第87話 ガーベラとステディリング
「すっごい嬉しい! お花なんてもらったの、初めてー!!」
桜井はサトシから渡されたガーベラの花を見て喜んだ。
黄色いガーベラと白をふんだんに使った可愛いアレンジメントだった。
「桜井のイメージに似ているなと思って、これにした」
「うっそー! わたし、そんなに可愛くないしー。どっちかっていうと地味なのにぃ。可愛いっていうのは、ハルちゃんみたいな子をいうのよ」
「先生が、可愛いって言うんだから可愛いんだ。それに……桜井の可愛さは先生だけが知っていればいい」
「え?」
桜井は聞き返したが、サトシは聞こえなかったふりをして、クリスマスツリーを飾る作業に取り掛かった。
「え? よく聞こえなかったわ。もう一度言ってください」
「別に……何も言ってない」
サトシは、毎年弟のアキラがしているというクリスマスツリーの飾りつけ作業に入った。
桜井は、聞き直すことをあっさりと諦めて、キッチンに向かった。
しばらくして、クリスマスツリーが完成した。
「おーい、できたぞー。ライトを点灯してみよう」
桜井はキッチンから飛んできて、歓声をあげた。
「うわぁ! 可愛くできたね、クリスマスツリー。よかったー」
「では、点灯!」
サトシが飾ったクリスマスツリーが、赤や青のLEDライトにチカチカとに照らされている。
「よかったわ、クリスマスツリーを捨てなくて。今年はサトシ先生が飾ってくれたって、きっとツリーも喜んでいるわ」
「このクリスマスツリーは、サトシくんが完成させましたー」
「ぷっ、何それー! 先生可愛い」
桜井が作ったクリスマスのディナーは、ロールキャベツだった。
「凄いな! まるでレストランみたいだ。こんな手の込んだ料理、大変だっただろ」
「我が家では、毎年クリスマスはロールキャベツと決まっているんです。中のひき肉もちゃんとスパイスで味付けしてるんですよ。わたしの得意料理でーす」
「うまっ! なにこれ。プロかよ」
「へへへ、褒めていただいて光栄です。でも、キャベツ一玉使うから、作りすぎちゃうんだよね。今年は、お母さんもアキラもいないから、作るのやめようかと思ったんだけど、やっぱり作ってよかった」
「そうか。アキラくんもお母さんも、今頃何を食べているんだろうね。桜井のロールキャベツよりも美味しいものなんて、この世には無いだろう」
「それ、褒めすぎです。きっと二人とも、もっと美味しいものを食べているんでしょ。いいわねー、高級和牛とか食べてみたいわ」
「高級和牛って発想、どこから?!」
「ごめんなさい。高級レストランのメニューといったらステーキしか思いつかなくて。だって、そんなところで食べたことないもん」
「いや、高級レストランの和牛ステーキよりも、桜井のロールキャベツのほうがはるかに美味いから」
「もう、そうやっておだててー。わたしをレストランに連れて行かなくても済むように逃げましたね」
「そんなことはない。先生にとっては桜井が作った料理こそ世界一美味しいし、贅沢品だ」
「アハハハ―、またまたー。そうやって、レストランに連れて行かなくて済むように、焼きそばパンを奢って終わらせる気なんでしょー」
「いや、本当だって。本当に……」
サトシが言葉に詰まると、一瞬沈黙が訪れた。
サトシはその先の言葉を言わずに、話題を変えた。
「えーっと。ケーキ。ケーキにロウソクを灯そうか」
「うん……そうですね」
サトシは、クリスマスケーキにロウソクを立てて、ひとつひとつに火を灯した。
桜井が気を利かせて、部屋の蛍光灯を消した。
「歌、聴きたいな。先生」
「何がいいかな」
「先生が英語で歌って。わたし、コーラスを担当します」
「よし。綺麗にハモれよ」
「はい、バックコーラス頑張ります」
サトシはスマホで検索して、あの曲を選択した。
「ソー・ディスィズ・クリスマス。ア・ホワット・ハブユー・ダーン」
桜井も良く知っている曲だった。
サビの部分からは、桜井も参加した。
「アー・ベーリー・メリクリスマス。アン・ハッピーニューイヤー……」
サトシが主旋律を歌うと、バックコーラスを桜井が歌う。
「ウォー・イズ・オーバー……」
“戦いは終わるよ 君たちが望めばね”
歌い終わって二人で拍手した。
「最高だった。先生の歌大好き。じゃ、電気付けて来るね」
桜井がテーブルから壁側に移動した隙に、サトシはテーブルの上に箱を置いた。
桜井が戻ってくると、その箱に気が付いた。
「あれ? 何これ」
「大好きなのは歌だけ? 桜井に言われたよ。先生は本気で言ってないって。本気なら、好きな人いるよアピールして欲しいって言われたから、ほらこれ。本気出してみた」
「言ったけど……、え? まさか」
「開けてごらん」
桜井が戸惑いながら、ゆっくりと箱を開けると指輪ケースが出て来た。
