第72話 ウェルカム・トゥ・佐藤家②
サトシが桜井を追ってキッチンへ入ると、レイコ姉さんはキッチンでひとりワインを飲んでいた。
「あら、もう戻ってきちゃったの? ギブアップ?」
「お姉さま、わたしには無理です。英会話なんて……」
「何事も経験よ。一日留学だと思って頑張れ、頑張れ。言ったでしょ、父は外資系の会社の社長なの。英語ぐらい話せないとサトシと付き合えないわよ」
「英語なんて無理。わたし、料理しているほうがいいです」
この二人の様子を見て、サトシは呆れた。
「レイコ姉さん、桜井も、ここで何しているんだ」
「サトシ先生! ごめんなさーい。わたしがバカでしたぁ。勝手に実家に上がり込んで本当にごめんなさい」
「はて? 何がなんだか……」
「青柳先生が家まで送るっていうから、自分の家のふりして先生の実家まで来たんです。そしたら、こんなことになってしまって」
「こんなこと?」
レイコ姉さんが、ワインを飲みながら説明した。
「まず最初に、お母さんがサトシの教え子が来たと聞いて急に着替え始めたの。なんでも、『サトシの教え子が家に訪ねて来るなんてはじめてじゃない。一番きれいなお母さんを見て欲しいから』だって」
「それであの格好」
「それから、お父さんが部下の長谷川さんと取引先の方とゴルフから帰って来て、酒盛りよ。桜井さんが急いでおつまみを作ってくれたら、これがまた大好評。英会話の海の中で、もがきながら料理しているというわけ」
「それじゃまるで、桜井がお手伝いさんみたいじゃないか」
「先生、わたしは好きで料理しているからいいんです。でも、英語を話すことなんて今までなかったから、まるでダメです」
レイコ姉さんはそんな弱気な桜井に言った。
「桜井さん、そんなこと言わないで。あなたのお陰で父はあの通り上機嫌なのよ。そうじゃなきゃ、今頃サトシは家を追い出されているわ」
「ダメ、無理! わたし英語できない。サトシ先生も友梨奈ちゃんも、英語が得意な理由がわかったわ。この環境で育ったからなのね」
「ふぅーん、逃げる気?」
「お姉さま、何を……」
「サトシのことを好きなのに、これくらいの事で逃げるの? やっぱり女子高生の恋なんてこの程度なのよねぇ」
桜井は、エプロンの裾を両手でぎゅっとにぎりしめた。
「違いますっ!」
サトシが帰って来ているというのに、二人の会話はまるでサトシを無視して進行している。
「あの、二人とも冷静になってだな……俺の事なら」
「お姉さま、わたし諦めませんから!」
「え、桜井、怒った?」
レイコ姉さんは、パンと手を叩くと桜井に抱き着いた。
「やっぱり、そう来なくっちゃ! マイ・リトルシスター。わたしは、桜井さんのそういうところが大好きよ」
桜井は、何か決心したようにキッチンの冷蔵庫を開けた。
「よし! 次は、これとこれで料理してやるわ」
「わーい、次は何? 何?」
サトシは調子に乗っているレイコ姉さんを止めようとした。
「レイコ姉さん、ワインで出来上がっているだろ。桜井もお手伝いさんじゃないんだから、止しなさい」
「先生、あと一品だけ作らせてください。そして、わからなくてももう一度、英会話の海に飛び込みますっ!」
「何もそこまでしなくても」
「サトシ先生、わたしと結婚したくありませんか?」
「はぁ? なんだよ、突然……逆プロポーズか?」
サトシは桜井の真剣な表情にドキッとした。
桜井からそんなにダイレクトに聞かれるとは思っていなかった。
「五年後に変わっていなければ、考えてやるって、先生言いましたよね」
「言いました」
「わたし、先生にふさわしい女になりたい! いいえ、なる! これは桜井美柑の挑戦なんです」
サトシは桜井の本気を見た気がした。
そしてそれを炊きつけたのは、他でもないここで酔っぱらっているレイコ姉さんだ。
「じゃ先生も、お腹空いたし、ひとつご相伴にあずかろうかな。ただしノンアルで」
(家族全員酔っぱらってしまったら、誰が桜井を守るんだ)
キッチンでさっそく料理しはじめた桜井の後ろ姿を見て、サトシは応援したい気持ちでいっぱいになった。
(後ろから抱きしめてやりたいところだが、レイコ姉さんがいるところで、さすがにそれは無理だ)
「ひとつ聞いてもいいかな、桜井」
「はい、何でしょう」
「青柳先生とのデートは楽しかったか」
「あ、あああ、忘れてたぁ。そんなこともあったっけー」
「お前な……」
「そう、そう、青柳先生から伝言頼まれましたよ。あんな辞め方をして申し訳なかったと言ってました。サトシ先生みたいになりたかったとも」
「そうか」
「それをサトシ先生に伝えたくて、わたしをお茶に誘ったみたいですよ。デートじゃなかったです」
キッチンに向かって料理しながら、青柳先生とのやり取りを話す桜井。
(なんだ、そういうことだったのか。よかった)
サトシは、桜井の本気を正面から受け止めようと思った。
相変わらずレイコ姉さんは桜井の横で、ほろ酔い気分だ。
「ねえ、ねえ。うちの冷蔵庫にあるもので、よく料理できるわよねー。今度は何つくるの?」
「この家の冷蔵庫って、贅沢な食材の宝庫ですよねー。何を使ってもいいなら、キャビアなんかも使っちゃおうかな」
「いいねーいいねー。使っちゃいなさいよ」
「生ハムもあったわ」
「生ハム使っちゃいな―」
そして、レイコ姉さんはサトシの方に向き直った。
「ところでサトシ? 料理を運んだら、隣で桜井さんのフォローに入るわよね。当然」
「ああ、もちろんだ」
サトシは、この家が桜井美柑に攻略される日はそう遠くない気がした。
いかがでしたでしょうか。
「面白い! サトシ先生が気になる」
「この続きはどうなるの? この先の美柑を読みたい!」
「サトシ先生、更新したら通知が欲しいです!」
「先生、応援の仕方を教えてください」
「では、先生から応援する方法を教えましょう。
面白いなぁと思った生徒は、こんな方法があるからよく聞くように。
ブックマークや、『☆』を『★★★★★』に評価して下さると作者のモチベーションアップに繋がります。はい、ここ重要ですからね。テストに出まーす!わかりましたかー?」
「はーい」
「よろしく頼みますよ、みなさん」




