第63話 白金祭① ダンスの本番前
白金祭。
それは、生徒たちが日頃の学習成果や展示、パフォーマンスなど、創造性を発揮する機会だ。
それはまた、高校受験を控える中学生や、他校の生徒、地元の住民に白金学園をPRできる機会でもある。
営業担当のサトシは、学校のホームページに白金祭の写真や動画を載せるために、校内を撮影することになった。
(動画も撮りたいな)
一年A組のダンスの仕上がりを見て、ダンスの動画も撮りたいと思っていたが、サトシ自身が出演することになり、頭を悩ませていた。
そこでサトシは、ダンスが苦手な夏梅に目を付けた。
「夏梅は、ダンスの輪からはずれてくれませんか」
「酷い、先生。わたしをダンスメンバーから外すんですか?」
「そうじゃない。確か夏梅は、文化祭実行委員をやってますよね。先生は、夏梅にしかできない事を頼みたいんです」
「え、わたしにか出来ない事?」
「ダンス・パフォーマンスを、客席側から動画撮影して欲しいんですよ。ただ、手にスマホを持って撮影するんじゃなくて、体育館の中央に脚立を置いて、それに登って撮影して欲しいのです」
「プロカメラマンみたいじゃないですか」
「そうです。観客が立ち上がっても大丈夫なように、上から撮影してください」
「先生、かなり本気ですね」
「本気です。学校のホームページに載せますからね。夏梅にしかできない、重要な役目でしょう?」
「はい、そんな重要な役目を、このわたしがやるんですね」
「そうです。夏梅にしかできません」
「わかりました。やりましょう! 白金女子学園のために!」
どうしても盆踊りになってしまうダンスは、夏梅も自覚していたので、正直に言うと彼女にとってこれは渡りに船だった。
一方、桜井もダンスを成功させるために、舞台照明を担当する演劇部と入念な打ち合わせをしていた。
「ダンスのラスト部分はサプライズなので、他の人には内緒にして欲しいんだけど。実は、最後に大物が登場するから、そこでピンスポを当ててくれないかな」
「うん、いいよ。どっちから登場する?」
「下手から、あ、違う。誰にも気づかれないようにこっそり参加して、突然センターに登場」
「何それ」
「その人がセンターに立った瞬間に、ピンスポ当ててほしいの」
「了解!」
そして、ついに白金祭の日がやってきた。
白金女子学園は、在校生の他に卒業生、他校の生徒で賑わいを見せていた。
サトシは、外の焼きそば屋をスマホで撮影していると、声をかけられた。
「こんにちは、サトシ先生」
振り向くと若狭だった。
「あれ? 若狭くん来てくれたんだ」
「うん、こういう時しか白金女子学園の中に入れないし」
「女子校だからね、男子トイレは職員用しかありませんよ」
「あ、そっか。そうですよね」
若狭は同じK大付属の友達数人と来ていた。
「サトシ先生のクラスは、何をやるんですか?」
「えーーっと、体育館でステージ・パフォーマンスを……」
「美柑も出るんでしょうか」
「そ、そ、そうですね」
「じゃ、観に行きますね。それまで友達と校内を回ってもいいですか?」
「ああ、どうぞ楽しんでください」
サトシは冷や汗をかいた。
そのダンスに、サトシも出るとは言えなかったし、言わなかった。
なにしろ、最終秘密兵器なのだから。
若狭が友達と白金女子学園の敷地を歩くと、周りの女生徒たちはザワザワし始めた。
「きゃー、男子よ、男子」
「マジで、ヤバくね?」
「これは、是非ともお友達にならねば」
そして、若狭はその辺に居た女生徒に尋ねた。
「すみません、職員用男子トイレってどこですか?」
さっきまで、マジだのヤバいだのと言っていた女生徒は、突然乙女になった。
「あ、職員室の向こうにございますが、迷うといけませんから、ご案内します」
「ありがとう」
サトシはその様子をずっと見ていて感心した。
(いつもはガサツな女生徒が、こんなに乙女に変化するのなら、週一で若狭くんにこの学校へ来て欲しいものだ。いや、だめだ。乙女にならない生徒もいる。あいつらには変化がなかった)
あいつらとは、桜井と桃瀬のことだ。
「サーちゃん!」
今度は、友梨奈がレイコ姉さんと一緒に、サトシを見つけて駆け寄って来た。
「友梨奈、学校でサーちゃんはやめなさい」
「だってー、友梨奈はサーちゃんを見つけて、嬉しいんですものー」
レイコ姉さんも、友梨奈をたしなめた。
「友梨奈ちゃん、家じゃないんだから。サトシにベタベタするのはよくないわ。なんだか、周りから殺気を感じるんですけど」
学園で人気ナンバーワンの男性教師に、どこの誰かもわからない女の子がぴったりと寄り添っているのだ。
