるさいよね、夏梅って。ねえ美柑、そう思わない?」
「ほんと、ほんと。こういうのが将来、会社のお局さまになるんだわ、きっと」
「なんですってー! 桜井さん、あんたって人はっ……」
サトシはその会話を聞きながら、やれやれとため息をついた。
(やっぱり、しっかりしているようで何も考えていなかったな、夏梅は。それにしても、桜井も言いすぎだろ、お局さまって……、確かに、言い当てているが)
サトシは、桜井の言い方にクスッとした。
(今日あたり、久しぶりにLINEでもしてやるか)




