6-2 罪の自白 ※胸糞展開を含みます
「……あんただったのか。父上と兄上を殺したのは!」
頭の中に焼き鏝を入れられたかのように、ビリーの視界が熱く爆ぜた。
力づくでジーンを押しのけようとするがびくともしない。
逆に手のひらにナイフを突き立てられ、床に縫いとめられた。手のひらが焼けるように熱い。
「殺したのは俺じゃない! 俺はボヤを起こしただけ。屋敷があんなに燃えたのは、あの女が風を起こして延焼させたからだ。俺は悪くない。お前と別れたくなかったから、ちょっとした抗議のつもりで火をつけただけなんだ!」
ジーンはビリーの肩を掴んで揺さぶり、唾を飛ばしながら激しく言い立てた。
「自分が何を言っているのか、何をしたのかわかっているのか! そんなくだらないことのせいで、父上と兄上は……!」
ビリーは拳を振り上げたが、あっけなく押さえられた。
次の瞬間、ビリーの頬に鋭く重い痛みが走る。唇の端からひとすじ血が流れた。
殴られ、口の端を切ったのだとビリーは理解する。
「俺の気持ちがくだらないだと!」
激昂で顔を赤黒く変色させたジーンは、ビリーの足の間に強引に膝を割りいれる。
ぞっとした。
ジーンが何を目的としているのかを悟り、ビリーは胃液がせりあがってくるのを感じた。
気持ちが悪い。尊厳が踏みにじられるくらいなら、殺された方がマシだ。
「ああくだらないね。あんたのはガキの癇癪――いや、人としての品性のかけらもない、けだものの欲だ。とっとと裁かれて刑に服せ!」
逆の頬も殴られる。口の中が血の味がした。
ビリーは涙をこらえ、歯を食いしばる。
目の前に仇がいるのに、声を上げることしかできない貧弱な身体が憎らしかった。兄と違って、自分の風術では人ひとり吹き飛ばせない。
「いつまで調子良く吠えていられるかな。心折れた顔を見るのが楽しみだ」
醜怪としか言いようのない表情をしたジーンは、ビリーの髪を鷲掴みにした。ぶちぶちと髪が抜ける音がする。
「貴様ごときに折れると思うな」
痛む頬をどうにか動かし、ビリーは不敵に笑う。
「私の心も身体も、触れていいのはアズール様だけだ!」
「そういうことだ」
思わぬ返事が聞こえ、ビリーは目をみはった。
身体を押さえつけていた重さが消える。
ビリーは考えるより先に手のひらに刺さっていたナイフを引き抜いた。素早く身体を起こす――前に、温かく大きな手に抱き起された。それだけで涙が出そうになる。
「二度も同じことを言わせるな、ジーン・フリン。俺の騎士に気色悪いことをしてくれるなよ」
尻尾を逆立て、声と瞳に静かな怒りを滲ませたアズールが、床に這いつくばるジーンを見下ろした。
「犬畜生が。さすがよく鼻が利くな」
ジーンは脇腹を押さえ、ゆらりと立ち上がる。右手に握られた抜き身の剣が鈍く光った。
「相変わらず皇帝に対する敬意が微塵もないな。堅苦しくされるよりは率直な方が好ましいが、犬畜生呼ばわりはさすがに腹が立つ」
アズールはビリーを背中にかばう。
ジーンは地を擦るように剣を下段に構え、距離を詰める。
「そして何より、彼女を傷付けた罪は万死に値する」
アズールは、ビリーが腰に帯びていた剣を抜き取り、そのまま真横になぎ払った。下からすくい上げるジーンの斬撃を正確に打ち払う。
アズールの一撃は重く、ジーンの剣を易々《やすやす》とはね飛ばした。
状況を把握できないジーンに、アズールが放った首を刈るような回し蹴りが綺麗に入る。ジーンの頭がぐらりと揺れ、白目をむいてその場にどうと倒れ込んだ。
アズールは息一つ乱さず、衣の裾を払う。
「……アズール様、普通に強いんですね」
ビリーは驚きを隠せない。
