表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空から落ちてきた皇帝を助けたら近衛騎士&偽装恋人に任命されました~元辺境伯令嬢の男装騎士ですが、女嫌いの獣人皇帝から無自覚に迫られ大変です~  作者: 甘酒ぬぬ
第4章 嘘

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/49

4-4 新たな勅命

「そうか、良い名だ。ずっとお前の口から聞きたかった」


 アズールはまぶしそうに目を細めた。尻尾がゆったりと揺れる。


(なんか恥ずかしい)


 ビリーはぎゅっとを襟ぐりを握りしめた。


(でも『ずっと聞きたかった』ってどういうことだろう)


 些細なことだが、ビリーは引っかかりを感じた。言動に癖のあるアズールのことだ。単なる言葉のあやかもしれない。


「では改めて、ちゃんとはっきりとさせておこう」


 アズールは急に表情を引き締めた。

 ビリーは考え事を隅に追いやり、居住いずまいを正す。


「俺は、お前の素性をおおやけにするつもりはない。今まで通り、皇帝直属の近衛騎士ウィリアム・ビリー・グレイとして過ごせ」


 人の胸裏きょうりにまで響き渡る声でアズールは命じた。

 こういうところを見ると、やはり人の上に立つ者なのだとビリーは実感する。


「だが」


 アズールはベッドに手を置き、ぐいっと身を乗り出した。

 ビリーはまばたきをしたくなるのを懸命にこらえる。


(この人男女関係なく距離近いなぁ。――いや、私が女だと知ってた上で距離が近かったわけだから、実は女嫌いじゃない? あれ、獣人の女性が嫌いなだけだっけ?)


 気を紛らわすために取り留めのないことをビリーが考えていると、アズールの手がを伸ばした。ビリーの耳際の髪をひと房すくい取る。


 アズールの指が耳と頬をかすめた。

 びくっとビリーの身体と肌が反応する。


 それを見てアズールは薄く笑い、


「俺の前では女でいろ」


 皇帝のものでもなければ普段のアズールとも違う、身体の奥底を揺さぶるような深い声で命じた。


「――は……い?」


 理解の追い付かない事態に、ビリーの口から困惑がこぼれ出る。


(女でいろってどういうこと? 女性の必要条件って何? 具体的にどうしろと? 言葉遣いはあまり変わらないし、所作しょさも元々はしたないとか男っぽいって言われてたし。淑女のたしなみはまるでダメ。『人には向き不向きがあって、できないことも個性だから』とかみんなに慰められる始末。あとは、うーん――)


 ビリーは熟考した結果、ある一つの結論を導き出した。


「……つまり、私に女装をしろ、ということでしょうか。しかし万が一誰かに目撃された場合、『アズール皇帝は男の恋人に女装をさせる特殊性癖』という極めて不名誉な噂が立つ、非常にリスクの高い行為であると思うのですが」


 ビリーはいたって真面目に提言する。


「どこをどう解釈したらそうなるんだ……」


 アズールは頭を支えるように両手で髪をかき上げた。


「はぁ……わかりにくい冗談を言って悪かった」


 謝ってはいるが、アズールの表情は拗ねた子供のようだった。

 ビリーは取り繕うための言葉を探す。


「えっと、冗談、だったんですか。察しが悪くてすみません。ちなみにどのあたりが笑いどころ――」

「もういい追及するな! 俺の前では気を張る必要はないと言いたかっただけだ!」


 大きく身振り手振りをしながら、アズールはやけくそ気味に言い放つ。


「……本当に、良いのですか?」


 アズールが落ち着くのを待ってから、ビリーは尋ねた。


「俺が必要としているのは他でもないお前だ、ウィルマ・ビリー・グレイ。詐称については、お前を欺いていた俺も同罪。それで相殺そうさいとする」


 ずるい、とビリーは口に出しそうになった。


 普段突拍子のない言動をしていても、さすがは君主だ。人をその気にさせるのが上手い。

 アズールに想い人がいるのだとわかっていても、首を垂れ、尽くしたくなる。この人の役に立つのなら見返りなどなくても構わないと、思ってしまう。


(……変なの。私は臣下なのだから、想い人云々は関係ない、はずだ。臣下が見返りを求めること自体、どうかしている)


 今はさらしを巻いていないのに、胸が苦しい。


「顔色が悪いな。少し熱もあるようだ。病み上がりだというのに長々話して悪かった、ウィルマ」


 不意に名前を呼ばれ、ビリーはくすぐったさを覚えた。

 アズールの声に乗せると、自分の名前が特別な意味を持ったもののように聞こえてくる。


(なんか感情が乱高下してるな。毒の影響かも)


 ビリーは余計なものを追い出そうと頭を振った。


「大丈夫です。寝すぎただけでしょう」


 ビリーは気持ち声のトーンを上げ、不調などないことをアピールする。

 笑顔でその場を取りつくろうのは、兄が得意なことだった。アズールにはああ言われたが、素直に自分をさらけ出すわけにはいかない。


「それよりも、今の状況を教えてください。襲撃されてからどれくらい時間が経ったのか。ジーン・フリンは、どうなったのか」


 ビリーは意識的に話題を変える。一番最初に確認しておくべきだったことに、ようやくたどり着いた。


「二日半だ」

「……はい?」

「ふ・つ・か・は・ん」


 アズールは指を二本立てて見せる。


「……長くありません?」


 ビリーの口から素直な感想が出てしまう。


 窓から入る光の加減から考えて、今の時間帯は朝か、遅くとも昼。襲撃されたのが夜だったので、せいぜい半日くらいだと思っていた。


「そうだ。長い。心配した。疲れた。びろ」


 アズールは眉根を寄せてむくれてみせる。


「いや普通に謝りますけど、アズール様が疲れることはないでしょう……」


「公務の合間をぬって、いつ目覚めるかと頻繁に様子を見に来られていたのですから、とてもお疲れだと思いますよ」


 部屋の扉が開くのと同時に、柔らかく透明感のある声が聞こえてきた。


 羽ばたきの音と、足音。それに、かつん、かつん……という床を叩く硬質な音。


 部屋に入ってきたのは、アズールの従者である有翼種のルヌルムと、ビリーよりも年下で杖をついた女性。


「お姉様」


 久しぶりに見る亜麻色の長い髪は相変わらず綺麗で、花のように可憐な妹――フィオナによく似合っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