第17話 うちの生徒に何か御用ですか
家の外に出ると、もうすっかり日は落ちて夜になっていた。
町はずれの住宅街を、サトシと桜井は並んで歩いていた。
サトシは家から離れれば教師の顔に戻る。
生徒を途中まで送っていく先生という立場だから、当然先生モードで桜井とは一定の距離を保ちながら歩いていた。
姉が桜井に渡してくれたカレーを持つのは、サトシの役目になっていた。
この住宅街を抜けたら明るい商店街に出る。
そこまで桜井を送って行ったら、サトシは家に戻るつもりで歩く。
「先生、ごめんなさい。勝手な事をしてしまって」
「先生の家を嗅ぎつけるのは、あまり感心できませんね」
「ですよね。きっと、先生はわたしのことを軽蔑していますよね」
「軽蔑というより、正確に言うと、驚いているという表現がぴったりですね。…………
商店街から先は明るいですし、商店街の入り口まで送ります」
「ありがとう、先生」
サトシは、桜井の家庭の事情を思い出した。
(確か、桜井の家は母子家庭だったな)
「こんな遅い時間まで、弟さんはお家にひとりで待っているのですか?」
「さっき、弟に電話しました。大丈夫です」
「先生の家で、合宿ごっこなんかしてないで早く帰ってあげなさい」
「そのつもりです。だから、今歩いてます」
「あ、そっか」
「……」
「どうやって、先生の家にあがりこんだのですか」
「そ、それは……、あの家に、青い車が止まっていたという情報があって、興味本位で見に行ったんです。そしたら、ちょうどお姉さんが戻っていらして、『お茶でもどうぞ』って、勧められて……先生、怒っています? よね」
「姉さんが家に上げた……のですか」
「そうです。でも、そこから勝手に炊事や掃除を始めたのはわたしです。お姉さんは、何も悪くありませんから」
「それは、それは、お疲れ様でした」
「本当です、先生。信じてください!」
住宅街を抜けて、明るい商店街まで来た。
サトシは立ち止まった。
「じゃ、先生はここで戻ります。桜井は、まっすぐ弟さんの待っている家まで帰るんですよ。はい、これ。弟さんと一緒にカレーを食べなさい」
「うちの弟、カレーが好きなんです」
「卵焼きとカレーも好きなんですね。弟さんが、羨ましい。美味しそうな匂がします」
「はい、あの……いいえ、どうもありがとうございました。さようなら」
桜井は何かを言おうとして止め、お辞儀をしてサトシに別れの挨拶をした。
そして、商店街の中へと消えて行った。
夜の商店街は、明るいネオンが光ってはいるが、その光は居酒屋やバーやスナックなども含まれている。
しばらく、桜井の後ろ姿を見送っていたサトシだが、
(大丈夫かな?)
桜井のことが心配になってきた。
一方、桜井の方はと言うと、
夜の商店街を歩くのは、怖くもなんともなかった。
なぜなら、母親がこの商店街の一角で、スナックを経営しているからだ。
酔っ払いに声をかけられる事さえ、小さな頃から慣れていているのだ。
「お、おねーちゃん。こんな時間に何してんのー? おじさんと飲みにいこうかぁ」
「結構です」
「つれないねぇ、いいじゃん。おじさんが美味しいものをご馳走するよ」
「肩に触らないでください」
「肩ぐらい触ったっていいじゃん。可愛い顔してツンツンされるの、おじさん、たまらないな」
「おじさん、その手を離してください」
桜井は、いつものように酔っ払いのおじさんに絡まれた。
酔っ払いに絡まれたら、桜井の行動は決まっていた。
ここで一発殴るか、それとも蹴りでぶっ飛ばすか、今日はどっちにしようかと考えながら右の拳に力を込めていた。
その時だった。
「うちの大切な生徒に、何か御用ですか?」
桜井が声のした方を向くと、そこにはサトシが立っていた。
サトシは桜井と酔っ払いの間に割って入って来た。
そして、酔っ払いの手を桜井の肩から払いのけ、代わりに自分の手を桜井の肩に置いた。
「わたしは、白金女子学園の教員です。今、この辺を教員たちで見回りしているんです。未成年に変な事をしたら、警察を呼びますよ」
「なんだ、センコーがいたのか。悪かったよ、警察だけは勘弁してくれ」
「さ、行きますよ、桜井」
サトシは桜井の手を引いて、商店街をどんどん歩いていく。
「先生?」
「いいから、歩きなさい。立ち止まらないように! 家はどっちなんですか!」
「あ、もうちょっと先の交差点を、右に曲がって行くとアパートです」
「全くもって、隙だらけだから絡まれるんですよ。わかっているんですか?」
「ちょっと待って、先生、歩くの早すぎ……」
桜井の手を引いて歩くサトシの足は止まらない。
結局、サトシは桜井の自宅まで送っていく形になった。
「君みたいな隙だらけの生徒を、このまま帰らせるわけにはいかないじゃないですか!」
「わたし、酔っ払いは慣れてるんです」
「ダメです。そんなものに慣れる必要はありません」
「だって、うちの親、あの商店街でスナックやっているんです。子供のころから、お客さんからお小遣いもらったりして、酔っ払いの扱いには慣れてるから平気なんです」
「そうだとしても、子供の頃と今は違うでしょう。今の君は年頃の女子高生なんですよ。男が見る目が昔と違うことを全然わかってない。もうちょっと、自覚すべきです」
サトシは、この隙だらけで危ない桜井になぜか無性に腹が立っていた。
桜井の手を握りながら、どんどん早足になっていく。
「先生、手が痛い」
「手? それくらい何だ。犯罪に巻き込まれるよりずっとマシだろ」
サトシは、自分の怒りの理由がわからない。
教師モードがオフになっていることさえ、全く気が付いてもいなかった。