親の七光りがあるとはいえ、ジーンは帝国騎士団副団長だ。剣術・体術ともに、騎士団内では五指に入る。
「ドロップイヤーだからな。差別には暴力がつきまとう。最低限の自衛くらいはできるようにと仕込まれた」
アズールは慣れた様子で、ジーンから武器になりそうなものを取り上げ、脱がせた衣服で縛りあげた。目隠しをし、猿ぐつわまで噛ませる徹底ぶりだ。
ビリーは四年前の火事について詳しくジーンに聞きたかったが、諦めた。
ジーンに危害を加えずにいられるか自信がない。それに、アズールの前で醜態をさらしたくなかった。
ビリーは深呼吸をし、アズールの方に身体を向ける。
「助けていただいてありがとうございます。ですがアズール様はどうしてここに」
問いかけの返しは抱擁だった。
ナイフを刺された手は指を絡め合うように握られ、腫れた頬にアズールの唇がそっと触れる。
「まったく、目を離すとすぐに怪我をするな。治せるとはいえ、少しは俺の気持ちも考えてくれ。気が気ではないんだぞ」
アズールは少し屈んで額を合わせ、ビリーの乱れた髪を撫でつけた。
「そんな、治してもらうほどの怪我じゃないですから。アズール様に負担がかかりますし、大丈夫ですよ」
ビリーは腰が引けてしまい、よろめくように後ずさる。
下がった分以上にアズールは距離を詰めていく。
「『触れていいのはアズール様だけだ!』と全力の許可をもらっている」
「恥ずかしいこと復唱しないでください!」
ビリーは頬のあたりがむず痒くなるのを感じた。
アズールに聞かれてしまったのは痛恨のミスだ。その台詞を出されては何も言い返せない。
「俺は嬉しかった」
アズールが目を細めると、それに追従するように尻尾が振れた。
「あ、後にしましょう、そういうのは」
「後ならいいのか」
「そうやって言質を取るような言い方するのやめてください。ずるいですよ……」
ビリーは唇を噛みしめ、アズールの胸板に頭を押し付けた。
偽装でなくなった今の方が、アズールの好意にどう返したらいいのか困る。
「もう少し追い詰めたいところだが、後の楽しみに取っておこう」
アズールはなだめるようにビリーは背中をさすった。
「先の質問だが、ここへはフィオナ・フリン夫人に呼び出された」
アズールの言葉に、ビリーは勢い良く顔を上げる。
「やはり、フィオナが関わっているから、私に調査をやめさせたのですね」
ビリーの中で、驚きよりも失望の方が大きかった。
「……ああ」
アズールは静かに頷き、空中庭園に続く螺旋階段へと歩を進めた。
「おそらく、俺が四年前に彼女を救えなかったことが原因だろう」
一段一段、確かめるように階段を踏みしめる。
「言い訳にしかならないが、火事があったすぐ後、俺は次期皇帝として半ば無理やり帝都に連れ戻された。彼女の足を治す時間がなかった」
「そんなの、逆恨みじゃないですか」
ビリーとしては納得しがたい。
それくらいのことで優しいフィオナが他人に危害を加えようと考えるだろうか。
「かつて自分を救えなかった者が、癒し手を持つ現人神と崇められている――それだけで恨むには充分だろう」
「お言葉ですが、妹はそのような矮小な人間ではありません」
ビリーはアズールを追い抜き、立ち塞がる。
「口答えをしてしまいすみません。アズール様はすでに、フィオナの犯行だという確証をお持ちなのでしょう。ですが、私には信じられない。信じたくないのです」
ビリーはうつむき、自分の腕をさすった。
「……ここで俺たちが口論しても意味はない。酷なことをかもしれないが、いずれにせよ本人に聞けばわかる」
アズールはビリーの手を取り、導くように階段をのぼる。
螺旋階段の終点へとたどり着き、ビリーとアズールはともに空中庭園への扉を押し開いた。




