第15話 女生徒SIDE:青い車がある家①
桃瀬が青い車が止まっているのを見た家は、小さな中古一戸建ての平屋だった。
「ここだよ、美柑。この家の敷地に、このあいだサトシ先生が運転した車が止まっていたの」
「ハルちゃんったら、よく見つけたわ。地味だけど、小さくて可愛らしい家って感じだわね。賃貸かしら」
「独身で一人暮らしなのに、一軒家なんて普通、借りるかな」
「柚木くん、鋭い。きっと、婚約者とかと一緒に住んでいるんじゃないの?」
「ハルちゃんったら、何気に衝撃的な発言するのね……ハハハ」
桃瀬の発言に桜井は軽く傷つき、笑顔が引きつっていた。
「あ、ごめん、ごめん、美柑。大丈夫だよ、わたしの勝手な想像だから」
桜井たちが勝手に想像を膨らませて、家の前で喋っていると、後ろから突然声をかけられた。
「あの、うちになにか御用でしょうか?」
桜井たちが驚いて振り向くと、そこには先日サトシの実家で会った姉が立っていた。
「お姉さん!」
「あらやだ、このあいだの……、うちの弟を実家まで追いかけて来た生徒さんたちじゃないの。あれからどう? 学校は楽しい?」
サトシの姉は、懐かしい友人と再会でもしたような親しさで話しかけてきた。
驚いた桜井たちは、ストーカーのような行動を咎められるかと思って、必死に取り繕った。
「いえ、あの見覚えのある車が止まっていたので、つい立ち止まってしましました」
「そうそう、偶然見かけたので……」
「わたしが、数日前に、青い車が止まっている所を見ました。それで、友達を誘って来てしまいました!」
「ハルちゃん、正直過ぎ……」
サトシの姉は、クスっと笑った。
「まぁ、とても正直な生徒さんたちね。そんなに弟が、生徒さんに人気があるなんて、わたしも嬉しいわ。せっかくだから、上がってお茶でも飲んでいきません?お茶菓子くらいあると思うわ」
「いいんですか? おじゃましても」
目をキラキラさせて、言葉に甘えようとする桜井だった。
それとは対照的に、柚木は冷静になって質問した。
「ここって、お姉さんの家なんですか?」
「いいえ、弟の家だけど。たまにわたしが食材を運びに来ているのよ。さあさ、入って、入って」
サトシ先生の家だとわかると、三人に遠慮はない。
「わーい、おじゃましまぁす!」
恋する担任追いかけ隊は、サトシの姉の言葉に甘えて、サトシの家にお邪魔することに成功した。
姉は、サトシの台所で、買い物してきた食材を冷蔵庫にしまっていた。
「ごめんなさいね。先に、食材を冷蔵庫に入れさせてね。忘れるといけないから」
「大丈夫でーす。お姉さん、何かお手伝いしましょうか?」
「ええ? 悪いわよ、お客様にそんなことさせたら……」
「平気です。お手伝いさせてください」
「ありがとう。あなた、お名前は?」
「桜井美柑です」
そこへ、桃瀬がやってきた。
「すみませーん、お手洗いをお借りしていいですか?」
「ええ、そこの廊下を行った左側よ」
「ありがとうございまーす」
姉が冷蔵庫の中をまだゴソゴソと整理していると、桃瀬が戻って来た。
「すみませーん、トイレの電球が切れているみたいなんですけど」
「あら、そうだったの? ごめんなさいね。たぶん、そこの棚に予備の電球があると思うんだけど……」
姉は戸棚に手を伸ばそうとしたが、電球のある場所が高くてなかなか届かない。
そこへ、柚木が腕をのばして、戸棚を開けた。
「あ、わたし、取りますよ。……ありました、電球。わたし、取り付けてきましょうか?」
「悪いわね。あなたは背が高いのね。何かスポーツをしているのかしら……お名前は?」
「柚木カオルです。高い場所にあるものを取るとか、重い荷物を運ぶとかなら、お任せてください。いつもこういう役回りなので。陸上部ですけど、今日は練習無かったから」
「お姉さーん、お湯を沸かしておきましょうか?」
