第84話 ひとりにしないよ③ 一つの布団
「キャー―!」
桜井の悲鳴で、サトシは飛び起きた。
いや、飛び起きたつもりだった。
頭が何かにぶつかった、痛みで頭を抱えて腰を曲げると、今度は足が何かにぶつけた。
「痛っ! ああ、痛っ!! つーーーー痛てぇ」
「やだっ、先生? お化けかと思った! なんてところで、寝ているんですかっ先生」
桜井の声で、サトシは自分が押入れで寝たことを思い出した。
(あぁ、そうだった。俺は押入れのなかで寝たのだったぁ)
「もう、先生ったら、スーツ着たまま押入れで寝るなんて、信じられない。アンビリバボー!」
「おっ、今の発音ベリーグッ」
「わーい! 褒められちゃった、嬉しい。って、そうじゃなくて。早くそこから出てください」
「はいはい、よっこらしょ」
「おっさん? うわっ! その言い方で、ハートをつかまれたー」
「え、そこに惚れるか? 重症だな、桜井」
「いえ、押入れで寝ている方が重症だと思います」
サトシは押入れから出ようとした。
サトシが寝ていたのは押入れの上の段だ。
そこに入るために、登って入れたのに、なぜか降りるとなると怖くて降りられなかった。
もちろん、畳までたいした高さではない。
それでも、下を見ると足がすくんだ。
「先生? 早く押入れから出て」
「お、おう。わかってる」
「ぷっ、まさか、降りられないとか?」
「そんなことはない。だが、ちょっとだけ手を貸してもらえると助かるかも」
「なぁーんだ、やっぱり恐いんだぁ。可愛い。はい、どーぞ」
サトシは、桜井が伸ばしてきた手をつかむ。
「いや、無理。両手じゃないと……」
「ギャハハハ! もう、先生ったら可愛すぎる。はい!」
桜井は笑顔で両手を差し出してきたが、可笑しくてその肩が震えている。
「先生を可愛いとか言うなよ!」
サトシは高所恐怖症と戦いながら、目をつむって飛び降りた。
「せーのっ」
ドスン!
「きゃー!」
サトシは、桜井の上に覆いかぶさって落ちた。
「うわっ、ごめん」
サトシの体の下で、顔をかあっと赤くした桜井はサトシと見つめ合った。
これは危険きわまりない、ありえない体勢だ。
(顔が近くないか? これって)
顔が赤くなった桜井は、急に恥ずかしくなってぷいっとサトシから顔をそらした。
そらした顔の首筋まで赤くなっている。
慌ててサトシは桜井から離れた。
「ご、ごめん。けがはなかったか?」
「ええ、大丈夫」
桜井は、ゆっくりと起き上がってから「ちょっとトイレ」と言って、和室から出て行った。
(ああああーーー。あっぶねー。襲いそうになった)
サトシは胸の鼓動を抑えつつ、今の状況を冷静に判断しようとした。
桜井に起こされて朝だと思っていたが、窓の外はまだ暗い。
サトシは腕時計を見た。
(なんだ、まだ夜中の二時半か……。さて)
この時間に帰るのは、体がきつい。
それに、正直まだ眠い。
サトシは押入れから布団を出して、自分の分を敷いて寝ることにした。
ネクタイを外しスーツを脱いで、ちゃんとハンガーにかけ、
(ああ、疲れた。やっと布団で寝られる)
サトシが自分で敷いた布団に入って横になったころ、桜井が和室に戻って来た。
「あれ? 先生、布団を敷いたの? わたしの所に入って寝てもよかったのに」
「また、そういうこと言って。先生を誘惑するんじゃない」
「誘惑? 違いますよ。だって、寒くないですか? わたしの布団のほうが温かいのに」
「いい。ここで寝る」
「そ……、じゃあ、おやすみなさい」
「……」
桜井の言った通り、布団は冷たくて寒かった。
しばらくすれば、自分の体温で布団は温まるだろうと、サトシは我慢した。
何度も何度も寝返りを打ちながら。
「ハーックション! ああー」
「ほらぁ、先生。だから、言ったじゃん」
「あ、いかん。鼻水が……」