「え? 嘘でしょ。マジで?」
続けて指輪ケースを開けると、ペアのステディリングが入っていた。
「え? え? これって、え?」
「この大きい方を、先生の左の薬指にはめてください」
「は?」
「桜井が先生の薬指に……」
「ちょっ、待ってよ。 普通、逆じゃない? 先生がわたしの薬指にはめてくれるんじゃないの?」
「だって、桜井言っただろ。『先生だけ先に実物をはめてくれ』って。だから、先に先生がはめる。桜井はまだダメだ」
「え? なんでー!? 先生ってば、自分のためにリング買ってきたんですかぁ? 普通、好きな女性のためにプレゼントするんじゃないんですかぁ?」
「だけど、桜井の希望通りにするとなると、こうなるんだけど」
「信じられなーい!」
「嬉しくて?」
「いいえ、バカバカしくてです! 男が自分のために指輪を買うなんて……ありえない」
「くっくっくっ……やった。ひっかかった。嘘だよ。これは桜井のためのステディリングです。でも、学校へは付けて行ってはダメです。普段は大切にしまっておいて、大事な時だけ付けなさい」
「嘘だよって何? 先生。わたしを騙したぁー」
桜井は涙を流してティッシュペーパーで拭きながら、号泣しはじめた。
「あれあれ、泣かすつもりじゃなかった。ごめん、ごめん。そんなに嫌だったのか」
「ちがーう。これは嬉し泣きー」
サトシは桜井の頭を優しく撫でてやった。
「明日、ロールキャベツを持ってアキラくんに会いに行こう。そのとき、指輪をしてくれるかな」
「一緒に行ってくれるんですか? 長谷川さんの家に」
「アキラくんに、ロールキャベツを食べさせたいのでしょう?」
「うん。でも、喜んでくれるかな。帰れって言われないかな」
「大丈夫、先生と一緒に行けば恐いものなんかないだろ」
そして、もうひとつ、サトシは桜井に提案しなければならなかった。
「あのー、それから……年末年始なんだけど、レイコ姉さんが桜井に会いたいから遊びに来てって言うんだよね。先生の実家なんてもう行きたくないだろ」
桜井を実家につれて行くのは至難の業だ。
何しろ、サトシの母親と折り合いが悪いのだから。
「うん、きっと無理だよね。いいよ、先生から断っておくから」
「行くわ」
「え、来るんかーい!」
「だって、この家にいたって誰も来ないし、ずっとひとりでいるよりは、先生の実家に行った方がいいもん」
「そっか、来るのか。じゃ、指輪して行こうな。ちゃんと親に紹介したいし」
「え? もう会ったことあるのに、っていうか、毎週料理しに通っていたのに、今さら紹介っておかしくない?」
「それはね。正式にお付き合いしますっていう紹介だから、おかしくないんだよ」
「正式?……」
不思議そうなしている桜井を、サトシは真剣な目でみつめた。
「桜井、……俺と結婚を前提にお付き合いしてください」
「……」
「桜井のお母さんが帰国したら、お母さんにも正式に許可をいただきます」
「……」
「これから、桜井が嬉しいとき、悲しいとき、隣にいるのは先生、いや、俺が隣にいたい」
「でも……いいんですか? 先生は『五年後まで同じ気持ちだったら考えてやってもいい』って言ったのに、今のわたしでもいいんですか?」
「高校生活はちゃんと送ること。進学もすること。桜井が成人するまでは、きちんと親の目が届くところで生活すること。これは二人で守る。先生も守る。全力で」
「教師として?」
「それもあるが、佐藤サトシとしてだ。真摯な交際だと認めてもらうためには何でもする」
自分で言いながら、サトシは顔が赤くなっているのがわかった。
桜井は、コクリと頷いた。
「なにこれ、カッコつけ―。サトシ先生、もっと大好きになっちゃうよ」
桜井はサトシに思いっきり飛びついた。
「先生のほっぺた、熱いよ」
「桜井のだって熱い」
サトシは桜井の顔を両手で挟んで、そっとキスした。
「ごめん、初チューだった?」
「うん」
「………」
その夜は、二つの布団を敷いて寝た。
「先生、イエローを歌って」
「いいよ。この曲、桜井好きなんだな」
「先生、そのこと知っているくせに。ガーベラの花、黄色だったし」
照れながらサトシはイエローを歌う。
そして、ラストの部分は二人で一緒に声を合わせて歌った。
「「ユノーアラビュソー」」
いかがでしたでしょうか。
「面白い! サトシ先生が気になる」
「この続きはどうなるの? この先の美柑を読みたい!」
「サトシ先生、更新したら通知が欲しいです!」
「先生、応援の仕方を教えてください」
「では、先生から応援する方法を教えましょう。
面白いなぁと思った生徒は、こんな方法があるからよく聞くように。
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