第103話 女生徒SIDE:ハチカフェのオレンジタルト
学年末テストの最終日。
一年生学年末、最後の教科のテストが終わると、一年A組の生徒たちはやっと緊張感から解放された。
「学年末テストは今日で終わりだからと言って、遊びに行かないように。早く家に帰って自己採点をして、見直すようにしてください。先生からは、以上です。皆さんから何か連絡事項ありますか? なければ、夏梅、終礼を」
「起立、礼」
「「「ありがとうございました」」」
夏梅の号令で一同礼をして、下校となった。
サトシが教室を出ると、さっそく桃瀬が桜井に話しかけてきた。
「ねぇ、ねぇ、帰りにハチカフェに寄っていかない?」
「今日、美容院を予約してあるから、わたしはパス」
「えー、美容院の予約まで時間つぶしに行こうよ。柚木くんも部活休みだし」
「お金ないもん」
「えええー、そんなぁ。昨日、美柑の誕生日だったじゃない。わたし奢るからさ。誕生日プレゼントの代わり」
「ホントに? ええ、じゃあ、行こっかなー」
「柚木くん、美柑も行くって。ミニバースデーパーティーやろっ!」
「マジで? 行く行くー」
ハチカフェで、桜井たちは寄り道をしていた。
桜井の目の前には、いろんなタルトが並んでいた。
「ええ? こんなにいいのー? 高いんでしょ?」
「どうぞ、どうぞ、美柑の誕生日だったんだから」
「嬉しい。わたしの誕生日っていつも学年末テストと重なるから、誰にも祝ってもらえないのよねー。初めてよ、こんなこと」
「え? サトシ先生は祝ってくれなかったの?」
「だって、先生は忙しいし、テストの採点とかしているんじゃないかしら」
「でも、メールとか電話でおめでとうぐらいあったでしょ?」
「全然ない」
「え、何も?」
「うん、何も」
「サトシ先生って、美柑の誕生日を知らないのかな」
「教えたよ、去年だけど。忘れているんじゃないかなー」
「美柑、それでいいの?」
「だって、先生って忙しいんだもの」
「いくら忙しくても、オフの日があるでしょ。デートとかしなさいよ」
「あ、言われてみると……、デートってしたことないかも」
「えええ? それでよく付き合っているなんて言えるわね。先生の仕事が忙しいっていうのなら、結婚しても一生デートなんてできないかもよ」
「げっ! マジで? そうかー。そういうことになるのかー」
「あきれた。で? サトシ先生とはどこまでいってるの?」
「どこまで……って」
「そうよ、ハルちゃん、そこが肝心なところよ。しっかりツッコんでくれる?」
「どこまでって、阿佐ヶ谷商店街までかな。デートしたことないし」
「え? 距離の問題?」
「ああ、ごめん、ごめん」
「そうよ、美柑、そういうことじゃないのよ」
「工藤先生のお家まで行ったことあるわ」
「だから、距離じゃないっての!」
ハチカフェで桜井たちがわいわいと話している間。
後ろの席で、夏梅がしっかり話の内容を聞いていた。
「全く! 早く聞き出しなさいよ。どこまでの関係なのか、わたしだって気になるじゃない」
桜井は、桃瀬たちが興味本位でサトシとの関係を聞いているのはわかっていた。
それをわざととぼけて、小学生みたいな答え方で上手くかわしていた。
(言うもんですか。言ったら最後、教頭の地獄耳に届いて先生に迷惑をかけることになっちゃう)
関係性はうまく誤魔化せたものの、デートをしたことがないのは自分でも情けなかった。
「ハルちゃん、先生って職業はそんなに忙しいのかな」
「だって、現にどこへも連れて行ってもらってないんでしょう」
「それって、わたしがババアになるまで、どこへも連れて行ってもらえないってこと? 嫌よ、そんなの。じゃあ、ハルちゃんは、デートでどんなところへ行くの?」
