第71話 ウェルカム・トゥ・佐藤家①
「うちに何か御用でしょうか」
レイコ姉さんは、不審な人物が振り向いたその顔をみて驚いた。
「桜井さん! どうしたの? 遊びに来てくれたの? あれ、サトシは?」
「す、すみません、お姉さま。一人で来ました。でも、急にお邪魔したら迷惑ですよね。ホホホホ、なんだか突然ここに来たくなちゃって。別に意味はないんです。帰ります。失礼しましたぁー」
逃げようとした桜井の腕をグイとつかんで、レイコ姉さんは引き留めた。
「何言ってるの? ウエルカムに決まっているでしょ。さ、どうぞお入りになって」
「まさか、そんな……」
桜井はレイコ姉さんに、グイグイ腕を引っ張られてサトシの実家の玄関まで通された。
その時、桜井のカバンの中で携帯のマナーモードが着信を知らせていたが、桜井は全く気が付かなかった。
奥の部屋からお母さんらしき女性の声がした。
「レイコ―? どなたか、いらしたのー?」
「お母さん、サトシの教え子よー」
「まぁ、サトシの?!」
それから、一時間後。
サトシは自分の実家の前で立ちすくんでいた。
自分の実家なのだから、普通に入ればいいのにそれが出来ないのには訳があった。
この日は日曜日。
サトシにとって苦手な父が家にいる可能性が高い。
(よく考えてみたら、青柳先生が俺の実家に来るわけないし、桜井が俺の実家にいるからって迎えに来る必要性はないのでは……。うん、そうだ。桜井はひとりで勝手に来たのだから、勝手にひとりで帰れるだろ)
サトシは実家に入るのをやめて、駅のほうへ戻った。
(桜井がどうして実家に居るのかは、気になるが……)
ピコン
LINE通知は、桜井からだった。
サトシはすぐにLINEを開いて、桜井のトークルームを確認した。
:先生、英語がわかんなくて死にそうです。助けて
(英語がわからなくて死にそう? どういうこっちゃ。助けてって……言われたら助けないわけにいかないだろがっ)
サトシは踵を返した。
再び実家へ戻ると、思い切って門を開けて入り玄関のドアを開けた。
「ただいまー」
靴を脱いで家に入ろうとすると、エプロン姿のレイコ姉さんがやってきた。
「サトシ、遅いわよ。何やってたのよ」
「遅くないよ。だいたい帰って来る約束してないし。ってか、レイコ姉さん? 珍しいね。エプロンなんかして、誰かお客さん?」
「お父さんが部下とお得意さんを連れて帰って来て、今接待中」
「げっ! 父さんいるんだ。じゃあ、俺はここで……」
「待ちなさい! 桜井さんはどうするのよ」
「なんで、桜井がここにいるんだよ」
「わからないけど、ひとりで訪ねて来たのよ。そしたら、偶然そこにお父さんも帰って来て……。桜井さんを助けてあげたら? 英語が飛び交うリビングで居心地悪そうにしているわよ。まさか、わたしが追い出すわけにもいかないじゃない。かわいそうに」
レイコ姉さんは、自分が桜井を無理やり招き入れたことは伏せておいた。
「ったく、しょうがないな」
サトシはリビングのドアを開けた。
サトシの父はお得意さんと一緒にビールを飲みながら上機嫌だった。
母は、いつもより派手に着飾っていた。
「いらっしゃいませ。こんにちは」
サトシは父が連れて来たお客様に向かって、丁寧に挨拶をした。
お得意さんはアメリカ人男性で、父の部下が一緒に付き添っていた。
「おう、帰って来たか。これは、うちの長男のサトシです」
酔っぱらって上機嫌な父は、客に自慢げに紹介した。
部下は「それはそれは」などと言いながら、挨拶してきた。
「お父様にはいつもお世話になっております。仕事でお付き合いさせていただいております」
もう一人の客であるお得意さんは英語で挨拶してきて、握手を求めて来た。
英語で挨拶を返すと、今度は母が、サトシの帰りを喜びながら言った。
「おかえりなさい、サトシ」
「母さん、なんか今日は雰囲気が……いえ、随分とおしゃれだね」
「だって、サトシの教え子が訪ねて来たんですもの。母さんだって、せいいっぱいおしゃれしてお迎えしないと、失礼でしょ」
「さあ、それはわからないけど。ところで、俺の教え子はどこに」
「キッチンだと思うわ」
「キッチン? どうしてキッチン?」
そこへ、桜井がリビングにやってきた。
姉とお揃いのエプロンをして、トレーに料理を乗せて運んでいる。
「あー。えーーーっと、カプレーゼ風サラダでございます」
「桜井? ここで何してる」
酔っぱらった父は、桜井が持ってきた料理に上機嫌になって、お客に料理をすすめた。
―英会話―
「このお嬢さんは、うちの息子の教え子でね。実に気が利くいい子なんですよ」
「へえ、息子さんは教師してらっしゃる。どちらで?」
「それが、白金女子学園というですけどね。何、三流校ですよ」
「オー、こんな躾のいい生徒がいるとは、学校の教育方針がいいんでしょうか」
「社長、白金女子学園はいい学校ですよね。わたしの知り合いもそこに通っております」
「日本の女子教育、素晴らしいですね」
「そうなんですよ。実に素晴らしい学校です」
客は喜んで、料理を口にするとエクセレントとか言いながら、英語で盛り上がっていた。
父も母も英語で接客し、またお酒をすすめる。
リビングは英語であふれ、桜井は会話についていけなくて、そうっとキッチンへと逃げた。
「桜井! 待て」
サトシが桜井を追ってキッチンへ入ると、レイコ姉さんはキッチンでひとりワインを飲んでいた。
「あら、もう戻ってきちゃったの。ギブアップ?」




