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空から落ちてきた皇帝を助けたら近衛騎士&偽装恋人に任命されました~元辺境伯令嬢の男装騎士ですが、女嫌いの獣人皇帝から無自覚に迫られ大変です~  作者: 甘酒ぬぬ
第4章 嘘

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4-8 怯懦な王

 アズールはテーブルで頬杖をつき、窓から外を眺めている。物憂ものうげな横顔は、先ほど奇行を演じたとは思えないほど美しく整っている。


「すまなかった!!」


 ビリーの姿を認めるなり、アズールはテーブルに叩きつける勢いで頭を下げた。

 憂鬱ゆううつな美しさが一瞬で彼方へと吹き飛ぶ。

 テーブルの上に用意されたティーセットががちゃがちゃと音を立てた。


「はい?」

「人の入浴中に扉を開けるなど本当に本当に……!」

「そこまでしなくても……。病みあがりの私を心配してくださったんですよね」

「すまない。人間は、たとえ家族であろうと肌を晒すことを極端にいとうと聞く。すまない、すまない……」


(そんな風習ないけど。この人なんで人間に対する知識が変なんだろう)


 アズールの素行を見ていると、獣人と人間が共生する国のトップとしてやっていけるのか不安しかない。


「アズール様、顔を上げてください。そんな風習ないですし、私は気にしてませんから」


 ビリーはそっとアズールの肩を叩いた。

 アズールはおそるおそる身体を起こす。


「……おっ」


 暗かったアズールの顔がぱっと明るくなった。尻尾が持ちあがって揺れる。


「お?」

「――うん」


 アズールは何度も視線を往復させてから、深く頷いた。


「よく似合っている。作らせて良かった」


 ストレートな物言いと、にこにこと人懐っこい笑顔にビリーはどきっとする。


「ありがとうございます」


 気恥ずかしさを覚えつつ、ビリーは頭を下げた。

 褒められたことを嬉しく思うのと同時に、うぬぼれでなかったことが確認できて安心する。


「ん。立たせたままで悪かったな。座ってくれ。念のためにちゃんとした食事は夕方からにした方が良いと言われてな。代わりに果物と薬草茶を持ってきたぞ」


 アズールは手を差し出し、着席をうながした。

 テーブルの上には、ティーセットと食べやすくカットされた果物が並んでいる。


「ありがとうございます。わざわざ用意していただいたんですか?」

「ルヌルムに運ばせようとしたら『忙しい。暇じゃない』と断られてな。本当に忙しいのではなく、さっきの件で腹を立てているだけだろうが。仕方なく自分で持ってきた」

「……つまり、アズール様自身が用意してくれたってことですか!?」


 ビリーは声が裏返ってしまう。

 強気に断るルヌルムもなんだが、他の誰も止めなかったのだろうか。


「前々から疑問に思ってたんですが、アズール様は本当に皇帝なんですか?」

「アズール・アーリム・アッルーシュ・アルカダル――現皇帝以外にこの名を騙る者は極刑に処される」


 アズールは堂々と名乗りながら、ティーカップにお茶を注いだ。意外と手馴れている。

 給仕する皇帝がどこにいる、とは突っこめなかった。


 ビリーはカップを受け取り、頂きますと断ってから口をつける。

 薬草茶というわりに癖がなく、さっぱりとした飲み口の水出し茶だった。湯上りの渇いた身体に爽やかに染み渡る。


「暇なんですか」

「暇だ」


 間髪入れず返される。

 勢いの良さにビリーは危うくお茶を吹き出すところだった。


「基本的には庭園でぼんやりしていると言ったろう。今は誰かのせいで噴水の工事中で入れない。城下に行こうにも、ここ数日警戒が厳しくてな。まぁ、俺のことはいいから食べておけ」


 アズールはフォークで果物を一つ刺してビリーの口元に近付ける。

 ビリーはまばたきをし、果物とアズールを交互に見た。


「……これは?」

「ローズアップルだ。ああ、クベリアでは出回っていないか」

「そういうことではなくて……」


 少し考えた末、ビリーはフォークを受け取ろうと手を伸ばした。


 するとアズールは眉毛をぴくりと動かし、ビリーの手を取ってテーブルに押さえつけた。果物の刺さったフォークをビリーの唇の前で揺らす。果実の甘く新鮮な香りがビリーの鼻先でくゆる。


 アズールの意図が汲み取れず、ビリーはこめかみを押さえた。


「どうしてフォークを渡していただけないんでしょうか」


 ビリーは具体的に尋ねることにした。


「遠慮するな、食べるといい」


 アズールは答えることも、フォークを譲ることもしない。毛足の長い尻尾が時を刻むように一定の速度で揺れている。


(何か試されてるのかな……)


 ビリーは名状めいじょうしがたいむずがゆさを覚えつつ、「いただきます」と果物をかじり取った。

 アズールの視線が気になって味がよくわからない。はずかしめを受けているような気分だ。


「楽しいですか、これ?」


 ビリーは声と表情にできる限りの困惑を乗せる。


「二日半ぶりに、動いて喋っているお前を見ているのは楽しい」


 アズールは頬杖をつき、上機嫌に答えた。本心からの言葉だというのは活発な尻尾を見ればわかる。


(全っ然わかんない。どう受け取ればいいの? 額面通り? 元気になって良かったな、ってこと?)


 ビリーは喉に詰まった物を押し流すように薬草茶をあおった。自分で二杯目をつぎ、それも一気に飲み干す。


「アズール様、皇帝としての公務とか、他にやることないんですか」


 ビリーは適当な話題を振りながら、果物の乗った皿を自分の方に引き寄せた。また、ひなに餌をやる親鳥のようなことをされても困る。


「ないな。外交や内政はそれぞれ担当の執政官が執りおこなっている。俺が関わるのはよほどのことがあった時だけだ」


 アズールは退屈そうにフォークを指先でまわす。


「あとは現人神の示威しい活動として祭祀さいしをおこなったり。わざわざ大勢が見ている前で怪我の治療をしてみせるくらいだな。皇帝といえば響きがいいが、ただの偶像にすぎない」


 湖水色の瞳をわずかにかげらせ、アズールは耳に手を添えた。


「そもそも、どうして皇帝になったんです?」


 ビリーは話の流れで尋ねてしまった。

 言動の端々から、アズールが帝位を望んでいなかったことは窺える。もしかすると触れられたくない話だったかもしれない。


「前皇帝が癒しの手に目をつけた。それだけだ。帝位は望んで就くものではなく、皇帝と四伯六官しはくりっかん――つまり前皇帝と四人の上州伯、六人の執政官によって新たな皇帝が推戴すいたいされる。今世においては、前皇帝のような万夫不当の英傑よりも、俺のような怯懦きょうだな王がいいらしい。俺はただ、静かに暮らしていられれば良かったのに」


 アズールは自嘲じちょうし、長い耳を握りしめる。そこには皇帝としての威厳も、さっきまでの無邪気さもなかった。

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