第57話 サトシ先生とデュエット
サトシは失敗した。
(ご飯が固い)
桜井をスーパーで見つけて送り届けてから、自分もご飯を作ってみようと慣れないことした。
結果、ご飯が固い。
(我慢して食べるか)
しかし、炊飯器で炊きあがったご飯は、一人で食べるには量が多すぎる。
かといって、食べきれない分を保存したとしても、堅いものは固い。
(捨てるわけにもいかない。困ったなぁ)
ピンポーン!
そこへ誰かが訪ねてきた。
(ちっ! こんな飯時に誰だよ。レイコ姉さんだったら、このご飯を持って帰ってもらおう)
サトシが玄関のドアを開けると、桜井が立っていた。
「桜井。どうした。何か忘れ物でもしたのか」
桜井が差し出した小さな紙袋には、保存容器が二つ入っていた。
「さっき、持ってもらった荷物の中にカレイが入っていたんです。カレイの煮つけときんぴらごぼう、作り過ぎたのでよかったらどうぞ」
「!……、そうだ、桜井いいところに来た! ちょっと来い」
サトシは桜井の腕を取って、玄関の中に入れた。
「いいえ、先生。わたし、ここで失礼しますから」
「何言っているんだ。困っているんだから、助けてくれ」
「先生、また何か困っているんですか? そんなこと言われても、わたしはもう先生なんか……助けます。何ですか?」
桜井は一旦躊躇したものの、助けての一言を聞くと速攻で靴を脱いだ。
「たまにはご飯を炊こうなんて、慣れない事やってみたら失敗した。固いんだ、これが」
桜井は、炊飯器の中のご飯をしゃもじで二三回かき混ぜてから、一粒つまんで口に運び固さを確かめた。
「うん。これ、復活します。先生の家に日本酒はありますか。なかったら、水でもいいですけど」
「日本酒、ある。あるぞ。確か、引っ越し祝いにもらって一度しか飲んでない純米大吟醸酒が」
「純米大吟醸酒? そんないいお酒もったいないけど、ちょっと振りかけるだけだから」
サトシから日本酒を受け取ると、桜井は目分量で適当に小皿に注いでから、軽くご飯にふりかけた。
そして、もう一度しゃもじでかき混ぜると蓋をした。
「これで蒸しあげればやわらかくなります」
桜井は炊飯器のスイッチを押した。
「おい、また一時間近くかかるんじゃないか。俺はお腹空いているのに、また我慢しろというのか」
「炊飯じゃないです。保温スイッチを押したら、たったの十五分。他の事をしていたら、あっという間でしょう。それくらい我慢してください」
「そうか、そうだな」
「これでわたしは用済みですね。帰ります」
「おい、それは今日の俺に対する当てつけか? 用済みじゃないぞ。一緒にご飯を食べるんだ。本当にご飯がやわらくなるのかどうか、ちゃんと最後まで確認すべきでしょう」
「はい、わかりました」
桜井は持ってきたカレイの煮つけを皿に盛りつけようと、そのまま台所で動き始めた。
すると、フライパンの上に冷え切ったモヤシ炒めがそのままになっているのを見つけた。
「先生、これ、何ですか?」
「何って、モヤシ炒めだよ。見ての通り。これから味付けしようと思って、そのままになっていた」
桜井は遠慮なく冷蔵庫の扉を開けて中を見た。
「先生、本当に自炊してないんですねぇ。ハム、ベーコン、ソーセージくらい常備しておきましょうよ」
「そ、そうか?」
「あ、ベーコンのブロックを見つけた」
「あ、それね。薄く切るのが面倒くさくてまだ開けてない」
「それなら、厚切りにしましょう。大胆にカットしていいんじゃないですか?」
「味付けは塩コショウでいいのか?」
「ベーコンの塩味でいいで十分すよ。もうモヤシはクタクタになっているから、味がしみるでしょ」
「油は足すのか?」
「いりません。ベーコンから出る油でじゅうぶんです」
桜井は手際よくベーコンを切ると、フライパンの中に入れて軽く炒めた。
「すごいな、桜井。俺に何かできることはないか」
「そうですねぇ、先生は食器を出してください」
サトシは言われたままに食器を出して並べた。
考えてみたら、この家で二人分の食器を並べるのは初めてだった。
茶碗も皿も、同じような柄が揃わない。
ちぐはぐな食器が並べられた。
「改めて見ると、こんな食器しかないんだな。統一性が無い」
「いいじゃないですか。わたしの分は要らないから」
「そうはいかない。ここまでやってもらって、何も食べさずに帰すわけにいかないでしょう」
「あ、そういえば、もうそろそろ十五分経ったんじゃないですか。ご飯を確認しなきゃ」
桜井は炊飯器の蓋を開けて、もう一度軽く混ぜてから、しゃもじに着いたご飯を一粒食べてみた。
「うん。先生も、はい。どう?」
サトシにもご飯粒をしゃもじから取ってもらった。
炊き直したご飯の具合を、サトシはゆっくりと確認した。
「うん! いい! ホカホカの美味しいご飯に生まれ変わっている」
「よかったです。じゃ、わたしはこれで……」