「もう! ちゃんとしてくださいよ。先生」
桜井は布団から出て、ティッシュペーパーの箱を持ってきてサトシの顔の横に置いた。
「あ、申し訳ない」
サトシがティッシュペーパーで鼻をかんでいる隙に、するりと桜井が布団の中に入って来た。
「おい、こら桜井! よしなさい」
「スーツを脱ぐから寒いんですよ。着替えを渡したいけど、うちにある男物ってアキラの服しかなくて」
「いやだから、困る。見られたくないんだ、ズボンを脱いでダサいタイツ姿だし」
「マジですか? うわータイツ姿。見たい! 見たい!」
桜井は布団のさらに奥へと潜り込もうとした。
「バカ、よせ、やめろ!」
必死に抵抗して侵入を阻止しようとするサトシ。
押さえ込まれた桜井は、布団から顔を出して笑った。
「見ませんよ。冗談です。でも、二人で寝れば温かいじゃん。別に深い意味はありません」
「深い意味があったら困る」
「人間湯たんぽだからね」
「なんじゃ? それ」
「ふふふ、わたしが人間暖房器具になります。遠慮しないで、どうぞご自由にお使いください」
「やったぁ。桜井を自由に使っていいんだ。」
サトシは桜井を後ろから抱きしめた。
「え、先生? 冗談でしょ」
「さあ、どうかな」
「えっと、温かい……ですか?」
「あったけーー! でもキスなんかしないよ」
「あたり前田利家。おやすみなさいっ!」
「戦国武将か。……早く寝ないと夜が明智光秀」
「くっ、見事な返り討ち。やられたぁー」
オヤジギャグを言いあいながら、サトシは桜井とひとつの布団に入って、ただ体を温めあって寝ていた。
―数分後。
「先生?」
「……」
「もう寝た?」
「……寝た」
「そっか、寝たんだ」
それっきり、桜井は話をしてこなかった。
「……気になる。何か言いたいことがあるなら、言いなさい」
「あの、今日はずっとわたしの側にいてくれて、ありがとうございました」
「はい。もっと頼っていいから」
「うん。わたし、これからどうやって生きていけばいいのかな」
「桜井……。今まで通り、お母さんとアキラくんの三人で暮らしていけばいいよ」
「できるかな。今まで通りなんて」
「できるさ」
「もし、ダメだったら……」
「そのときは、先生の家に来ればいい。大丈夫、いくらでも道はある」
「温かいね、先生」
「当たり前田利家。冷たい人間は体温が高いんだ」
「ちょっと意味わかんない。体温が高杉晋作」
「幕末できたか。さっき、押入れで沖田総司」
「押入れで寝るのは、これでもう西郷隆盛」
「くっ……降参だ。もう何も思いつかない。もう頭がフラフラ……フランシスコ・ザビエル」
「すでにダジャレの基本が崩壊してるし」
サトシは桜井と抱き合って寝ても、キスさえしなかった。
我慢していたのかというと、それはサトシ自身もわからない。
正直な話、体がぽかぽかしてきて眠気が襲ってきたのは事実だった。
「おやすみなさい、先生」
ごおーーっ、すうーーーー、ごおーーっ、すうーーーー
サトシは、桜井の横でいびきをかき始めた。
桜井も目を閉じて、サトシの胸の中でつぶやいた。
「先生のいびきも、井伊直弼……」
(バーカ、起きてるよ。騙されてくだらないダジャレ言うの……可愛い)
いかがでしたでしょうか。
「面白い! サトシ先生が気になる」
「この続きはどうなるの? この先の美柑を読みたい!」
「サトシ先生、更新したら通知が欲しいです!」
「先生、応援の仕方を教えてください」
「では、先生から応援する方法を教えましょう。
面白いなぁと思った生徒は、こんな方法があるからよく聞くように。
ブックマークや、『☆』を『★★★★★』に評価して下さると作者のモチベーションアップに繋がります。はい、ここ重要ですからね。テストに出まーす!わかりましたかー?」
「はーい」
「よろしく頼みますよ、みなさん」