「桜井さん、助かるわ。じゃ、なにかお茶菓子を……」
「見たところ何もないみたいですよー。ハルちゃん、何かお菓子を買ってきてよ」
「わかった、コンビニまで行って買ってくるね」
「そ、そう悪いわね……あなたは?」
「桃瀬春奈です。じゃ、ひとっ走り行ってきます」
「待って! 生徒さんにお金を使わせるわけにはいかないわ。これで、何か好きなものを買ってきてちょうだい」
姉は桃瀬に、五千円札を渡した。
「うわーい! 嬉しい! お姉さんの好きなデザートって何ですか?」
「何でもいいわ。あなたたちが食べたい物を買ってきて。今どきの女子高生が好きなデザートを、わたしも食べてみたいし」
姉が台所に戻ると、桜井は台所で包丁を持って料理を始めていた。
「あ、あの桜井さん? 何をしているの」
「冷蔵庫を整理していたら、ニンジンとジャガイモが、そろそろくたびれていたので、先に調理しときますね」
「まあ、そうだったの? 気が付かなかったわ」
「お姉さん、今日は、何か作る予定でしたか?」
「いいえ、食材だけ置いて帰るつもりだったのよ」
「じゃ、このままカレーにしちゃっていいですか?」
「いいわね! そうだわ、お米を先日持ってきたはずよ。待ってね」
姉は食品庫をあけて、探し始めた。
「あったわ、お米。いやだわ、サトシったら、全然使っていない。じゃあ、このお米でご飯を炊きましょうか? みんなで食べましょうよ、カレーライス! 急いで炊飯しなきゃ……」
「お姉さーん、電球を変えたついでに、お風呂掃除しておきますねー」
「あら、助かるわー。えっと、誰だっけ、確か……」
「柚木です。柚木くんと呼んでください」
「そうそう、柚木くん。頼もしいわぁ、柚木くん、モテるでしょう」
「ええ、まあ、女子校ですが」
「わたしも女子校時代、記憶にあるわ。かっこいい同性ってモテるのよねぇ」
「ええ? お姉さんも女子校だったんだー」
桜井が柚木のおしゃべりにストップをかけた。
「柚木くん、お風呂掃除! お姉さん、わたしがお米を研いで炊飯器にスイッチ入れておきますね?」
桜井は手際よくカレーの準備を進めていた。
すると、そこへ
ピンポーン!
玄関のチャイムが鳴った。
「あら、お客様だわ。宅急便かなにかかしら……。ちょっと出て来るわね、桜井さん大丈夫?」
「どうぞ、お気になさらずに」
姉が玄関まで行きドアを開けると、そこに立っていたのは夏梅だった。
「こんにちは、こちらにうちのクラスの生徒がお邪魔していませんか?」
「ええっと、あなたは? 同じ制服ということは……」
「サトシ先生のクラスの学級委員をしております。夏梅京子といいます。寄り道しないように、生徒の調査をしている途中なんです」
夏梅の声を聞いて、桜井は台所を飛び出して玄関に来た。
「夏梅! あんた尾行してきたわね。寄り道を教頭にチクるつもりなんでしょう」
「あ、やっぱり桜井さん、ここに寄り道していたわね。白金女子学園の生徒としてあるまじき行為だわ」
「お姉さん、この子同じクラスなんです。わたしと同じ、サトシ先生の教え子です。家に上げてもいいですか?」
「え、ええ、サトシの教え子なのね。なら、別にかまわないけど……」
「さぁさ、夏梅、ちょうどよかった。あんた、ここの廊下を掃除してちょうだい」
桜井は夏梅の腕を強引に引っ張って、サトシの家に入れて箒を持たせた。
「夏梅、あとで勉強を教えてね。とりあえず、はい箒」
「勉強を教えるのなら、しょうがないわね。わかったわ」
夏梅は箒を受け取ると、廊下を掃除し始めた。頼られると嬉しいようだ。
「で、わたしは何を?」
「お姉さんは、先生の寝室でも掃除しておいてください」
「ああ、そうね。そうするわね」
サトシの姉は桜井たちの勢いに負けて、生徒たちに家事をまかせる形になっていた。
「なんだか、家政婦が何人も来たようなかんじだわ」




