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空から落ちてきた皇帝を助けたら近衛騎士&偽装恋人に任命されました~元辺境伯令嬢の男装騎士ですが、女嫌いの獣人皇帝から無自覚に迫られ大変です~  作者: 甘酒ぬぬ
第4章 嘘

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4-1 四年前・炎の記憶

 世界は白くぼやけていた。


 季節外れの寝苦しさにウィルマが目蓋を押しあげると、いつもとは違う景色が飛び込んできた。

 もやか煙か、薄く透けた白いものがあたり一面に漂っている。寝ぼけているのかと目をこすってみても白いものは消えなかった。


 晩餐ばんさんの主菜にするための野鳥を狩りに行ったせいか、帰宅してすぐに強い眠気に襲われた。野鳥の処理を兄に任せ、自室に戻ったところまでは覚えている。


 夕方までに起きなかったら起こしてほしい、と家族には伝えていた。誰も来ないということは、まだそれほど時間は経っていないのだろうか。寝る時は昼であろうとカーテンを閉めきっているため、窓の方を見ても時間帯はわからない。


 今日は双子の兄のウィリアムが、夕食に学校の友人を招待している。人当たりはいいが特定の人と親しくするのことのない兄にしては珍しいことだ。


 ウィルマはその晩餐の支度をしなければならなかった。


 母は使用人のナーディヤと一緒に、帝都へ観劇がてらの小旅行に行っている。二人は本当に仲が良い。性格が真逆なのがいいのかもしれない。


 他に二人いる使用人は、それぞれ別の理由で暇を取っていた。ナーディヤ以外とはさほど親しくないため、詳しい理由は知らない。


 だから今日屋敷にいるのは、父と兄と妹のフィオナだけだ。


 父は質実剛健を絵に描いたような人だった。辺境伯にもかかわらず屋敷は質素で、使用人の数も少ない。子供に対しても必要以上に甘やかすことはせず、主体性を重んじた。


 そんな父もただ一度だけ、ウィルマの意志を無視したことがある。

 フリン執政官の末子、ジーン・フリンとの婚約だ。無視、は言い過ぎかもしれない。ウィルマがその話を聞いた時にはすでに断れない段階だっただけだ。


 ウィルマとしては嫁ぐ相手が誰であろうとどうでもよかった。だが先方に押し切られたことを父がひどく気にしていたため、婚約を喜んだ振りをした。


「ごほっ……がっ、う……ぐっ……ごほっ、ごほっ!」


 呼吸をしただけで、口から喉にかけて焼けつくように痛んだ。咳き込むことによっていっそう空気を取り込んでしまい、咳が止まらなくなる。


 白の正体は煙だった。認識した途端、あちこちから木材や布の焦げた匂いがした。


(まさか、火事? みんなは……私だけ、取り残されたの?)


 室内に火の手は見られなかった。発火元がこの部屋ではない、ということくらいしかわからない。


 鼻と口元を袖口で覆い隠し、ウィルマはベッドから下りる。

 裸足の足が床板に触れた瞬間、無数の針が刺さったような痛みに襲われた。たまらず体勢を崩し、肩から床に倒れ伏す。


 悲鳴ではなく音がウィルマの喉から迸った。


 床にあった熱された何かに肩が触れて服が焼け溶けた。皮膚が赤くただれ、瞬間的に沸騰したかのようにぶわぁっと水疱すいほうが生じる。身体の内側まで深くじくじくと痛む。


 早く立ち上がらなくては。


 そう思っても、またあの痛みに襲われそうで床に手をつけることができない。ぬるりとした嫌な汗が全身から吹きだし、じっとりとウィルマの身体の上を這う。


 がんがんと打ち鳴らされているように頭が痛くなってきた。視界がぐにゃりと不規則に歪む。

 唾を飲み込むだけでも喉が痛い。

 肌が熱く、掻きむしりたい衝動に駆られる。


(このままじゃ本当にまずい気がする……)


 意を決して、立ち上がろうとする。何かに髪を引っ張られた。腰まである長い銀髪は、自分と兄の外見における唯一の相違点だ。


 振り返って見てみると、髪の上に分厚い本が乗っているだけだった。


 学校で女子の間で流行ってる恋愛小説だ、と言って兄が貸してくれたものだ。見知らぬ男にキスをされたことをきっかけに恋が始まる、といったわけのわからない内容で、数ページで読むのをやめてしまった。そんなウィルマに憤慨ふんがいし、抗議のために落ちてきたのだろうか。


 ほっとしていると、髪の毛の先に小さな明かりが灯った。オレンジ色に輝く点は、まばたきをする度に大きさを増し、ほどなくして揺らめく炎の形を取った。

 炎はぶすぶすと黒い煙を上げ、吐き気を催す刺激臭をまき散らしながらウィルマの髪をのぼってくる。


「ひっ……いやぁっ……!」


 ウィルマは炎から目を背け、かすれた悲鳴をあげることしかできなかった。


「ウィルマ!!」


 心地よい風が吹き、ウィルマの頭がふっと軽くなった。髪がさらりと揺れ、ぱらぱらと短い毛がこぼれ落ちた。長かった髪は、肩のあたりでざっくりと切られている。


 自分のものより少しだけがっしりとした腕にウィルマは抱え起こされた。存在を確かめるようにきつく抱きすくめられる。


 兄が来てくれたという安心感からか、急にウィルマの目蓋が重くなった。


 ウィルマの意識が途切れる間際、疑問がよぎる。


 自分を助けたのは、兄だったのだろうか。

 ならば何故、兄は死んだのか。

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