第82話 ひとりにしないよ① ラーメン
冬の太陽は落ちるのが早い。
サトシが桜井を追いかけて外に出ると、閑静な住宅街の辺りは薄明りになっていた。
日没後の空が、茜色と青が混ざり合うこの数十分間をマジックアワーというらしいが、桜井を見つけることができる魔法があったら欲しいものだとサトシは思った。
とはいえ、桜井の自宅からここは遠くない。
桜井は迷うことなく自宅に帰れる距離だ。
サトシは、ひとまず落ち着いて桜井を探すことにした。
住宅街から小さな商店街を抜けると、街並みはクリスマス用に飾りつけられ、クリスマスソングが流れている。
子ども連れの若い夫婦や、ペアルックで歩くカップル。
(この中を、桜井はどんな気持ちで走り抜けて行ったのだろう)
サトシは、連絡先を交換し合っていたことを思い出して、携帯電話を取り出した。
(ああ、前もこんなことがあった。青柳先生のときだ。あのときも桜井を探して走り回った)
電話をすると、案外すぐに繋がった。
「桜井、どこにいるんだ」
―「……」
「まさか、また俺の実家っていう事はないよな」
―「それはないです」
「わかっている。冗談だ」
―「……寒い」
「それは、俺の冗談に対してか、体感的にか」
―「んー……両方かな」
「正直だな。じゃあ、温かいラーメンでも奢ってあげよう」
―「なんで、わかるんですか? 今、ちょうどラーメン屋の前にいます」
「ふっ、それは愛のテレパシーかな」
―「草」
「草? おい、いくら腹減ったからって、その辺に生えている草は食うなよ」
―「ウケるって意味です。っもう! 泣いているんだから、早く迎えに来てください」
「わかった、わかった」
(一時はどうなることかと思ったが、早く迎えに来いなんて言えるのだから、心配いらないようだ)
桜井がいると言ったラーメン屋は、思ったよりもサトシがいた地点から近いところにあった。
薄明りの中で寒さで震えながら、桜井はサトシが来るのを待っていた。
「桜井」
「先生!」
サトシは自分の上着を脱いで、優しく桜井にかけてやった。
すると、緊張の糸が切れたのか桜井はうわっと泣き始めた。
「おいおい、泣くな。こんなところで泣いたら注目の的だぞ」
それでも、桜井は泣き止まなかった。
サトシは、周囲からの鋭い視線から逃れるために、桜井をつれてそのラーメン屋の前を立ち去った。
「う、う、う……」
「あんなことがあったんだ。泣くなと言う方が無理だよな」
サトシはスーパーの駐輪スペースの端まで来ると立ち止まった。
「いいよ。泣きたい時は泣きなさい」
桜井はサトシの胸に顔をうずめて泣きつづけた。
しばらくすると、桜井の泣き声は落ち着いてきて、過呼吸も治まってきた。
「先生、ごめんなさい。ラーメン屋から離れちゃったね」
「いいよ。あそこよりも美味しいラーメン屋さんを知っているから、そっちに行こう」
「家系ですか?」
「え、わからんが……鶏白湯ラーメンだ」
サトシがラーメン屋を選んだのには、理由があった。
以前、大山先生にお昼にラーメン屋に行こうと誘われたとき、ラーメン屋なら女子高生出現率が低いと教わったからだ。
桜井をサトシおすすめのラーメン屋につれて行くと、感激してくれた。
「何これ、うまっ! 鶏白湯初めて食べた」
「だろ」
二人でラーメンをズルズルとすする。
夢中で食べているから会話が少ない。
「熱いうちに食べないと、麺が伸びちゃうからね」
「うん、そうですね」
さっきまで泣いていた桜井だったが、美味しい鶏白湯ラーメンで一時でも悲しみを忘れたようだった。
ズルズル、ズルズル……
「美柑?」
桜井は名前を呼ばれて顔を上げると、目の前に柚木が立っていた。
「美柑、やっぱり美柑だわ。ラーメン食べに来たの? あれ? サトシ先生と一緒?」
柚木の登場で、サトシはラーメンにむせた。
「ゴホッゴホッ……柚木、これにはいろいろと事情が……」
サトシはあわてて弁解しようとしたが、柚木は別にサトシを責めたりしなかった。
「ごめんね、美柑。サトシ先生と一緒にデート中だった? でもよかった。このあいだまで美柑は何か思い詰めていたみたいだったし、昨日なんかお休みしちゃってさ。心配してたんだよ」
「ごめんね、柚木くん。心配かけちゃって」
「うううん、美柑が元気になればそれでいいの。先生、美柑をよろしくお願いします」
「はい、がんばります」
(何をだ。自分でツッコミ入れてどうする)
「ふふふ、美柑、ごちそうさま。じゃーねー。また学校で会おうねー」
柚木はニヤニヤしながら、桜井とサトシに手を振って店を出て行った。
桜井は、柚木に奢ってもいないのに、不思議なことを言われたと首を傾げた。
「ごちそうさまって何、どういう意味」
ラーメン屋で女子高生の出現率が低いのは確かだったが、盲点があった。
「柚木の存在を考えていなかったな」
「わたしも」




