第28話 お弁当箱を返しにきただけなのに
桜井の家のチャイムを押すと、また小学生の弟アキラが出て来た。
「あ、おじさんだ。また遊びに来てくれたの? やったー!」
「お姉さんはいるかい?」
「美柑なら、今買い物に出かけていていないよ。もうすぐ帰って来ると思うけど」
「そうか、じゃ、このお弁当箱をお姉さん渡してくれないか」
「ふーん、わかった。ねえ、ゲームしようよ。早く、あがって、あがって」
「いや、おじさんはお弁当箱を返しに来ただけだから、ここで失礼するよ」
「嫌だ! ゲームするんだ! また遊ぼうって約束したじゃんか!」
「また今度……」
「ダメダメ! 大人のまた今度っていうのは、たいてい嘘なんだ。おじさんって嘘つきなの?」
「いや、そうじゃない……」
桜井美柑の弟アキラは、玄関口でむりやりサトシの腕を引っ張って離さなかった。
「ああ、わかった、わかったから離してくれ。じゃあ10分だけなら」
「えーーーー、それだけじゃ、ゲームを起動してから数分しかないじゃん」
アキラに引っ張り込まれて、サトシは桜井家のゲーム機の前に座らせられた。
「格闘技系にする? ホラー系にする?」
「格闘技は弱いから苦手だなぁ。ホラーはマジで恐くて嫌いだしなぁ」
「なんだよ、わがままだなぁ。じゃあ、これしかないな。FF冒険もの」
「それならなんとか」
結局、サトシはアキラと一緒に、時間が過ぎるのも忘れてゲームに夢中になっていた。
しばらくすると、アパートの玄関から桜井美柑の声が聞こえた。
「ただいまー」
桜井美柑は帰宅して、驚いた。
家の中でサトシ先生と弟がゲームで遊んでいる。
目をこすって、もう一度確認した。
信じられないことに担任の先生が、家で弟と一緒にゲームをしているのだ。
振り向いたサトシと美柑は目が合った。
「先生?」
「あ……おかえりなさい」
「おう、美柑おかえりー。おじさんがさ、空の弁当箱持ってきたんだぜ」
「お弁当、ありがとう。美味しかったよ。何かお礼をしなくちゃいけないね。と言っても、お礼を言うくらいしか出来ないけど。そのお礼を言う前に、アキラくんに捕まってしまってね」
「よかった。あの子、ちゃんと先生に渡してくれたんですね」
「あの子? ああ、友梨奈か……」
「『サーちゃんは、友梨奈の従兄なの』って言われました。やっぱり、自分のことを友梨奈って言っていたんですね。それで、サトシ先生のことをサーちゃんって」
「その呼ばれ方は、かなり恥ずかしい」
サトシは従妹からサーちゃんと呼ばれていることを桜井に知られて、恥ずかしくなった。
「ほらー、おじさん! よそ見していたらモンスターにやられちゃうよ」
「ああ、ごめん、ごめん」
アキラに怒られて、サトシはゲームの方に向き直ってモンスターと戦いはじめた。
「おじさん、真面目にやってくれよなー」
「こら! アキラ。あんた、先生に向かってなんという口のきき方してんのよ!」
「はーい、ごめんなさーい。ところで、美柑さぁ今日のご飯なにー?」
「今日はね、ひき肉が安かったからハンバーグにしようかなーと思って」
「やったー! おじさん、美柑の作るハンバーグ最高なんだよ。食べていってよ」
「まさか、そこまでお邪魔するわけにはいかないよ。また長居すると悪いから。桜井、じゃあ先生は帰るから……」
「えー、先生食べて行ってくださいよ。すぐに人数分作りますから」
「そうだ、そうだ。美柑、おじさんの分も作れよな」
「こら! アキラに偉そうに言われたくない」
桜井はアキラの額をデコピンした。
「いってーなー! あーあ、美柑のせいでゲームオーバーになっちゃったじゃん」
この姉弟のやり取りを見て、サトシは思わず微笑んだ。
(俺も、姉さんとこんなふうにしていた時代があったなぁ。とか言って、懐かしんでいる場合じゃない。早く帰ろう)
「アキラくん、もうゲームオーバーしたし、先生は帰るね」
「やだー! じゃ、僕の宿題をみてよ。学校の先生なんだろ」
アキラはサトシにくっついて離れようとしない。
(困ったな。ここで無理やり突き放してアキラくんを傷つけてもなぁ。しかし長居するのも変だし)
そのとき、サトシの携帯が鳴った。
ブー、ブー、ブー……
工藤からの電話だった。
サトシは急いで、電話に出た。
「おい、どうした? え、何? 生まれた? やったじゃん! 母子ともに元気か? よかったなー。おめでとう!」
桜井とアキラはきょとんとした顔でサトシを眺めていた。
