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空から落ちてきた皇帝を助けたら近衛騎士&偽装恋人に任命されました~元辺境伯令嬢の男装騎士ですが、女嫌いの獣人皇帝から無自覚に迫られ大変です~  作者: 甘酒ぬぬ
第4章 嘘

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4-2 目覚め

 右手を包む温かさによって、ビリーの意識は引き上げられた。


 窓から差し込む強い光に目がくらむ。

 一瞬だけ、誰かがベッドの脇で祈りの形に両手を握っているのが見えた。


「……起きたのか!」


 弾んだ声が聞こえ、痛いくらいビリーの右手に圧がかかる。

 左手をひさしにして目をうっすらと開けると、鼻先にアズールの顔があった。

 ビリーが驚く間もなく抱き起され、拘束といっていいほど強く身体に腕をまわされる。


「あ、えっ? アズールさ、ま……結構、その、ほんとに……痛いん、ですが……」

「うるさい、近衛騎士のくせに倒れおって! 怪我ならまだしも、俺に毒は治せない!」


(ああ、ジーン・フリンが立ち去った後、撃退したはずのならず者に、また襲われたんだっけ……)


 ビリーの脳内に一連の出来事が呼び起こされる。


 やはりあの時受けた針には毒が仕込まれていたようだ。とはいえ主君をおいて意識を失うなど情けない。近衛騎士の名折れだ。


「不甲斐ないところをお見せして申し訳ありません。それよりも、アズール様はお怪我はありませんか」

「俺のことなどどうでもよい。いつ目覚めるかと、心配で……」


 アズールの声が不規則に震える。

 ビリーの肩に、アズールの頭の重さがかかった。


 心配させて申し訳ない。

 心配してくれて嬉しい。

 いつもよりさらに距離が近くて恥ずかしい。


 ビリーの中で三つの感情が同時に発露し、頭と心臓に負荷をかけた。起き抜けには刺激が強すぎる。


「俺が浅はかだった。近衛騎士などに任じなければ、命を危機に晒すこともなかったろう」

「それは……そうですけど。騎士には危険がつきものですし」


 今回の件はビリーが近衛騎士兼偽装恋人になったことが原因である可能性が高い。しかし同程度の危険は、帝国騎士であっても遭遇しうることだ。


「いまさら騎士団に戻れと言われても困りますよ。ジーン副団長に盛大に喧嘩売りましたし。仮にジーン副団長が更迭こうてつされたとしても、出戻りとして好奇の目に晒されるのがオチです」


 ビリーはなるべく明るく言った。


 アズールが責任を感じる必要はない。落ち度があったのは自分の方だ。すべきことをおこたった結果にすぎない。


「こんなことがあっても近衛騎士と偽装恋人のままでいたいと言うのか?」


 アズールはビリーの肩を掴んで身体を離した。ビリーの真意を窺うようにじっと瞳を見つめる。


「いや後者についてはお断りしたいですよ。でもまだ、アズール様を突き落としたのが誰なのかはっきりしていないですし。ならず者をけしかけてくれたやつには相応のお礼をしなくちゃいけません」


 ビリーはしっかりとアズールを見返した。


「……おかしな奴だ」


 アズールはふっと吹き出し、寝癖で跳ねたビリーの髪を撫でつけた。


 ビリーは下唇を軽く噛み、目線を下げる。

 アズールの手のひらの感触と、じんわりと伝わってくる体温が気持ち良い。触れる時はいつも爪が当たらないようにしてくれている。


(本当に、本当にこの人は性質たちが悪いな。たかが替えのきく騎士ごときに、ここまでしてくれなくていいのに)


 石がつかえているかのように胸が苦しい。日に日に苦しさが増しているような気がする。何かの病気かもしれない。


 ビリーが自分の胸に手を当てると、違和感があった。


 柔らかい。


 いやいやそんなはずはない! とビリーはもう一度触れる。


 さっと血の気が引く。全身に氷以上に冷たいものが流れる。


 柔らかく弾性に富んだそれは、十代前半のころから生じた、双子の兄と自分との決定的な違いだ。


「……目のやり場に困る。少し、隠してくれないか」


 アズールは手で目元を覆い、気まずそうにビリーから視線を外した。頬がうっすらと赤い。


 ギギギとびた音がしそうなほど不自然な動きで、ビリーは自分の胸を見下ろした。

 さらしでがっちりと押さえつけていたはずの胸が、男性にはない豊かな曲線を描いている。


「――きゃあっ!」


 自分でも驚くほど高い声の悲鳴が出てしまった。

 ビリーは胸を腕で押さえつけるように隠す。


 今着ているのは騎士団制服ではなく、ナイトウェアとして着るようなえりぐりのゆったりとした薄手の長衣だった。治療の際に着替えさせられたのだろう。


(終わった詰んだもうダメだ。こんなの……ごまかせるわけがない)


 ビリーは意識を手放したくなった。が、その前にしておかなければならないことがある。


「申し訳ございません、アズール様!」


 ビリーはベッドから飛び降りて平伏し、床に額を擦りつけた。


「アズール様をたばかったった罪、弁解のしようもありません。これらはすべて私個人でおこなったことであり、グレイ本家とはなんの関係もないことです。この期におよんで不遜ふそんと取られるかもしれませんが、どうか、どうか我が命でご容赦くださいますよう、お願い申しあげます……!」


 ビリーの髪の生え際に玉の汗が滲む。

 アズールが許してもらおうなどとは思っていない。それだけのことを自分はしてしまった。


 だがせめて命に代えてもグレイ本家――叔父の潔白を訴えなければ申し訳が立たない。義姉《母》と姪《自分》を不憫ふびんに思ってくれただけだ。


「怪我人が起き抜けに暴れるな」


 アズールは怒ったように言い、ビリーを抱えてベッドに戻した。ビリーの身体に布団をかぶせる。

 ビリーは震える手で布団を握りしめ、裁きを待つ。


 しかし、アズールの唇から発せられたのは裁きではなかった。


「命などいらん。それに、お前が男でないことは知っていた」

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