「だから、さっきから何言ってるんだ。一緒に食べよう。桜井はもう夕飯は済んだのか?」
そのとき、桜井のお腹が鳴った。
「へへへ、というわけです。じゃ、ご飯をよそっちゃおうかな」
サトシは笑いながら食卓に桜井を座らせた。
料理はどれも美味しくて大満足な内容だった。
「あ、そうだ。さっき使った日本酒。これさ、秋田の有名なお酒だそうだ。飲もうかな。いや、ダメだ。未成年の目の前で飲酒など……」
「先生、わたしだったら気にしないでいいよ。飲んじゃえば?」
桜井は、棚から小さなグラスを持ってきて、サトシの手に持たせると、日本酒を注いだ。
「今日は運転ご苦労様でした」
「慣れた手つきだな」
「子供のころから、お店の手伝いしてたから」
サトシは日本酒を冷でくいっとやった。
「くーーーーーーっ、浸みるなぁ。カレイの煮つけと実によく合う」
「わたしは水でいいです。水でも、サトシ先生と一緒なら美味しいですし」
「嬉しいことを言うね、桜井」
「嬉しいですか? じゃ、もっと言っちゃお。先生の運転している横顔、素敵でした」
「それは、一回目の運転のとき聞いた。実家から桃瀬たちを送ったときだ」
「ハハハハハ、そうでしたね。思い出すと恥ずかしい。あれ? そういえば、先生。お詫びに歌を歌ってくれるという約束は?」
「ああ、そのうちにね」
「あ、逃げた。ダメですよ、今、歌ってください」
「わかった、わかった。食事がすんでからな」
夕食は和やかに進んで、空いている皿から桜井は流し台の横に下げ始めた。
「先生、きんぴらごぼうはお酒のつまみに置いておきますね」
「日本酒にきんぴらごぼう。だが、歌は英語にするぞ。アカペラじゃ恥ずかしいからスマホミュージックから……と、桜井、何かリクエストあるか?」
「ロックがいいです。〇ンキン・パークのブレイキング・ザ・なんとかという曲」
「桜井、それハードル高すぎる。もうちょっと教科書で扱うような簡単な曲にしろ。たとえば、これとか」
サトシは有名な曲をタップした。
イントロなしでいきなり始まる曲だ。
「ヘイ、ジュ―……」
桜井は、サトシの歌声をうっとりしながら聞いていた。
「やっぱ、先生ってイケボ」
曲のラストの盛り上がりは、サトシと桜井二人で歌い上げた。
「さ、喜んでいただけましたかね」
桜井は茶碗を洗いながら、振り向いて言った。
「やっぱり、〇ンキンパークが聞きたーい。あれ、ノリがいいだもん。皿洗いがさっさと終われそうだし」
「そう言うのなら、皿洗い応援歌として歌いましょう」
アップテンポのブレイキング・ザ・なんとかが流れると、サトシは歌ってみた。
「キャー、ヤバい!! サトシ先生マジかっこいい!」
そう言いながら、桜井はノリノリで踊りながらサトシのグラスに日本酒を注いだ。
サビの部分は、また二人でハモって盛り上がった。
「フー! サンキュー、サンキュー!」
「今度は、わたしがメロディを、先生はラップのパートを歌ってよ」
「よっしゃ、ラップもまかせろ」
二人でメロディとラップに分かれて、〇キンパークの有名な曲を歌った。
調子が上がって来たサトシは、のどを潤すと次の曲を選択した。
〇―ルドプレイのイエローという曲だ。
イントロが流れたとたん、桜井は歓喜の声を上げた。
「うおーーーー! こう来たか! この曲、先生、わたし大好きです! 先生も好きですか?」
桜井はこの曲が好きかという意味で聞いたのに、酔っぱらってきたサトシは違う意味に
とった。
「ああ、桜井が好きだ」
「いやー!」
「嫌か」
「違う―。美柑って呼び捨てにしてくださーい。マジで死んでもいい」
サトシがイエローを歌っている間、桜井も軽く口ずさみ体でリズムを取っていた。
時々、水で咽を潤しながら、サトシの声に聞き惚れている。
「どうだ、ご満足したか? 桜井さぁ、先生の歌でそんなに夢中になれるんだったら、英語の授業の音読だって寝ないで聞けるだろ」
サトシが桜井を見ると、テーブルにうつぶせになって寝ていた。
「ってか、寝てんのかよっ! 俺の歌でも寝れるとは、強者だな」
サトシはあきれながら、グラスに残っていた日本酒を飲みほした。
「あれ、何だこれ水だ。ん? もしかしてグラスを間違えた? えっ、桜井、おまっ、こっちのグラスを飲んだのか! グラス間違えて日本酒飲んでるーーーー! 起きろ、おい、桜井、起きろー!」
桜井を揺すって起こそうとしたが、寝息を立てながら気持ちよさそうに寝ていて、全く起きる気配がない。
サトシは、酔いつぶれた桜井を抱き上げて、ヨロヨロと寝室まで運んで、ベッドに寝かせた。
(マズい。この状況はかなり危ない。このまま桜井を寝かせて、横で俺が酔俺いつぶれるわけにはいかない。理性だ、理性。ああ、マズったなぁ。未成年に飲酒させてしまった)
桜井を寝かせたそのすぐ隣、サトシはそのまま前のめりに倒れ込み意識が飛んだ。




