第31話 夏休み補習授業
一時限目のチャイムが鳴り、サトシが補習教室に入って来た。
桜井はまだトイレから戻ってきていない。
「はい、おはようございまーす。英語で赤点をとった生徒さんの補習をはじめまーす。確か、七人でしたよね。二、四、六……、ん? 柚木がいませんね。柚木がどうしたか、誰か知っている人いますかー」
「はい、先生。柚木くんは部活に出てまーす」
「部活? ダメじゃないですか。補習のほうが優先ですよ。あ、いいところに大山先生が……」
補習教室の前をちょうど大山先生が通りかかった。
サトシは教室のドアを開けて大山先生を呼び留めた。
「大山先生、柚木を知りませんか?」
「ああ、サトシ先生。柚木なら今グランドでランニングしていますよ」
「えー? ダメですよ。柚木は英語が赤点だったから、今日は補習なんです。できれば、柚木を呼んでもらえないでしょうか?」
「なんだって?! そうなのか。わかった」
「お願いします、大山先生」
サトシは、補習教室の教壇に戻って生徒たちに向き合った。
「じゃあ、とりあえず柚木を除いて、人数は揃いましたね。では、補習授業を始めまーす」
「サトシ先生、待ってください。まだ美柑が、来てないです。今、トイレ行っていて……」
「美柑?……桜井か?」
すると、そのタイミングで真っ青な顔色した桜井美柑が、教室のドアを開けて戻って来た。
「すみませーん。トイレ行っていて遅くなりましたー」
「桜井……」
サトシが名前を呼んだにも関わらず、桜井は気が付かないのか返事もせずにフラフラしながら机まで歩いて席に着いた。
「おい、桜井」
「はい……?」
「桜井は赤点じゃないのでは?」
「え?」
「桜井は赤点じゃない……ですよ。自分の英語の点数を覚えていないのですか」
「は? そうなんですか。わたしは赤点じゃなかったんですか。じゃ、帰っていいってことですね」
「ええ……、まあ、赤点じゃないですから、補習を受ける必要はないかと……」
「帰っていいんだ。そっかー。帰っていいんですよね。じゃあ、」
桜井は椅子から立ち上がろうとしたところを、サトシに止められた。
「待った。でも桜井、確か英語はあまり得意じゃない教科でしたよね」
「はい……?」
「補習を受けて行きなさい。せっかく学校に来たんだから」
「え、まあ、居ろと言われたら居ますけど。わかりました、補習を受けまーす」
サトシに言われて、桜井は英語の補習授業を受けることになった。
そして、サトシがプリントを配っている間に、桃瀬は桜井に小声で話しかけてきた。
「美柑、大丈夫? 英語は赤点じゃなかったの?」
「そうだっけ、おぼえてないなぁ」
「サトシ先生ったら、美柑は赤点じゃないのにわざと引き留めたんじゃない? それってさ、美柑にここに居て欲しいからじゃないの?」
「えー? でも、それってあまり嬉しくなーい。」
「とか何とか言って、美柑だってわざわざサトシ先生に会いにきたくせに」
そこへ、柚木が汗だくになりながら、教室に入って来た。
「すみません。補習授業遅れましたー! 部活に夢中になっていて……本当に申し訳ございません!」
「柚木、いいから早く席に着きなさい」
メンバーが揃ったところで、英語の補習授業が始まった。
サトシは、一学期の復習でポイントになる部分のテスト解説をして、ワークノートを書かせた。
補習授業は、あと10分くらいを残して、早めに補習は終わってしまった。
「あー、時間が余りましたね。なにか質問がある人いますか?」
すると、C組の生徒が質問で手を挙げた。
「はい、サトシ先生と工藤先生は、仲がいいですよね。お二人はどういう仲なんですか?」
「バカね、そんな質問するから、わたしたち頭悪いように思われるのよ」
「だって、実際に頭悪いし、今さらいいじゃん」
普段の授業と違って、補習授業をしているサトシは気持ちに余裕があった。
工藤との仲について質問されても、全然怒る気にもならなかった。
「ああ、どうやら男同士の恋愛と勘違いしている生徒さんもいるみたいですけど、工藤先生とわたしは大学の同級生なんですよ。だから、仲がいいのです」
「先日、工藤先生に赤ちゃんが生まれたそうですね」
「よく知っていますね」
「先輩が教えてくれました。工藤先生の奥さんは、サトシ先生の元カノだということも。元カノが、同級生の子どもを産むって、どんな気持ちですか?」
「え、なんで、元カノという情報を……どこから聞いたんですか」
「工藤先生です。自分で言っていましたよ、自慢げに」
「「言ってた、言ってた。自慢してたー!」」
(あいつ、余計なことを生徒の前でよくもペラペラと……)
「まあ、赤ちゃんが生まれたことは、わたしも素直にうれしいです。と、いうことでそろそろ時間ですかね。補習授業を終わりまーす」
「え? サトシ先生、逃げましたね。まだ3分前ですよ」
「夏休みなので、短縮授業ということにしましょう。はい、終わり!」
「「ありがとうございました」」
終礼の挨拶をしても、桜井は机にうつぶせになったまま起きなかった。
「おーい、桜井。いつまで寝ているんですかー。補習授業は終わりましたよー」
「……」
サトシが、桜井を起こそうとして体を揺すると、桜井はそのまま椅子から床へと倒れ込んだ。
「おい!」
桜井は補習を受けながら、あまりの生理痛に意識がもうろうとしていた。
「大丈夫か、桜井!」
「キャー――、美柑! 大丈夫? サトシ先生、今日本当は、美柑は具合が悪かったんです」
「どうしてそれを早く言わないんですか!!」
サトシは思わず強く桃瀬を叱りながら、必死に桜井の体を抱えた。
「とにかく、保健室に連れていきます」
サトシが桜井をお姫様抱っこして立ち上がると、柚木が手を貸した。
「先生、わたしが美柑を保健室まで運びます」
桃瀬は桜井の具合が悪い理由を知っていたので、柚木くんに桜井を運んでほしいと思った。
「柚木くんに運ばせましょう、先生」
「いや、だめだ。柚木、君はたしか英国数三教科とも赤点でしたよね。二時限目の補習は欠席できませんよ。欠席したら留年になります。それでもいいんですか?!」
柚木は、さすがに留年という言葉に躊躇した。
サトシは、桜井を抱っこしたままで桃瀬に言った。
「悪いですが、桃瀬。桜井の荷物をまとめて持ってきてくれませんか」
「はい!」
サトシは桜井を抱えながら、階段を降りていった。
(くそー、なんで補習教室は三階を指定したんだよ。しかも、保健室遠いし……手前の生徒指導室に桜井を寝かせたら、怒られるかなぁ)
やっぱり、柚木に頼めばよかったと後悔しながら、桜井を運ぶサトシだった。




