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サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない  作者: 白神ブナ
第二章 一年二学期

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第55話 レイコ姉さんのエアービンタ


 青い車は渋滞に巻き込まれていた。

普段なら片道四十分位で着く距離なのだが、工藤の家を出てから一時間経っていた。


「混んでいるな」


「先生、お腹空きません? どこかで食事して帰りましょうよ」


「なんか、同じような事を以前も聞いたような気がする。ああ、桜井たちが俺の後を付けて実家まで追いかけて来た時だ。あのときも、桜井は同じこと言っていたな」


「そうでしたっけ。先生ったら、すごい記憶力ですね」


「お陰様で、まだボケてはいないんで」


「ってか、マジでお腹すいた」


「参ったなぁ。先に桜井をアパートまで送ってから、この車を実家に返す予定なんだよ。遅くなるとレイコ姉さんがうるさいからな。しょうがない。先に実家に寄ってもいいかな」


「先生のご実家? きゃーん、一学期のときに行った以来ですね」


「何をワクワクしているんだ。桜井を実家につれて行くわけないだろ。車だけ返すんだよ」


「じゃあ、わたしは?」


「悪いが、今から近くの駅で降りてくれないか」


「ええええーーー! 信じられない! 可愛い教え子を途中で降ろして、先生は実家でおいしいご飯でも食べるっていうんですか! 人でなし―」


「ギャーギャーわめくな。車でアパートを目指すより電車の方が早いからだ。桜井だって早く帰れた方がいいだろ」


楽しいドライブ気分から一転、駅で降りろと言われるなんて桜井は思ってもみなかった。

桜井の心はずーーーんと沈んだ。


(ありえないドライブだわ。でも先生の車じゃないから、わがまま言えない)


「わかりました。この車、お姉さまに返さなきゃいけないんですよね。近くの駅に着いたら、わたし降ります」


「悪いな、桜井」


「いいです。そのかわり今度は先生が英語で歌っているの、聞かせてくださいね」


「ああ、そんなもんでよければ」




 近くの駅に着いたところで、桜井は助手席から降りた。


「じゃ、アキラくんによろしく。お母さまにも」


「はい、伝えます」


「桜井、ありがとう。今日はとても助かったよ」


「はい、わたしも楽しかったです。じゃあね、先生」


桜井は笑いながら手を振っているが、どこか寂しげだ。

サトシは申し訳ないと思いながらも、桜井を駅で降ろして車を実家へと走らせた。





 サトシの実家のガレージに車を返すと、レイコ姉さんが部屋から飛び出してきた。


「何よ、サトシ。ずいぶん早いわね。もう戻って来たの?」


「ああ、渋滞に巻きこまれて遅くなりそうだったから、先に車だけ返却しに来た」


「じゃあ、桜井さんは? その辺に待たせているの?」


「遅くなると悪いと思って、O駅で降ろして帰した」


「ええっ! 帰したぁ? 途中で帰したの? サトシ……あんた、馬鹿ぁ?!!」


「なんだよ、ちゃんと時間前に車を返したろ」


「車なんか遅くなってもいいのよ! 女の子を途中で降ろすなんて、サトシって本当に何もわかってないのね」


「わかってるよ。桜井には悪いことしたと思っているよ」


「いいえ、なーんにもわかってない。わかっているなら、早く桜井さんに謝りに行きなさいよ」


「ちゃんと謝ったよ。車から降ろすときに」


「自分が困っている時だけ、桜井さんを利用して。用が済めば途中でポイなんて、最低な男がすることよ。バチン!」


「バチン?」


「今の音は、わたしからのエアービンタよ。エアービンタ一回じゃ足りないくらいよ。ほんと、連打したいわ。ビタビタビタビタ」


「ひぇっ、こっわ! わかったよ、レイコ姉さん。急いで桜井に謝りに行きます!」


挿絵(By みてみん)


サトシは姉に怒鳴られて、急いで実家を出ると、駅まで走り出した。



 この騒ぎに、何事かと玄関まで降りて来た男がいた。

それは、サトシを勘当した父だった。


「何の騒ぎだね、レイコ。そんなに大きな声で怒鳴って」


「あ、お父様、今、野良猫が迷い込んだので追い出しましたの」


「ほう、そうか。レイコに怒鳴られた野良猫は、さぞ恐かったろうな。かわいそうに」


「お父様、……」





 実家に父がいて、レイコ姉さんとの会話を聞かれたとは知らないサトシは、電車に乗って移動していた。

桜井のアパートがある駅まで二駅。

O駅に着き改札を出ると、桜井のアパートの方向へと走った。


(待てよ、桜井はまっすぐアパートに戻るだろうか。もしかしたら、どこかに寄るかもしれない。だが、とりあえず、アパートまで走れば桜井には会えるはずだ)


サトシは、商店街のアーケードを途中まで走ったが、やっぱりやめた。

年のせいで息切れした……のではない。(念の為)

桜井が寄る可能性がある場所を、思いついたのだ。


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