第70話 女生徒SIDE:LINE 青柳先生いたよ
桜井美柑は、ユーリン書店に参考書と問題集を買いに来ていた。
とにかく苦手意識の数学をなんとか克服したいと思っていたからだ。
すると、書店の中で青柳先生を見かけた。
(青柳先生だわ。たしか二年の工藤先生のクラスに副担任に入った先生じゃなかったけ)
青柳先生はコミック漫画の棚にいた。
(へぇ、青柳先生って漫画読むんだ。そういえば、サトシ先生、青柳先生のことで悩んでいたみたいだった。そうだ、先生にメールで教えてあげよう)
:青柳先生、いたよ
(あれ、青柳先生って、突然やめたんだっけ)
:青柳先生がユーリン書店にいるけど、学校辞めたんだっけ?
しばらく待ったが、サトシから返信はなかった。
(返信がないなぁ。せっかくLINE交換したのに意味なくね?)
:サトシ先生、寝てるの? 返信ちょうだい
桜井が夢中で携帯でメールの文章を打っていると、声をかけられた。
「桜井さん? だよね」
「うわっ! びっくりしたぁ」
目の前に立っていたのは、青柳先生だった。
「ごめん、ごめん。驚かせちゃって」
「青柳先生、ごきげんよう」
「もう、先生じゃないよ。君は桜井さんでしょ? サトシ先生のクラスの」
「は、はい」
「体育祭でサトシ先生と一緒に走ったり、白金祭ではサトシ先生と踊ったりしていた」
「あああ、はい」
「桜井さんって、ダンス上手いんだね。白金祭のダンス動画、僕が編集したんだよ」
「そうなんですか。ありがとうございます」
「ここで何していたの?」
「あの、参考書を買おうかなぁなんて、……わたし頭良くないから」
「自分の事をそんなふうに思っちゃいけないよ。何の教科を探していたの?」
「す、数学です。高校に入ったら急に難しくなって、授業についていけなくて」
「うわ、偶然。僕の担当教科は数学だよ。おすすめの参考書を選んであげようか」
「ほんとですか? 助かります。うわー、ラッキー」
「ふっ、桜井さんって、なんか可愛いね」
お勧めの参考書を選んでもらえることを素直に喜んだだけなのに、桜井は可愛いと言われて急に恥ずかしくなった。
青柳先生が選んでくれた参考書は、やさしく噛み砕いた解説で苦手な桜井でもわかりやすいものだった。
レジで精算して、桜井は青柳先生にお礼を言った。
「どうもありがとうございます。本当に助かりました」
「いえいえ、これくらいは朝飯前だよ」
「青柳先生、さっき漫画の棚にいましたけど、漫画を読むんですか?」
「ああ、ちょっと眺めていただけで、別に好きなものはないよ。そうだ、桜井さん。時間ある?」
「はい、ありますけど、なんでしょう」
「そうだなぁ、僕とデートしませんか? 観たい映画とか、ある?」
「は? ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。あ、なんかLINE来たみたい」
本当はLINEなど来ていない。
桜井は、携帯を確認したくて嘘をついた。
このまま誘われたらのってしまいそうで、サトシからの返信を見たかったのだ。
(何よ、サトシ先生ったら、スルーする気?)
:青柳先生にデートに誘われた!
:映画でも観ようかって……断るよ、いいよね?
「ああ、青柳先生。なんか、弟がねー早く帰ってこいって言ってるぅ」
「弟さんと仲がいいんだ」
「ええ、弟はわたしが育てたようなもんで、甘ったれでやんなっちゃう」
「そうか。でも、お茶するくらいの時間ならあるだろ? そこのカフェに行こうよ」
青柳先生は、桜井から離れようとしない。
意外とグイグイ来るタイプだった。
:とりあえず、断ったけど、今度はお茶しようって誘うんだけど……
(お願い、サトシ先生。LINEに出てよー。バカ―)
「弟さんにLINE?」
「はい、結構しつこくて……」
:結構、しつこい
(わたししつこい男は嫌いよ。ってか、思ったより青柳先生は積極的なんですけど)
「桜井さんと話がしたいだけなんだ。ちょっと話をするだけ。ダメかな」
青柳先生は桜井に真剣な表情をしてきた。
ただの女子高生に、一体何を話したいというのか、桜井にはさっぱりわからない。
:何も返信ないから、行っちゃうよ
(ああ、これで返信なかったら、もうサトシ先生のこと、あきらめようっかな)
「そんなに話したいことがあるんですか? わたしただの高校生ですけど」
「サトシ先生の受け持ちの子だからだよ。だから話したいんだ」
サトシの名前を出されると、桜井は気になり始めた。
(何か、本当に伝えたいことがあるのかもしれない。学校をやめた理由とか)
:お茶するだけだから、大丈夫だよね
「ちょっとだけですよ。弟がうるさいんで」
「ありがとう桜井さん。じゃ、いこっか」
:(スタンプ)号泣
桜井は青柳先生と一緒に近くのカフェに入った。
