第107話 伝わらなかったサプライズ
「くぅーーー、ぷっはー!」
サトシはビールを乾いた喉に流し込むと、爽快感に思わず声が出た。
そして、桜井が作った餃子を食べて、また一言。
「んんんー! ん! ん!」
「先生、さっきから日本語忘れてる」
「美味しいものは、言語を越えて万国共通なんだ」
「本当? 英語でもぷっはーって言うんですか?」
「ごくごく飲んだ後に息継ぎするから、ぷはーって言うんだよ」
「へぇ、ぷはーって万国共通なんだ」
「嘘」
「は?」
「アメリカでは、淡々と飲んでるだけで、爽快感を出すことはないなぁ」
「また、そうやって嘘を教えようとする。先生がそんなことしてもいいんですか?」
「餃子、うまいなぁ」
「あ、話題をそらした」
「じゃあ、先生らしくしようかな。桜井、誕生日プレゼントに渡した物をここに持ってきなさい」
「げっ! 英和辞典でしょ。食卓に持ち込んで勉強なんてやめてください」
「いいから、持ってきなさい」
「はーい」
ふくれっ面した桜井が英和辞典を取りに言っている間、アキラはサトシをじっと見ていた。
その真剣なまなざしに、サトシは緊張した。
「どうした、アキラくん」
「サトシおじさんってさぁ、美柑の先生なの?」
「そうだよ。どうして?」
「先生じゃなくて、恋人かと思った。この先、美柑と結婚するのかなーって」
「ま、まあ、正解だよ。先生でもあり恋人でもある」
「ふぅーん、じゃあさ、サトシおじさんって、僕のお兄さんになるのか」
「そういうことになるね。将来的には……」
「うん、いいぞ。その線、アリだな」
「そ、そうか。よかった」
サトシはアキラの意見にタジタジである。
そこへ、桜井がサトシからもらった英和辞典を持って、テーブルに戻って来た。
「せっかく、プレゼントしたのに、英和辞典を一回も開いていないだろ」
「だって、見たとたんに、テンション下がりまくっちゃって、速攻で本棚に並べてお終いです」
「かわいそうな英和辞典だ。では、ここで使ってみましょう」
「げっ! 単語テストですか? それとも長文読解ですか? やめてー」
「いいから、引いてみて。まずはケースから出して。ほら、ケースから出してもいないじゃないか」
桜井は、英語は嫌いじゃないが、今じゃないでしょという気持ちだった。
ふくれっ面をしながら、渋々ケースから辞典をだそうと試みた。
「あれ? 結構、きつめに入ってない? これ。取り出しにくい」
「はい、先生の目の前で、辞書を開いてください。単語は……」
「ふう、やっとケースから抜けた。あれ? なんか挟まっている?」
桜井は辞書のページの間に膨らみがあることに気が付いた。
辞書を開くと、中に挟まっている物が現れた。
「え、これ。これがプレゼントの本体の方ですか?」
「本体って、桜井。辞書はラッピングじゃないから」
「これ、鍵ですけど……、いやん、これで先生のハートの鍵を開けろっていう意味? きゃーー!」
「いやいや桜井、想像が現実を飛び越えて、どっかいってしまっているぞ」
「先生の家の合鍵……ですか?」
「正解。先生はこれから忙しくなる。ゆっくり会えないと思うから、いつでも来ていいよという意味だ。ちなみに桜井のお母さんには許可をもらっている」
「お母さんったら何も教えてくれなかった。でも、そんなことしたら教頭先生にバレて、先生に迷惑をかけてしまいます」
「……教師は守秘義務があるから、詳しく言えないけど、クラス替えの担任は教頭と校長が決める。おそらく二年、三年生と桜井の担任にはなれません。これからは、仕事が忙しくなるし寂しい思いもさせると思います。だから、鍵を持っているだけで一緒にいる気分になればなぁ……という先生の勝手な願いです」
「持っているだけで……うん、嬉しい。合鍵は愛の鍵ですね。ありがとうございます」
「うまいこと言うなぁ、愛の鍵か。それいいですね」
「あのぅ、先生の留守中に行って、掃除とか料理とかしてもいいですか?」
「ハハハ。実はそれも期待していた。ただ、夏梅には気を付けろよ」
「はい。でも、クラス替えがあるでしょ。夏梅は理系に行くって言ってたから、同じクラスにならないと思いうけど」
(マズい。ここで同じクラスになるように教頭から要望があったとは言えない)
「そうか」
サトシは、クラス替えの話をそっけなくかわした。
「先生、わたし不機嫌だったよね。ちゃんと辞書を開けもしないで怒ってた」
「まあ、いいよ。そうなるだろうとは思っていたし」
「読まれていたか」
「桜井、辞書はね、使い込んだ方が使いやすくなるんだぞ。紙にしわが付いた方が引きやすくなる。この辞書はいっぱいしわが付くくらい、使い込んでください」
「よし、がんばろう、わたし」
勉強にやる気が出て来て、桜井は両手で拳を作った。
そんな姉の横で、アキラは不思議そうな顔をして見ていた。
「女って、こんなものをもらって喜ぶのか。わかんねー生き物だな」
「アキラ、ほら、先生にビール注いでよ」
「桜井、子供に酒を注がせるな。アキラくんいいから、おじさんは自分でやるから」
「うん、わかったー。じゃあ餃子のおかわりは?」
「ええっと、図々しくおかわりなんかしていいのかな。家族の分はあるのかい?」
「大丈夫だよ。美柑のやつ、たっくさん作ってさ。あ、もちろん僕も手伝ったよ」
「たくさんって、どれくらい作ったんだ? 桜井」
「軽く50個」
「50個?!」
「なんでプレゼントが英和辞典なんだろうって、考えながら作っていたら、こんな数に……おかわり持ってきますね。箸休めに浅漬けも」
「ああ、浅漬けいいなぁ」
「僕が包んだ餃子をおじさんに、間違った、お兄さんに食べてもらうー」
「アキラくん、まだおじさんでいいから」
「アキラが包んだ餃子、歪だけどいい? 先生」
「ぜひそれを。歪でも味は一緒だ。桜井の手料理は最高だから」
ちょっとしたLINEの誤送信から、こんなに楽しい展開になるとは、サトシにとって嬉しい誤算だった。
(誤送信の神様ありがとう。ん? そんな神様いるか? ま、いっか。とにかく感謝)
桜井の言った通りになった。
結局、サトシは桜井にハートの鍵を開けられた。