そんな場面を見たら、桜井でなくても、友梨奈をにらみつけるだろう。
「なによ、この殺気は。嫌ね、女の嫉妬って。おおこわっ!」
「友梨奈ちゃん、あっちに行こう。校舎の中に入ってみましょう」
レイコ姉さんは、サトシから友梨奈を引きはがして、校舎の中へ入って行った。
一年A組の教室では、生徒たちは衣装?に着替えていた。
「衣装っていうのかな。うちらのダンス、制服で踊るんだけど」
「でも、正々堂々とミニスカに出来るんだよ。派手な髪飾りもオッケーだし、超楽しくない?」
「柚木くんだよね。一番衣装らしい衣装は」
その柚木はスラックスを履いて、ネクタイ結びに苦戦していた。
「やっぱ、柚木君ってイケメンだわぁ」
「あんな男子がこの学校にも欲しい!」
すると、教室のドアの向こうから、サトシが叫ぶ声がした。
「おーい、着替えは終わりましたかー。入りますよー」
桜井が教室のドアを開けた。
「先生、着替えも何も、制服なんだから、普通に教室に入っていいのに」
「あ、そうか」
「柚木くんなら、着替え終わっていますけど」
苦戦していた柚木はサトシに助けを求めた。
「先生、ネクタイが上手く結べません。助けて」
「どれ、先生が結んであげましょう」
サトシは、柚木のネクタイを結ぶのを手伝った。
柚木とサトシの顔の距離がかなり近い。
「尊いわー。柚木くんとサトシ先生のツーショット。誰か写真撮っといて」
「うちのクラス。いい男が揃っていたんだね」
桜井はその様子を見て、柚木に近づいた。
「柚木くん、そのネクタイ、どこから借りたの?」
「先生からよ」
「先生って、どこの先生?」
「サトシ先生だけど……、美柑、顔が恐い」
「サトシ先生、もっときつくネクタイを締めてください」
「え、これで十分だと思いますが」
「いいえ、もっときつく! なんなら、わたしが締めましょうか?」
桜井は、柚木のネクタイを思いっきり締めにかかった。
「おい、桜井」
「美柑、く、苦しい」
「ええ、首を絞めてやってんのよ。ほら、どう? サトシ先生のネクタイで絞められて嬉しいでしょう?」
「や、め、て……」
「桜井、よせ! 柚木が死んでしまう!」
桜井はハッとして手を止めた。
「嫌だ、わたしったら何を……、うわーーーーん」
桜井は両手で顔を覆って、号泣し始めた。
「おいおい、桜井。落ち着きなさい」
柚木は、ゼイゼイしながら桜井を許した。
「ゼイゼイ……いいのよ、美柑。気にしないで」
一ノ瀬は、桜井の行動を見て不安になった。
「やだ、美柑、大丈夫かなぁ」
サトシも桜井を見て心配になってきた。
「きっと、本番を前に極度の緊張で、精神状態が不安定になったんでしょう」
「え? いつもの美柑じゃん。これ、普通だよ」
桃瀬がケロッとした顔で言った。
(とにかく、桜井を安心させないとクラス全体が不安に陥る。しょうがない、囁くか)
「ダンスのラストポーズ、楽しみにしてろよ、桜井」
桜井は泣き止んで真っ赤になり、小声で答えた。
「わかっています。先生こそ、失敗しないでよ」
「するわけないだろ」
他の生徒に悟られないように、サトシと桜井はすぐ離れた。
そして、サトシはクラス全体に声をかけた。
「はーい、そろそろ舞台袖まで移動しますよー」
「先生、夏梅さんがいません」
「夏梅には、動画撮影を頼んでいます。もう体育館でスタンバイしている頃です。はーい、いいですかぁ。移動しまーす」
一年A組の生徒は教室から体育館へと移動を始めた。
事もあろうか、移動の途中で中廊下を歩く教頭と鉢合わせになった。
「まあ! あなたたち、スカート丈が短いですよ。校則違反です!」
「これ、衣装でーす」
と、言って生徒たちは通り過ぎていく。
「何ですって! 桃瀬さん、あなたのそのリボン、派手です! 柄物は禁止ですよ」
「これ、衣装でーす」
桃瀬も、同じことを言って通り過ぎていく。
校則違反の生徒たちが、ぞろぞろと列をなして移動していく様子を見て、教頭は卒倒寸前だ。
「サトシ先生、あなたのクラスですよね。これは、どういうことですか!!」
「すみませーん、教頭。これ、衣装なんです」
教頭は力なくその場に崩れた。
「どういうこと? ああ、わが校伝統の規律が……、集団で校則違反するなんて、わたしの理想の女生徒像が崩れていく」
すると桜井が、並んだ列から引き返して、教頭の所で立ち止まった。
「教頭先生、これ、衣装ですから」
トドメを刺して桜井は微笑んだ。
教頭は、その意味すら理解できずにただ茫然としていた。
「早く行きなさい、桜井」
「はーい」
桜井は踵を返すと、皆の後を追いかけて行った。
(わざわざ戻って来てトドメを刺すな。ま、俺も加担したが)




