第50話 体育祭② 借り物競争
「次の競技は、借り物競争でーす。借り物競争では、先生方も参加します。みなさん、先生方を応援しましょう」
借り物競争の始まりを告げるアナウンスが校庭に響き渡った。
「ねえ、美柑。借り物競争だって。サトシ先生が出るんじゃない?」
水飲み場で休憩していた桃瀬は、桜井を誘った。
「うーーん。借り物競争は見たいけど、夏梅には会いたくないなぁ。でも、サトシ先生は応援したいし……」
「行こうよ! 1Aの場所から離れて見ていればいいじゃん」
「うん、行こうか」
桃瀬に説得されて、桜井はクラスと離れた場所から、サトシを応援することにした。
借り物競争に先生たちが参加することで、会場は盛り上がりを見せていた。
(日頃の運動不足で、ケガをしないように気を付けないとな。準備運動は入念にしておこう)
サトシの順番は、最後のレースだった。
待ち時間があるからその間に、屈伸運動をして備えていた。
「サトシ先生! 頑張ってくださーい。もうすぐ逆転優勝ですよーー」
1Aの場所から夏梅が応援団になって、声援を送っていた。
(夏梅、そういうプレッシャーはよせ。ってか、応援のダンスをしているのか? 盆踊りかと思った)
そして、借り物競争は始まった。
先にスタートした先生たちは、メモに書かれた借り物を探して生徒の間に入っていく。
そのたびに、生徒たちはキャーキャー言いながら喜んでいた。
借り物は、帽子とかメガネとか水筒とか……。
先生のためにと自ら提供を申し出る生徒もいたりして、その先生の人気のほどがよくわかる。
さあ、いよいよサトシが走る順番が回って来た。
サトシは深呼吸してから、スタートラインに立った。
大山先生のピストルの音を合図に、スタートダッシュをかけた。
「キャー! サトシ先生―! がんばってー」
サトシは三十歳になったとはいえ、白金女子学園ではまだ若手の方だ。
メモが置いてある地点に一番早く着いたのは、サトシだった。
すぐに折りたたまれたメモに書かれている内容を確認した。
“好きな人”
サトシは二度見した。
(ん? 好きな人? 物じゃなくて人かよ)
サトシは困った。
辺りを見回すと、生徒たちが黄色い歓声を上げている。
「サトシ先生、協力しますよー!」
「早く来てー!」
その中の誰と手を繋げばいいのか、迷った。
誰であっても違う。
かといって、校長先生を走らせたら、怪我させてしまうかもしれない。
「サトシ先生! ガンバー! 何が必要か言ってー!」
「先生、わたしも協力しまーす! 何が要るんですかぁー?」
いつまでも走り出さないサトシを見て、生徒たちは心配になってきた。
「どうして走らないのよ。サトシ先生」
(もう! 桜井しかいないだろが! くっそ、どこにいるんだ桜井。1Aの応援場所にいないでどこに……)
そんなこととは知らない桜井は、三年生クラスのはじっこで声援を送っていた。
「サトシ先生! 早くー、早くしないと順位が落ちちゃうよーー!」
(見つけた!)
サトシは桜井のところまで一目散に駆け出した。
桜井は、自分に向かって走って来るサトシに驚きのあまり、息をのんだ。
「ひぃっ!」
「早く来い! 桜井!」
「な、なんでですかぁ~」
サトシは迷わず桜井の手を取り、コースの中に引っ張り込んだ。
見ていた生徒たちは唖然とした。
「何? サトシ先生の借り物って何?」
「サトシ先生、生徒と一緒に走ってる」
「嫌ぁ―! サトシ先生が一年生と手を繋いでる!」
「あの子、どこかで見たことあるわ」
「校門でT大付属の男子を待たせていた子に似ていない?」
サトシに手を引かれて、桜井は何が何だか……。
とにかく、ゴールまで一緒に走らなければならないのだけはわかった。
サトシからすると、ここまで受け持ちの生徒たちが頑張って順位を上げて来たのだ。
担任のサトシがここで順位を落とすのだけは避けたい。
出来るだけ早くゴールするには、さっさと好きな人を見つけなければならなかったのだ。
しかし、最初のタイムロスが痛かった。
メモを見て悩んでいた時間、桜井を探していた時間が仇となり、サトシと桜井は最下位でゴールした。
ゴールしたあと、すぐにメモに書いてある内容と、借り物が一致しているか審査される。
審査役の先生は古松川先生だった。
「サトシ先生、借り物のメモを見せてください」
サトシは肩で息をしながら、ポケットからメモを出して古松川先生に渡した。
メモを見た古松川先生。
「……なるほど。はい、お疲れ様でしたぁ。これ、大山先生が準備していた今年のお楽しみってやつですね」
「はぁ?」
「大山先生の洒落ですよ、これは。準備していたのはまだ工藤先生が育休取る前だったから、おそらく工藤先生かサトシ先生、どちらかが引いたらおもしろいとでも思ったんでしょうね」
古松川先生はプっと吹き出しながら、「はい、最下位ですね」と言ってスコア表に書き込んだ。
「そんな……、もし大山先生の期待通り、工藤先生とわたしが走ったら、余計に大騒ぎじゃないですか」
「生徒たちは喜んで、さぞ大盛り上がりだったでしょうね」
そんな教師同士のやりとりを聞いていた桜井。
何を大人同士でもめているんだとばかりに、先生方の間に割って入った。
「さっきから、なんなんですか? サトシ先生、借り物のメモには何て書いてあったんですか?」
桜井は訳も分からず全速力で走らされたのに、ちっとも労いの言葉もない状況に納得できないでいた。
サトシは慌てて説明した。
「こ、これは事故なんです」
「はぁ? 事故で全速力? さっぱり意味がわかんない」
「とにかく、事故なんです」
「古松川先生! サトシ先生が引いた紙を見せてください」
桜井は小松先生の持っているバインダーからメモを取ろうとした。
「あーーー、よせ桜井! 何する、やめろ!」
古松川先生が拒むより早く、サトシはバインダーからメモを引き抜き、クシャクシャに丸めてポケットの中へ押し込んだ。
「「サトシ先生!!」」
サトシの素早い行動に、古松川先生も桜井も目を見張った。
するとそこへ、藤原先生がやって来て、いきなり桜井の手を引っ張った。
「サトシ先生、この生徒でいいんですね」
サトシは慌てた。
借り物競争のメモを見ようとしただけで、生活指導とは厳しすぎる。
「な、何がでしょう。桜井は特に生活指導されるようなことはしていませんが」
サトシは藤原先生に挑むような目で、桜井を守ろうとした。
「何を言っているんですか。クラス対抗400mリレーの第三走者の代わりですよ!」
「代わり?」
「さっき、お願いしたでしょう。1Aの第三走者が捻挫して走れなくなったから、代わりの生徒を探してくださいって。この子でいいんですね。もう、時間が無いから連れて行きますよ」
「そうでしたっけ? 藤原先生、ちょっ、待ってください」
「待てません。桜井さんでしたっけ。早く位置につきなさい」
「えーー、聞いてないよー! 先生、助けてー!」
「桜井!」
桜井は学年主任の藤原先生に引っ張られて、400mリレーの選手の待機場所へと連れていかれた。




