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サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない  作者: 白神ブナ
第一章 一年一学期

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第34話 教え子には本当に手を出さない?

 貧血で倒れそうになった桜井を、サトシは両腕で受け止めた。


「大丈夫か、桜井」


「サトシ先生……」


桜井はサトシにしがみついたまま、その胸に顔をうずめた。

サトシは桜井の行動に戸惑い、そっと体を離して教師としての職務に忠実であろうとした。


(これは事故だ。桜井に勘違いさせてはいけない)


「具合が悪いのに、学校へ来るなんて。何度も言いますけど、補習の必要がないのだから無理して会いにくる必要はありません」


「ごめんなさい、先生。でも、今ね。一瞬だけでも抱きしめられて、ちょっと嬉しかった」


「今日はこれで、二回目です」


「二回目?」


「一回目は、桜井を抱きかかえて保健室まで運びました」


「すみません。わたし重かったですよね」


「まあ、具合が悪いとは知らずに、補習を受けさせた先生も悪いのです。夏休みなんだし、先生に会いに来なくていいですから」


「先生、会いに来なくていい……って」


「わざわざ無理しなくてもいいという意味です」


「そう……ですか、わかりました。ご迷惑をおかけしました。ベッドまで借りてすみませんでした」


「それは、桜井のせいじゃありません。レイコ姉さんがしたことだし……」


あくまでも生徒と距離を置こうとするサトシの冷たい態度に、桜井は傷ついた。


「もう、いいです。わたし、先生がそんなに迷惑していたなんて考えもしなかった。ひまわりの花束もお弁当も、本当は迷惑だったんですね」


「いや、それは」


「もう、余計なお世話はしません。どうぞこの家で、友梨奈さんと一緒に、幸せに暮らしてください!」


「友梨奈? それ今、関係ないのでは? どうしてそうなるんですか」


「だって、友梨奈さんはサトシ先生のことをサーちゃんって呼んでいるし、きっと先生の許嫁なんでしょ」


「友梨奈は従妹ですが……」


「でも、従妹でも結婚出来るって、聞いたことがあります」


「どうしてそういう話になるのか、先生には理解できませんね。だいたい、先生にとって女子高生は恋愛対象にはなりませんよ」


「あら、なーんだぁ、よかったー。安心……」


桜井は、サトシと友梨奈は結婚しないという意味だと受け取って喜んだが、よく考えるとそれは桜井も同じ立場だと気が付いた。


「え、……違う、違うわ。全然よくないじゃん」


「桜井、君はもう少し現実を見たほうがいい。君は先生に対して幻想を抱いているにすぎないのだから」


「幻想?」


「桜井の周りには、俺よりも優しい男やかっこいい男がたくさんいるはずです。30歳にもなって夢も希望も無い男のことなんか、そのうちどうでもよくなりますよ」


「先生は自分の事をそう思っているんですか?」


「一度、公立高校で教師するのが嫌になって逃げだしました。だから、白金女子に来る前は単なる無職のおじさんだったんですよ。こんなどうしようもない男のところに来る女なんて、いるわけがありません」


「います! ここに」


桜井は思わず手を挙げた。


「だめだめ。もしも先生と生徒が付き合ったら、先生はクビになるって知ってますか?」


「そしたら、わたしが一生懸命働いて、先生を食べさせてあげます」


「そんなに世の中は、甘くないですよ。先生と付き合っても、いいことは何ひとつありません」


「そんなことはありません。わたしは先生とお付き合いできたら幸せです」


「では、先生から質問します。桜井は先生と付き合ってどうなりたいのですか?」


「どうって……、デートしたり手を繋いだり、甘々モードでキスしたり……キャッ、恥ずかしい! こんなことを言わせるなんて、先生のいじわる!」


「仮に、桜井の希望通りに付き合ったとして、教え子に手を出す男でいいんですか? そんなのろくな男じゃない。そんな男と結婚したら、そのあともまた別の教え子に手を出すかもしれませんよ。そうなったら嫌でしょう」


