6-3 四年越しの告白
別の場所に迷い込んだのかと錯覚するほど、夜の庭園は昼と様変わりしていた。
花々の生き生きとした色彩は一様に闇色に覆われ、暗くうつむいているように見える。
プリムに壊された噴水はすでに修復が済んでおり、以前訪れた時と同じように薄い水の膜を噴き出していた。
タイルで舗装された小道を進んでいくと、ランタンの灯と人影があった。手すりの前に、緩く波打つ亜麻色の髪をした女が立っている。
ビリーたちに対して背を向けているため、表情はわからない。
「お二人でいらしたのですね」
感情のない澄んだ声色だった。
「憎らしいこと」
女が振り返り、髪とドレスの裾がふわりと揺れる。
「せっかくジーン様にはお姉様の部屋の鍵までお渡ししたのに。昔から間の抜けた人」
女――フィオナは笑顔だった。
ビリーが言葉を発せられずにいると、フィオナは可愛らしく小首をかしげる。
「ジーン様から聞きませんでしたか。わたくしからウィルマお姉様が生きていると教えられたと。お姉様を襲わせるために、わたくしが唆したのですよ。四年前のことといい、ひたむきな執着ですね」
ビリーには、フィオナの言葉が上手く消化できなかった。目の前にいるのが本当に自分の妹なのかも、わからない。
アズールはジーンから奪った剣を握り直すと、無言で大きく振りかぶった。地面を踏みしめる音とともに、矢を上回る速度で剣が投げ放たれた。
剣は地面と水平に飛び、フィオナのいるすぐ近くの柱に突き刺さる。風圧でフィオナの髪が揺れた。フィオナ自身は微動だにしない。
「ジーン・フリンは廟堂に転がしてある。俺があと一歩でも来るのが遅かったなら、問答無用で当てていた」
アズールは犬歯をむき出しにし、低いうなり声を発しながらフィオナへと近付く。
「もしも俺に非があるなら償うつもりでいた。だがウィルマを害するというのであれば話は別だ。未来は変わらぬが、懺悔くらいは聞いてやろう」
アズールは柱に刺さった剣を抜き、切っ先をフィオナへと向けた。
「っ……待ってください、アズール様!」
ようやく、ビリーは身体を動かすことができた。よろめきながら、アズールとフィオナの間に入る。
「なにかの、間違い、かも……」
声が震える。願いだけが根拠だった。
「いいえ、お姉様」
ビリーとは対照的に、フィオナははっきりと高らかに並べ立てていく。
「四年前、ジーン様が屋敷に放った火を風で燃やし広げたのも。アズール様に言い寄るご令嬢方を傷付けたのも。城下でお姉様を襲わせたのも。今夜ジーン様をけしかけたのも」
ビリーは耳を塞ぎたくなった。願いが丁寧に打ち砕かれていく。
そんなビリーの様子を尻目に、フィオナは続ける。
「花の香気でまどろむ陛下を、ここから風で突き落としたのも。すべてはわたくしの意思によるものです」
「どうして」
ビリーはうめき、振り返った。
フィオナの顔が見えない。地面がぐらぐらと揺れている。足に力が入らない。膝が折れる直前、アズールに抱きとめられた。
フィオナの瞳が、きょうだい全員同じ若葉色の瞳が、すっと冷える。
「クベリア辺境州にいた時からずっと、陛下を、アズール様をお慕いしておりました」
淡々とした、熱のない告白だった。
「アズール様はあの頃からずっとお姉様だけを見つめておいででしたから、わたくしのことなど気にも留めていなかったでしょう」
フィオナは口元だけ笑みの形にする。
「陰からそっと見ているだけでいい。あの日まではそう思っておりました」
ビリーを支えるアズールの手に、ぐっと力がこもった。
「四年前の食事会が、お姉様とアズール様を近付けるためにお兄様が計画したことだと聞かされ、わたくしの中で何かが破裂しました」
フィオナは目蓋を伏せ、胸元に手を当てた。
「その時、わたくしの気持ちに応じるように、風が吹き荒れたのです。風はどこからか炎を連れてきて、屋敷を覆い包んでしまいました」
フィオナは手のひらを上に向ける。
手すりにかけてあったランタンの火が吸い寄せられた。フィオナの手のひらの上で螺旋を描き、小さな燃える竜巻ができあがる。
「風の制御ができず、お父様とお兄様をあのような目に遭わせてしまったことに呵責がないわけではありません。足の怪我も、お母様がわたくしのことを忘れてしまったのも、愚かなわたくしへの罰なのでしょう」
「もういいよ、フィオナ」
ビリーは自分の足で立った。
「屋敷に火をつけたのはジーンなんだろう。少なくとも、四年前の火事についてはフィオナだけが悪いわけじゃない」
ビリーの身体に残った火傷の跡が、じくじくと痛んで何かを訴えかけている。
ジーンの口ぶりでは、フィオナが悪意をもって延焼させたかのようだった。フィオナの話を聞く限り、不幸な事故であったように思える。簡単に割り切れることではないが。
「どうして、アズール様を突き落としたの。慕って、いたんでしょう」
アズールへの好意と殺意が、ビリーの中で繋がらない。
どんなに考えても、二つの感情は対極に位置している。一人の者に対し、同時にいだくものではない。
「お姉様は幸せですね」
フィオナは炎の竜巻を握りつぶした。ぶすぶすと黒煙が上がり、肉の焦げる嫌な臭いがする。
「お義父様から廟堂の掃除を言いつけられず、アズール様が仮面を外したところをお見かけしなければ、陛下を弑するという考えには至りませんでした。まさかあのアズール様が皇帝陛下だと知った時はとても驚きました。でも本当に驚いたのは、毎日のように庭園に訪れて何を熱心に見つめているのか気付いた時です」
フィオナは手すりに両手を置き、身を乗り出すようにして見下ろした。
「ああまた、お姉様に取られてしまうのかと」
日中であれば、フィオナのいる所からは廟堂の裏手側――ビリーがいつもサボっていた場所を見ることができる。
「それならいっそ、と、風が囁きました」
うふふ、とフィオナはビリーに微笑みかけた。




