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サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない  作者: 白神ブナ
第一章 一年一学期

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第22話 喧嘩をやめて先生を止めて

 

 職員室に戻ると、工藤は机に向かってパソコンで忙しそうに作業していた。

回収した解答用紙を教科担当に渡すと、サトシも自分の席でパソコンを開いた。


「なあ、工藤。夏休み中の補習の準備って、もう終わったか?」


「……」


工藤は返事をしなかった。

その代わりに、紙に何かを書いてサトシに渡した。



“俺に話しかけるな。誤解される”



サトシはそのメモを読んで、職員室の周りの教員の様子を見まわした。

教頭も教務主任もいなかったが、体育の先生、ベテランの古松川先生、女性教員が数人。

彼らはサトシと目が合うと、あわてて目をそらして自分の作業に没頭しているふりをした。



“勝手な誤解につきあう必要なし”



サトシはそう書いて、メモを工藤に返した。

工藤はその返信を読んで、さらに返信しようと、何かを書き始めた。

その様子を見て、サトシはイライラし、我慢できなくなって叫んだ。


「ってかさぁ、こういう手紙のやりとりしている方が返って不自然じゃないか?」


「サトシ、落ち着けよ!」


「俺は落ち着いている。工藤のほうだろキョドっているのは!」


キョドっていると言われた工藤は、サトシに煽られ、ついに席から立ち上がって怒鳴りだした。


「言ってくれるじゃないか、サトシ。お前はいいよ、独り身だしな。俺には妻と生まれてくる子どもがいるんだ。俺は家庭を守る責任がある。そのために、ここを辞めるわけにはいかないんだ」


サトシも席から立ち上がって、工藤を睨みつけた。


「はぁ?! 辞めるって何だよ。何も悪いことをしていないのに、工藤が辞める理由なんかないだろが」


「考えてみろサトシ、たとえばだよ。ある先生と女性の先生が、生徒の間で付き合っているんじゃないかと噂になったとする。お前だったらどうする」


「付き合っていなければ、普通に接する。噂はあくまで噂だし」


「じゃあさ、ひっそりと二人が付き合い始めたら?」


「うーーん、それなら距離をとるかもしれないなぁ。噂を消すために」


「そうだろ。じゃあ、もし男先生の方に妻子がいたら? どうだ」


「それなら、必死になって隠すだろう」


「そういう事だ」


「はぁ? そういう事だってどういう事だ。俺とお前は付き合っていないだろ!」


「サトシ、声が大きい」


周りで黙って聞いていた教員たちの中から、ベテランの古松川先生が腰を上げた。


「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。工藤先生とサトシ先生が付き合っているなんて、誰も思っていませんから」


“付き合っている”という言葉に反応した、女性職員たちがヒソヒソしはじめた。

「まぁ、生徒たちがしている噂話って、本当なんですか」

「違いますよ。工藤先生もサトシ先生も否定してらっしゃる……」

「でも、何でもないのにムキになって否定するでしょうか」

「……これは、もしかするともしかします?」


そんなことを話されているとは知らず、サトシは工藤との過去のことまで持ち出して怒りまくった。


「工藤お前、そんな目で俺を見ていたのか? 違うだろ。普通にしてればいいじゃないか。そうやって、周りからの評価ばかり気にして、お前は友情を捨てる気か。ああ、昔からそうだったよな。そうやって、こそこそ隠れてさ。誰にも知られないようにして、お前は俺から彼女を寝とったっけな」



