第18話 アキラとサトシ
「ここです。このアパートの一階です」
「そうだ。いつだったか、車で送ったことがあったな。このアパートだった」
サトシはこのアパートを見て思い出した。
桜井が桃瀬と柚木の三人で、サトシの実家まで追いかけて来て、しょうがなく夜道を車で送ったことがあった。
そのとき、このアパートの前で桜井を車から降ろした。
(また夜道を送ってしまったじゃないか。この子はなんて手のかかる生徒なんだ)
「先生、手を離してくれますか?」
「待て、思い出した。じゃあ、あの時も弟さんは一人で留守番していたのか」
「あの時? ああ、先生の実家へ行ったことですか」
「そうだよ、また帰りが遅くなって、弟さんは心配しているじゃないか? 先生が一緒だからと安心させなくていいのか」
「いいと思います」
「……そう……ですか」
サトシは、桜井の手を離した。
桜井がサトシの心配を断ったとたん、急に教師モードに戻った。
「先生、ありがとうございました。じゃ、また明日」
桜井はサトシに挨拶した後、アパートへと帰って行く。
念の為、桜井が玄関を開けて入っていくのを確認するまではと、サトシはその後ろ姿を見守っていた。
すると、サトシの不安が的中した。
桜井が玄関を開けたとたん、弟が泣きながら桜井に殴りかかって来た。
「うわーーーん、遅いよぉ! 美柑、今までなにやってたんだよぉーーー! ばかぁ!」
「ごめん、ごめん。痛い、痛っ! 謝ってんだから殴らないでよ、アキラ。痛いって!」
桜井が玄関口で、弟に殴られているのを見てサトシは慌てて止めに入った。
「ああ、君、君、暴力はやめなさい。お姉さんは、ちゃんと君の事を心配してカレーを持ってきてくれたんですよ」
「は? おじさん、誰?」
(おじさんって……。弟さんは見たところ小学生だが。そうか、やっぱり俺はおじさんなんだ)
サトシは深く傷ついたが、とにかく必死に桜井の弟の腕を止めていた。
「アキラ、おじさんなんて言ったら失礼でしょ。この方は、お姉ちゃんの学校の先生よ。ごめんなさい、先生。うちの弟が失礼なことを……」
「いや、いいんです。事実ですから」
「なんだ、母ちゃんのお客さんかと思ったぜ。そんなことより、美柑、早くめし食わせろー。腹減ったー」
「うるさいわね。今作るわよ。あ、先生、ご飯まだですよね。よかったら、うちで食べて行きます?」
「いや、まさか先生は……」
ギュウ、グルルルル……
グッドなタイミングで、盛大にサトシの腹が鳴った。
「すげ! おじさんの腹の音。よっしゃ、一緒に食べようよ。おじさん、入って、入って。わーい! おじさんとご飯だぁー。やったー!」
サトシは空腹のままで、来た道を戻る自信がなかった。
それに、桜井の幼い弟がサトシの腕をつかんで離さない。
さっきまでひとりで留守番していて、やっと話し相手が現れて喜んでいるのだ。
桜井の弟にこんなに喜ばれると、ご飯の誘いを断るのは返って可哀そうな気がしてきた。
「では、少しだけ」
サトシは桜井のアパートにお邪魔した。
桜井は制服のままでその上にエプロンをし、台所で手際よく準備を始めた。
「持ってきたカレーだけじゃ足りないから、どうしようかな。玉ねぎとキノコ炒めて、ルーを足してもいい? 手早く出来るから」
「ああ、先生のことは別に構わなくていいですから」
「おじさん、おじさん、待っている間にゲームしようぜ」
「おじさんは、ゲームはあまり得意じゃない……」
「えぇー!? そんなこと言わないで、やろうよゲーム。僕が教えてやるからさ」
桜井が料理している間に、サトシは美柑の弟の遊び相手をすることになってしまった。
そうやって、しばらくゲームをしていると、美柑の弟はサトシにすっかり懐いていた。
アキラの目はゲームの画面に、手はコントローラーを巧みに操作しながら、サトシに質問してきた。
「おじさんって先生なんだよね。美柑は学校ではどうよ」
「え? 君は保護者みたいなこと言うね。それに、お姉さんのことを美柑って呼び捨てだし」
「だって、美柑は僕の事をアキラって呼んでるからさ、こっちも美柑って呼んでるだけだけど。母ちゃんだって、美柑って呼んでるじゃん」
「お母さんは、いいんだよ。アキラくんは、弟なんだからお姉さんって呼ばなきゃ」
「ふーん、じゃあ、先生は何て呼ばれてるの?」
「え、誰から?」
「美柑からだよ」
サトシは焦った。
一瞬、自分も弟だから、自分の姉さんから何て呼ばれているかと聞かれたのかと思った。
アキラがサトシの家庭のことなど知るはずがないのに。
「ああ、先生とかサトシ先生って呼ばれているね」
「へぇ、サトシ先生っていうんだ、おじさん」
「まだ、おじさんって呼ぶのか」
「わかった、じゃあ、サトシ先生。美柑は学校でどうよ」
「友達と楽しくやってるよ」
「彼氏とかできたんかな」
「さあ、そんなプライベートなことはわからないけど、女子校だからいないんじゃないかな」
「勉強はしてる?」
「頑張ってますよ」
「頑張ってるだけじゃ、ダメだね。結果を出さないと」
「アキラくん……結構、厳しいんだね」
ゲームの画面から目を離さずに、サトシとアキラはずっと会話を続けていた。
歳の差二十一歳の、似た者同士。
傍から見ると、この二人は親子でもおかしくない風景だった。
いや、もしかすると兄弟の線かもしれない。




