第91話 新年の校長室
仕事始めにサトシは、校長室にいた。
校長は、いつもの穏やかな表情でサトシを見つめていた。
「新年早々、サトシ先生からの話があるとは、何かあったのかね?」
「はい、プライベートな話ですが、この学校に関わることですので、報告させていただこうかと」
校長の隣に立っていた教頭は、サトシからの話とは何なのか怪しんだ。
そして、サトシの指に指輪があることに気が付いた。
「サトシ先生? その左の薬指。ご結婚したんですか?」
「いいえ、違います」
「まぁ! ではファッション・リングですか? 教員のアクセサリーは控えていただかないと、生徒への示しがつきませんわ」
「外せと言うのなら外しますが、一応これはステディリングなんです」
「ステディリング?」
「婚約指輪とは違いまして、結婚を前提に交際して、お互いの気持ちが変わらないときにする指輪です」
「知ってます! そんなことぐらい」
(いや、これは絶対知らなかったと見た)
校長は、まぁまぁと教頭をなだめた。
「サトシ先生、そのステディリングのことですかな、報告とは」
「はい、そうです。実は……、結婚を前提にした交際相手というのがこの学校の在校生でして」
教頭は驚きのあまり、言葉が出ない。
「ざ、ざ、ざ、ざいこ……」
サトシは、勇気を出して桜井とのことを言わなければならない。
周りからバレて校長の耳に入るよりも、自分の口から報告した方がいいと思って話していた。
だが、ここでクビだと言われたら、また無職になってしまう。
その時は、あのクソ親父に頭を下げて、無職になりましたと報告することになる。
そこまで、覚悟したうえでの報告だった。
「はい、その生徒の保護者の方から許可をいただき、高校をちゃんと卒業させると約束しました。うちの親にも、真摯な交際を認めてもらいました」
教頭は、激しく動揺してサトシに詰め寄った。
「何ということでしょう! 教師という立場で生徒に手を出すなんて!」
「手は出していません。清い交際のままです」
「しかし、周りはそう見ませんよ。相手は、誰ですか?」
校長は静かに言った。
「桜井美柑さん……ですね」
教頭はその言葉にまた驚いた。
「校長先生! ご存じだったんですか? 桜井美柑といったら、あの反抗的態度の……」
「教頭先生には、反抗的に見えるかもしれないが、桜井さんが校則違反したことはありますか? 真面目ないい生徒ですよ。わたしに麦茶を出してくれた」
「校長先生! 麦茶ぐらいで評価を上げないでください。まだ、サトシ先生は誰とは言っていませんし。いつ、どこで、桜井美柑だと……」
「夏休みの勉強会です。三校合同勉強会のときに、薄々わかっていました」
校長は、あの三校合同勉強会のときに、感づいていたと言った。
あのとき、サトシの相談事を聞いて、校長は全てを読んでいた。
サトシは、やはり校長はわかっていたと思うと、少し嬉しくなった。
「はい、校長先生のおっしゃる通りです。桜井美柑と結婚を前提に交際することになりました。もし、学校として問題があるのであれば、わたしはいつでも、この学校を辞める覚悟です」
「今すぐ学校を辞めることは、わたしが許しません。サトシ先生は、真摯な交際と言いました。ならば、将来をかけて桜井さんを幸せにするために、仕事は続けなければいけません」
「よろしいのでしょうか」
「もちろん、ここで教鞭をとり続けてください。ただし、二人がお互いに気まずくなった場合を考えましたか?」
「いいえ、それは考えていません」
「結婚を前提に付き合うことは、お互いが結婚を視野に入れて付き合ってはいますが、結婚の約束は交わしていない状態ですよね」
「そうです」
「結婚前提の交際は婚約の前段階とも言えます。けんかをしたから別れるという短絡的なお付き合いでは困りますよ」
「はい」
「少し厳しい話をします。婚約までの間、困難をどのように乗り越えるのか、どのように相手を理解すればいいのか、あるいは自分がどう変化すればよいのか。こういう課題を乗り切っていく必要があります。それができないのであれば、同じ学校にいるのは困難でしょうし、周りにも迷惑をかけることになります」
校長は、お互いに気まずくなった場合、どうなるかを説明した。
「そうなった場合、桜井さんは不登校になるかもしれませんし、いじめられるかもしれません。そのせいで、クラスに悪影響を及ぼし、学級崩壊になるかもしれません」
「そうですよ! 校長先生のおっしゃる通りですよ、サトシ先生。おわかりですか?!」
教師にとって、恐ろしい言葉の三点セット、それは不登校、いじめ、学級崩壊だ。
「はい、校長先生のおっしゃることは、よくわかります」
「最悪、サトシ先生と桜井さんの喧嘩のせいで、不登校や学級崩壊を招いた場合。その時は、残念ですが辞めていただきます。こちらは、大切なお嬢さんをお預かりしているのです。生徒たちに悪影響を及ぼしたら、そのときは覚悟して下さい」
「はい、わかりました」
「ふふっ、まあ、そんな暗い顔をしなくても……。ご安心なさい。わたしは陰ながら応援していますから。普通なら隠して交際することもできるものを。サトシ先生から正直に言ってくれて、大変うれしく思っています」
「ありがとうございます!!」
教頭は、話の流れを理解できるまで数秒かかった。
「えーっと、校長先生。結論は……」
「応援です」
「え、ええ。そうなんですか」
「教頭先生。わが校には、婚約者がいる生徒が毎年数名いるじゃないですか。それが、教員になっただけですよ」
「教員だからいけないんじゃないですか!」
「これは決定事項です」
「それで、このことを他の先生には?」
「教員同士は認識しておいたほうがいいですね。生徒には、サトシ先生のプライベートに関することですから、あえて発表するようなことではないでしょう」
「しかし、いずれ知れわたって、保護者からクレームがあった場合は、どうしましょう?」
「わたしが出ましょう。一切の責任はわたしが取ります。わたしだってまだまだ現役。授業だって出たいくらいです」
「では、現役をやりたがってらっしゃる校長先生にお願いします」
いつもは癒しの校長先生だが、ここぞと言うときには厳しいことも言う。
厳しいことを言うのは、真剣に相手の事を思ってくれるからだ。
そんな校長先生に、これからも付いて行きたいと心から思ったサトシだった。
「面白い! サトシ先生が気になる」
「この続きはどうなるの? この先の美柑を読みたい!」
「サトシ先生、更新したら通知が欲しいです!」
「先生、応援の仕方を教えてください」
「では、先生から応援する方法を教えましょう。
面白いなぁと思った生徒は、こんな方法があるからよく聞くように。
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