思わず飛び出した過去の事件に、周りの教員たちはびっくり仰天。

「NTRですの? 工藤先生の奥様ってサトシ先生の元カノ?」

「断然、面白くなってきましたわね」

「寝取られ寝取った者同士の、複雑な感情の絡み合いですわ」



「そんなこと! 今、職場で言うことか? だいたいお前が鈍いから、嫁さんは俺を選んだんだよ。嫁さんは言ってたぜ。

『サトシくんは何もしてくれない。手を出すどころか手の出し方を知らないじゃないかしら』って」



ヒソヒソ話をしている女性教員たちは、盛り上がった。

「聞きました? やはり元カノって、工藤先生の奥様ですって」

「奥様は何も手を出さないサトシ先生が、ご不満だったようね」

「奥様は、やさ男よりも強引な男に惹かれたのね」

「最初からサトシ先生は女に興味なかった説が、浮上しましたわ」

「うんうん、その線アリですね」


一方で、男性の教師陣は、だんだんエキサイトするサトシたちに心の中でエールを送っていた。

だが、古松川先生は、さすがにこの喧嘩を止めなければとオロオロしていた。


「もうよろしいでしょう。工藤先生もサトシ先生も、大人げないですよ」


しかし過去の事とはいえ、サトシは工藤が元カノの言った言葉を晒したことに腹が立っていた。


挿絵(By みてみん)


「お、おい、今する話かそれ。昔の事をほじくり返して、俺の傷に塩を塗る気か!」


「最初に昔のことを持ち出したのは、そっちだろう!」


「何だ? やる気か?」


「おう、やるか?」


サトシと工藤は取っ組み合いの喧嘩寸前だった。

古松川先生は、慌てて工藤先生を止めに入った。


「工藤先生もサトシ先生も、落ち着いてください! ここは学校ですよ」


「テスト期間中なんですから、静かにして! 生徒たちには聞こえないように」


体育の大山先生は、サトシを後ろから羽交い絞めにして喧嘩を止めた。


「くっ……。わ、わかりました。工藤に手は出しません。手は出しませんから。大山先生、離してください」


工藤のほうも、先輩教師の古松川先生に羽交い絞めにされていた。

だが、古松川先生が工藤の腕を離すのが若干早かった。

そのせいで、暴れていた工藤の拳は、勢い余ってサトシの左頬を殴った。

衝撃でサトシのメガネは飛ばされ、体も職員室の床へと飛ばされた。


「サトシ先生!」


タイミングがいいのか悪いのか、そこに教務主任の五十嵐先生が職員室に入ってきた。


「どうしたんですか。何かあったんですか。サトシ先生が倒れて、工藤先生までシャツが乱れて……、まさか、職員室で暴力沙汰ってことじゃ……ないですよね」


体育の大山先生が、慌てて弁解した。


「お疲れ様です、五十嵐先生! あ、あのう、今ですね、この二人に、ボクシングのやり方を教えてくれって頼まれまして……。わたしがサトシ先生側に立って指導してました。それで古松川先生は、工藤先生のパンチの方向を教えるというので、ちょっと手違いがありまして……、ですよね、古松川先生」


「え、ええ、わたしは素人のくせに余計な事しちゃいましてね。工藤先生を指導しきれなくて、それで、軽く当たっちゃったんですよ」


「本当ですか? ここにいた皆さんは見ていたのでしょう?」


周りの先生たちは、一瞬唾をのみ込んだ。

だが、裏では十分に喧嘩の様子を楽しんでいた口である。

ここで面倒な事になって飛び火したらたまったもんじゃない。

皆、声を揃えて、サトシたちを庇った。


「そ、そうです。本当です。最近、体力が落ちているからって、二人が勝手にボクシング始めたんです」


「そうそう、これは暴力なんかじゃありません。軽い息抜きで始めた運動なんです」


サトシは、職員室の床から立ち上がり、ヒビが入ったメガネを拾って笑ってみせた。


「軽い息抜きで運動のつもりが、みごとにヒットしちゃって……、かっこ悪いところをお見せしました。みなさん、どうもすみませーん」


「サトシ先生、口から血が流れてますよ。早く保健室に行ったほうがいい」


教務主任に言われて、サトシは笑っていた口を拭うと、手に血が付いた。

それを見て、サトシは失神した。


「サトシ先生―――!!」


情けないことに、サトシはそのまま動かなかった。



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