「サトシ先生はそんな人じゃありません。手を出すなんて、そんな言い方やめてください」


「いいですか? 教え子と付き合うというのは、道を外すことなんです。人の道を簡単に外せる男は、また外す。そんな男と桜井は付き合っちゃダメです」


「つまり、先生が教え子に手を出すなんて最低だ。そう言いたいんですね。だから、想いを寄せられても迷惑だと……」


桜井の問いに対して、肯定するのはあまりに残酷な気がして、サトシは黙った。

肯定しても黙っていても、どっちにしても桜井にとっては嬉しくない答えだ。

桜井は深く傷ついた。


「サトシ先生、否定しないんだ。そうですか。今まで、いろいろと迷惑かけてすみませんでした。わたし、帰ります」


桜井はカバンを持って部屋から出ようとした。


「待ちなさい、車で送ります」


「結構です! 歩いて帰ります! 友梨奈さんとどうぞお幸せに!」


「だから、どうしてそうなるんだ!!」


帰ろうとする桜井の腕を、サトシは強くつかんで引き留めた。

その勢いで、サトシは完全に先生モードのスイッチが切れてしまった。


「わからないことを言うんじゃない! どれだけ俺を心配させる気だ!」



「先生、もう優しくしないでよ。 優しくしてもらうと、先生に守られているって勘違いしちゃう」


「桜井」


「先生の優しさは同情でなんしょ。うちは父親がいないし、母親は水商売だし、おまけに酷い生理痛で子供が産めない体かもしれない。こんなわたしだから、きっと先生は同情してるんでしょ!」


「くだらないことを言うな!!……パシッ!!!」


「パシッ? 」


サトシは感情が高ぶって、桜井をビンタしそうになったところを、寸止めした。

実際にビンタする前に、口でビンタの効果音を言うことで手をあげたい衝動を止めたのだ。


(あぶねーーーー。しそうだったよ、暴力行為)


「今、俺はエアービンタした」


「は? パシッって漫画の効果音かなんか?」


桜井は叩かれてもいない頬を思わず左手で押さえた。

エアービンタなのに、なぜか頬が熱い。

痛くもないのに、涙がツーっとひとすじこぼれ落ちた。

桜井は泣き声をあげることさえ忘れていた。


サトシは、桜井の頭を優しくポンポンと軽く叩いて、零れ落ちる涙を拭ってやった。


「同情じゃない、愛情だ」


教え子には手を出さない。

ここまでは完璧だった。

エアービンタで踏みとどまったはずが、桜井を泣かせてしまった。

サトシは、心の奥にそっとしまい込んでいた“愛情”という言葉を、はじめて口に出して言った。

そして、

涙を流す桜井を、サトシはそっと抱きしめた。



「先生、これで三回目ですよ」


「いいんだ。これは、期間限定、有効期限今日までの大サービス」



 サトシのエアービンタの声は、台所にいた姉にまで聞こえていた。


(何かしたわね、サトシ。あの子ったら小さい頃から、怒ると暴力を擬態音で言う癖があるんだから。まさか、桜井さんを殴ったなんてことないわよね。)


小学生がおもちゃのロボットで遊んでいる時の破壊音や、攻撃音。

ガッシャーンとかボカーンとか、そういう類とサトシのパシッは同じだと言う。


姉は何事かと寝室の様子を見にきて、息をのんで立ちすくんだ。

――部屋の中でサトシと桜井が抱きあっている。

その様子を見て姉は驚きはしたが、二人をそっとしておく方がいいと思って、声はかけなかった。


挿絵(By みてみん)


 「桜井、君には幸せになってほしいんだ」


「今、わたし幸せです」


「そうじゃなくて。将来にかけての幸せだ。素敵な相手をみつけて、素敵な恋をして、幸せな人生を歩んで欲しいんだよ。

タワーマンションでも買ってもらって、毎年海外旅行して、かわいい子供たちにも恵まれるような……そういう長期にわたる将来の幸せだ」


「わかりました……」


「わかってくれるか」


「サトシ先生がそうしろと言うのなら、……わたし、……そうします」


まだ15歳の桜井は、聞き分けのいい返事をした。


「でも、最後にひとつだけ教えてください。会いたかったと言われて、本当に先生は迷惑だったんですか?」


涙をポロポロ流しながら、桜井はサトシの答えを待った。

サトシは、桜井の大きな瞳をじっと見つめていた。

また沈黙が答えかと思われたが、


「嬉しかったよ」


その返事を聞いて、桜井はまた泣いた。



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