表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない  作者: 白神ブナ
第二章 一年二学期

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/273

第54話 サトシ先生の元カノ

 桜井のアパート前に、青い車が止まった。

約束の11時に、桜井はサングラスにマスクをして、アパート前で待っていた。


「サトシ先生、おはようございます」


「ああ、おはよう……って、誰かと思ったよ、桜井。なんだ、その格好は。花粉症か」


「えへっ、先生の車に乗るところを誰かにみられるとヤバいかなと思って、変装してみちゃった」


「かえって、目立つからよしなさい」


「はーい」


桜井はムッとしながら助手席に座り、サングラスとメガネを外した。


「アキラくんは大丈夫なのか」


「友達の家に遊びに行ってます。友達の家でちょうどお誕生会があるんですって」


「お母様には、ちゃんと言ったのか」


「はい、サトシ先生と一緒に工藤先生の家に行くって言いました」


「で、お母さまは何と」


「失礼のないようにしなさいよ。でも楽しんでらっしゃいって」


「そうか、正直でよろしい」




 青い車は東京都と神奈川県の境目を目指して走っていた。


「先生、この青い車って、お姉さまのでしょ。わざわざ実家まで取りに行ったんですか?」


「ああ、そうだが」


「お姉さまって、いい人ですね」


「そう……かな」


「お姉さまは、ご結婚なさらないんですか?」


「さあ、気配はないけど」


「お姉さまがご結婚されたら、サトシ先生はショックで寝込むかもしれないですね」


「俺はシスコンではない」


「あれ? そうかなぁ」


ふと会話が途切れた。


(桜井から見ると、俺はシスコンなのか)




 サトシは話題を変えた。


「そういえば、昨日、実は塾へ営業に行って、若狭くんと会ったんだよ」


「げっ、何それ」


「桜井は、どうして若狭くんのことをそこまで嫌うんだ」


「だって。あいつ、根っからの演歌人間なんだもの」


「ん? ちょっと意味わからない」


「中学の時、わたし軽音楽部にいたんだけどぉー、ロックがめっちゃ好きなんです。若狭くんって、見た目カッコイイから、他の女の子からも人気があってね。わたしも最初は見た目でいいかなと思ったんですよ。だけど、みんなとカラオケ行ったときに、若狭くんが歌うのは演歌一択だっだんです」


「別にいいじゃないか。演歌でも」


「歌詞についてこの部分が渋いとか、この情念がぁーとか、熱く語っちゃってさ。わたしはドン引きよ。わたし小さい頃から、母のスナックでお客が演歌を歌う中で育ったから、トラウマなの。演歌が大っ嫌いなんです」