「先生、何が生まれたんですか?」
サトシは電話で工藤との会話を続けながら、桜井に喜びの表情をみせてピースサインをした。
「そうかぁ、女の子かぁ。いいなー。教頭が知ったら、ぜひわが校に入学させてくださいとか言いだしそうだな。うん、うん、じゃあな、またな」
携帯電話を切ると、サトシは喜びのあまり美柑とアキラを抱きしめた。
「やったぁーー! 工藤先生に女の赤ちゃんが生まれたんだよ。超嬉しいニュースだろ」
桜井は突然サトシに抱きしめられて、嬉しいやら恥ずかしいやらの瞬間……と思ったが、弟のアキラも一緒に抱きしめられているせいで、せっかくのチャンスもロマンスにならない。
「ちょ……、アキラ、何であんたまで一緒に抱きしめられてんのよ。ここはお姉ちゃんだけでいいんだからね!」
「知らないよ。勝手にサトシ先生が抱きしめるんだもん。僕のせいじゃないもん」
「桜井、アキラくん、みんなで、万歳三唱しようじゃないか。バンザーイ、バンザーイ!」
「「バンザーイ!」」
なんだかよくわかっていないアキラまで一緒に、工藤の赤ちゃん誕生を祝うはめになった。
「じゃあ、今日はお祝いね。先生ハンバーグ食べていってね。ワイン開けちゃおっか」
(あ、まあいいか。今日は工藤の赤ちゃん誕生祝いということで……)
「そうか、でもご馳走になりっぱなしというのは悪いな。では、提案します。お弁当とハンバーグのお礼として、特別にアキラくんの宿題をみてあげよう。これは、みんなには内緒な」
サトシは、そう提案してみんなには内緒と念押しした。
桜井は、サトシと共通の秘密を持ったようで嬉しかった。
桜井が台所で料理している間に、サトシはアキラの宿題を見てやった。
サトシの教え方がいいのか、アキラの頭がいいのか、アキラはみるみる算数ドリルを解いていった。
(アキラくんって、頭の回転早いな)
そして、待ちに待った夕食の時間がやってきた。
桜井の作ったハンバーグ、これがまた絶品だった。
「桜井、美味いぞ。お前はプロか?」
「嬉しいです、先生。これくらいならいつでも作れますよ」
「だろー? 僕の言った通りだったろー。美柑のハンバーグはうまいんだからな」
「凄いな、桜井。どこで料理を覚えたんだ」
「わたしの母は、仕事で忙しくて。弟の世話は、生まれた時からほとんどわたしがしてきて……、小さい頃から、ご飯づくりをしていたら自然にね。だってアキラって、下手な料理出すと、絶対に食べてくれないんです」
「そうなのか。まだ高校生なのにこの腕前なんて、凄いじゃないか」
「おじさん、僕の勉強を見てくれれば、いつでも美柑の料理を食べられるよ」
「何を行っているのよ、アキラ! 先生はお姉ちゃんの先生なんだから、勉強を教わるのはお姉ちゃんの方なんだからね!」
「えーーー! 僕だっておじさんから勉強をおそわりたいよぉ。わかった! じゃあさ、おじさんは、僕とお姉ちゃんの二人に勉強を教えたらいいじゃん」
「二人にかい? アキラくん、それはどこで教えるのかな?」
「ここで」
サトシは苦笑した。
「そんな、無茶苦茶な……、今日は早く帰れたけど、普段は先生の帰りはもっと遅いんだよ。だから無理だね」
「なーんだ。つまんない。台所と勉強部屋が一緒になれば、一番いいと思ったのにな」
アキラの提案は一理あるなと、正直、サトシは思った。
しかし、桜井の家でだけ特別に勉強を教えるのは、教師として気が引ける。
後々問題になる行為だろう。
アキラの提案に乗りたかったが、ここは教師としての理性が勝った。
(いやぁ、実にいいアイディアなんだが……。あれ、何残念がってるんだ、俺)
お弁当箱を返しにきただけなのに、また桜井の家でまったりしてしまった。
いつかアキラの提案通りになればいいなと思いながら、この日のサトシは家に帰った。
いかがでしたでしょうか。
「面白い! サトシ先生が気になる」
「この続きはどうなるの? この先の美柑を読みたい!」
「サトシ先生、更新したら通知が欲しいです!」
「先生、応援の仕方を教えてください」
「では、先生から応援する方法を教えましょう。
面白いなぁと思った生徒は、こんな方法があるからよく聞くように。
ブックマークや、『☆』を『★★★★★』に評価して下さると作者のモチベーションアップに繋がります。はい、ここ重要ですからね。テストに出まーす!わかりましたかー?」
「はーい」
「よろしく頼みますよ、みなさん」