「そりゃあ、東京ランドとかアウトレット・モールとか、映画館とか……」
それを聞いた柚木は驚いた。
「え? ハルちゃん、いつの間に彼氏ができたの? 知らなかった。美柑は知ってたの?」
「知らなかったわよ。カマかけてみただけよ。素直に吐きやがって」
「ああー! 美柑! ハメたわね。酷い」
「ハメてないわよ。たまにはハルちゃんの惚気話とか聞きたいなーって」
「そんな、別にかっこよくないからね。ただ、お兄ちゃんの友達ってだけで」
「ふーん、そうなんだ。じゃ、大学生?」
「そうだけど?」
それを聞いて、柚木が号泣し始めた。
「美柑にはサトシ先生が、ハルちゃんには大学生の彼氏が……、わたしだけ彼氏がいない。うわーー。わたし、陸上と結婚するのなんて嫌よ。普通の高校生らしい恋がしたいわぁ」
柚木が泣いてうつぶせになると、後ろの席に夏梅が座っているが丸見えになった。
桜井は、夏梅を発見して叫んだ。
「あ、夏梅! あんたカフェにまでスパイしに来てるの?」
「オホホホ、違うわよ。生徒たちが寄り道してないか、調査してただけよ」
「あんただって、寄り道してんじゃないの。また立ち寄り許可書を持っているとか言うんでしょ!」
「あら、よくわかったわね。そんなことより、桜井さんとサトシ先生の関係はどこまで行っているのかしら。学級委員長として把握しておきたいわ。念の為」
桜井はムッとした。
(こいつ、絶対に教頭のスパイだ。でなければ、ただの興味本位? むっつりスケベ?)
「さあね、夏梅に教えることなんか何もないわ。ところで、夏梅と若狭くんはどこまでいっているの? それを教えてくれたら、わたしも言うわ」
「わたしと若狭くんは、清い関係よ。何もないわよっ!」
桃瀬と柚木は、夏梅の恋に興味津々だった。
「へぇー、抹茶チョコを渡したんだっけ? それから夏梅。どうだったのー?」
「お話が聞きたいわー。わたしたちの今後の恋のために参考にしたいのよ」
「べ、別になにもないってば。やめてよ、未だに桜井さんのことを想っている男なんて、こちらからお断りよ」
「え」
桜井は、若狭がまだ自分の事を想っていると聞いて、ドン引きした。
「まさか、夏梅。フラれた?」
桃瀬が言ってはいけない一言を言ってしまった。
「やめて、やめてってば。あんな男、こっちからお断りだわよ! うわーーーん」
桜井は、夏梅がなんだか可哀そうになって来た。
「いい、いいよ。泣きたい時は泣いて。夏梅、このオレンジタルト食べる?」
夏梅は、涙を拭きながらきっぱりと断ってきた。
「口止め料ならいらないわ。賄賂で寄り道をなかったことにしようなんて最低よ」
強がる夏梅にむかって、桜井は優しく言った。
「そんなんじゃないよ。甘いものでも食べて、失恋の痛みが癒されればなと思っただけよ。夏梅の良さがわからない若狭くんには、わたしが婚約したから諦めろと言えばいいじゃん」
「それを他校の生徒に言ってもいいの? 誰とだって聞かれたらどう答えるのよ」
「先生の名前を出してもいいわよ」
「いいの? それは極秘事項でしょ」
「若狭くんはサトシ先生を知っているから、別に隠さなくていい。むしろ、はっきり言ってやって欲しいわ。そして、目の前にいる夏梅がどれだけいい女かわからせてやってよ」
夏梅は、ポッと頬を染めて小さく頷いた。
「ご馳走になります。今日の寄り道はなかったことにするわ」
夏梅は差し出されたオレンジタルトに、手を伸ばしてガツガツと食べ始めた。
「夏梅、あんたって、可愛いねー」
桃瀬も柚木も、夏梅は可愛い奴だと言って、思いっきり抱き着いた。
「やめて! 苦しい……むせる!」