「そんな理由で、嫌われる若狭くんはかわいそうだ」


「そんな理由? 大問題です。音楽の方向性がちがう人とは、付き合えません」


「桜井はバンドマンかよ」


若狭は自分が嫌われている理由がわからないと言っていたが、こんな理由だと知ったらショックかもしれない。


「先生は?」


「何が」


「サトシ先生はどんな音楽を聴くんですか?」


「そりゃ、洋楽だよ。古くはビートルズからヒップホップまで幅広いな」


「うわぁ! じゃ、歌えます?」


「まあ、一応、英語科専攻なんで」


「歌ってーーー!」


「運転中は歌いません」


「じゃ、ダンスしたりします?」


「学生の頃に、ちょっとかじった程度だけど」


「くーーーーっ! サトシ先生、今度、是非ダンスを見せてください」


「百万年待っても、それは無いです」


「じゃあ、二百万年待ちます!」


「おいおい、生きていないだろ」


「転生してでも待ちます!」


「それは、恐ろしいな」





 工藤の自宅は、東京都と神奈川の県境にある戸建て住宅だった。


「おう、サトシ! やっと来てくれたな」


「遅くなって悪かった」


「あれ? 桜井か?」


サトシの後ろから桜井は顔を出し、笑顔で挨拶した。


「工藤先生。お子さんの誕生、おめでとうございます」


「ああ、ありがとう。サトシ、まさか桜井と付き合っているのか」


「違うよ。ベビー用品を選んでもらっただけだ。俺じゃわからなかったから」


向こうの部屋の方から、工藤の奥さんが出て来た。


「あなた、こんなところで立ち話してないで、お客様を中に入れて。あ、サトシ、久しぶり。さ、上がって、上がって」


「ああ、どうも」


工藤の家に入ると、広いリビングに通された。

リビングのソファーには生後二か月の赤ちゃんが寝かされていた。


「ちょうど今、寝たところなのよ」


「はじめまして、わたし、桜井美柑です。サトシ先生のクラスの生徒です」


「はじめまして、工藤の妻の加奈子です。そして、これが愛娘のユリです」


「うわーーーー、可愛い! 天使のような笑顔ですね。まつげが長―い」


「うふふ、ありがとう」


元カノと桜井の様子を見て、サトシはやっぱり桜井を連れて来てよかったと思った。

サトシだったら、元カノと会話にならないし、赤ちゃんの誉め言葉なんか思いつかない。

一応、サトシも赤ちゃんの寝顔を覗き込んでみた。


「寝ているね。どっちに似ているんだろ」


「そうねぇ、サトシはどっちだと思う?」


「え、えっと、この長い指なんか俺……」


「サトシ先生!」


思わず桜井はそこにあったクッションでサトシの口をふさいだ。


「す、すまない。加奈子……むぐっ……」


再びサトシの口はクッションで塞がれた。


「先生、ダメじゃないですか。言っていい冗談と悪い冗談があります。それに、奥さんを下の名前で呼ぶなんて失礼だわ」


「く、苦しい……、わ、かった。息が出来な……い」


工藤の奥さんは笑いながら、桜井を止めた。


「桜井さん? いいのよ。別に気にしてないわ」


「俺は気にしてるよ」


そう言った工藤は、かなりご立腹の様子だ。


「やだー、工藤先生。そんなこわい顔していたら、ユリちゃんが泣いちゃいますよ」


そんな大人のざわざわした声で、桜井の言った通りに赤ちゃんは泣き出した。


ホギャ、ホギャ、ホギャーーーー!!!!


「ほーら、言ったこっちゃない。奥さん、赤ちゃん抱っこしていいですか?」


「ええ、でも抱っこしたことあるの? 桜井さん、大丈夫?」


桜井は慣れた手つきで、赤ちゃんの首を支えながら胸まで抱き上げた。


「おー、いい子いい子ねー。泣かないでねー。どうちまちたかー。大人がうるさいんでちゅよねー。よしよし」


赤ちゃんはピタリと泣き止んで、桜井の顔をじっと見ている。


「すごいな桜井」


「だろ、工藤。桜井は弟が赤ちゃんの時からずっと育てているんだぞ」


「桜井さんって、まるで助産婦さんみたい」


驚く大人たちなど気にも留めずに、桜井は赤ちゃんを上手にあやしていた。


「工藤先生の奥さん、母乳で育てています? 胸が張ってきたら言ってくださいね。遠慮しないで授乳する部屋へ行っていいですよ。ここのお茶出しなんか、わたしやりますから」


「ええ、ありがとう桜井さん。ちょうど胸が張って来たところだったの」


「でしょう。赤ちゃんのお腹が空いて泣くとおっぱいが張るるんだって、お母さんがそう言ってた。そうじゃないかと思ったんです」



 工藤の奥さんと桜井は、リビングと襖一枚隔てた和室へと入って行った。

授乳は工藤先生にとっては日常的なシーンでも、サトシには刺激が強すぎる。

元カノのおっぱいを見るなんで、許されない。

工藤とサトシは、居心地の悪い空気の中、とりとめない学校の話をし始めた。


「教頭の、生徒指導に対する熱の入れようが凄くてさ」


「まあ、あれは今に始まったことじゃないから。適当に受け流すしか……」


すると、襖の向こうから女同士の会話が聞こえてきて、工藤は言葉に詰まった。



「うわーーーー、奥さん! おっぱいおっきい!」


「妊娠すると皆大きくなるのよ」


「ほえーーーー! 乳首グローい。わたしのお母さん、こんなにグロくなかったよー」


「だって、形も色も人それぞれだしー」



サトシは聞いてはいけない内容のような気がして、思わず咳払いをしてごまかした。

工藤も、天井を見ながら、次の会話を探していた。



「元気によく吸いついているねー。きゃわいん! 痛くない?」


「慣れれば平気よ」


「そっかー。母乳はあげた経験ないもの、わたし。母は強しだね。本当にきゃわきゃわ!」


「桜井さんも産みたくなった?」


「えー? でも出産は痛そうだから嫌だわ。それに、子供の世話なんか弟だけで、もうたくさん」


「そんなに子育てって、大変なの?」


「でも、自分がお腹を痛めて産んだ子なら、喜びの方が勝つかもね」


「そうよ。桜井さんも早く産んじゃえばいいのに」


「やだー! わたし、まだ高校生ですー。まだ妊娠もしちゃいけないんですよ」


「あら、そうだったわね。でも安心していいわよ。サトシは絶対に手を出さないから。サトシと付き合っているんでしょ」


「え?」


「わかるわよ。サトシってそういう人なの。たぶん、手の出し方を知らないんだと思うわ」


「それで、奥さんはサトシ先生と別れて工藤先生と結婚したんですか?」



リビングでは、工藤とサトシの間に非常に気まずい空気が流れていた。



「違うわ。主人を愛しているからよ。サトシは関係ない」


「うん、そっか。そうですよね。工藤先生は幸せ者ですね」



リビングにいる工藤は、顔を真っ赤にしていた。

サトシは、関係ないと言われたことで、過去のトラウマがスーッと消えた気がした。


(工藤先生の家に桜井を連れて来て、やっぱり正解だった)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