ウエイトレスは、二人をカップルと思ったのか、奥のソファー席に案内した。
「話ってなんですか? さっさと話してパッと帰りますから」
「まぁまぁ、そんなに急かさないで。コーヒーでいいの? パフェもあるよ、このパンケーキセット美味しそうだよ」
「え、パンケーキ? うわぁーほんとだぁ。旬の果物とホイップクリーム! 美味しそうーー!」
「じゃ、二人でそれにしようか。コーヒーとセットで。奢るよ」
「マジですかぁーーー?」
桜井美柑は単純である。
たかがパンケーキで、警戒心をいっぺんに解いた。
(嬉しい。サトシ先生なんかドライブしても一緒にお茶もしてくれなかった。奢るよって言っても白金祭の焼きそばだったし、これが、これがデートなのね。ああ、わたし今、デートを満喫中……)
「ごめんね、桜井さん。強引に誘って。本当ならデートの相手、サトシ先生がよかったでしょう」
「な、何を?」
「分かりますよ。ダンス動画を編集すると、桜井さんの瞳はキラキラしていた。サトシ先生のこと、本当に好きなんですね」
「あら、そうかしら?」
「たぶん、サトシ先生も桜井さんの気持ちを知っているんでしょう」
「うっ……話ってそれですか? 確かにわたしはサトシ先生が好きですけど、でも付き合ったりしていませんから」
「だろうね。サトシ先生は、教え子に手を出すような人じゃないもの」
「そうですよー。やだー、青柳先生ったらぁー」
「じゃあ、僕と乗り換えない?」
「え?!」
そこへウエイトレスが注文の品を運んで来た。
「お待たせいたしました。ウルトラ・ジューシーフルーツ・パンケーキセットでございます」
ウエイトレスは、ひとつずつ丁寧に皿を置いていく。
その間、桜井と青柳先生は無言のまま、ただその様子を見ていた。
そして、ウエイトレスが去ると、青柳先生から話し始めた。
「冗談ですよ。ごめんね。ちょっとからかってしまった」
「悪い冗談ですね」
「まあまあ……、本当はね、桜井さんならサトシ先生に伝言してくれると思ったからなんだよね」
「伝言?」
「あんなひどい辞め方して、サトシ先生に迷惑をかけて申し訳なかったと思っている。あの学校で、唯一僕の事を気にかけてくれてた人なのに」
「そうなんですか?」
「サトシ先生はすごい先生ですよね。生徒から人気もあって、先生たちからの信用も厚い。ぼくもあんな教師になりたいと思っていたんです。僕の理想そのものです。でも僕はサトシ先生にはなれなかった」
「うん、ちょっと違うかもです」
「え?」
「確かに、サトシ先生はいい先生です。でも、先生は言っていましたよ。以前、公立高校で心労で壊れて無職になったことがあるって。それで30歳なってから、はじめて自分で歩き始めたとかなんとか。サトシ先生も最初から何でもできる先生じゃなかったみたい」
「それは知らなかった」
「だから、青柳先生が辞めちゃったとき、とても落ち込んでいました。わたしには何も言わなかったけど」
「そうだったのか」
桜井は青柳先生のことをサトシに伝えると約束した。
「今日のお話、ちゃんとサトシ先生に伝えます。それと……、ごちそうになって、いいんですか?」
「もちろん、桜井さんと会えてよかった。これは僕からの感謝の気持ちだよ」
二人はカフェを出た。
「じゃ、わたしはここで」
「家まで送って行くよ」
「いやいやいやいや、本当に、ここでいいです」
「無理やり引き留めた責任が僕にはある。弟さんに謝らないと。だから送って行くよ」
「ええええーー」
桜井は困った。
サトシ以外の人に家を知られるのが嫌だった。
私立に通っていながら、オンボロアパートに住んでいるなんて知られたくないし、サトシ以外の人に家を覚えられるのも嫌だった。
それで、何とか誤魔化すために桜井は電車に乗った。
電車に乗ったはいいが、他人の家に入る訳にもいかない。
(そうだ。サトシ先生の実家。あそこなら立派な家だし。門のところで別れれば、青柳先生は帰るでしょ。わたしは門に入ったふりだけして……)
そして、サトシの実家の前で、桜井は立ち止まり、佐藤の表札を隠すように門の前に立った。
「では、ここで」
「ああ、立派なお家だなぁ」
「ホホホ、そんなことないのよ」
「では、今日はありがとう。サトシ先生によろしく」
「はい、こちらこそ、ごちそうさまでした。では、さようなら」
桜井は門の所でニコニコしながら青柳先生を見送った。
ときどき、青柳先生が振り返ると、あわてて、にこやかに手を振った。
少し進むと青柳先生は、また振り返って名残惜しそうに手を振る。
桜井はあわてて、門を開けて中に入った。
そろそろ青柳先生は行ったかと思う頃、誰かが桜井の背中をつついた。
「うちに何か御用でしょうか」
「すみませんっ!」
桜井が振り返ってみると、レイコ姉さんが立っていた。
(あちゃー)




