3-4 名目は市場調査
「今の時期はランブータンが美味いな。もう少し暑くなるとロンガンやグアバ、ノイナー、パラミツなんかが並んで目移りするぞ」
露店で売られている果物を手に取り、アズールは流暢に説明する。
食材名と思しき聞きなれない単語の羅列は、ビリーにとって魔術的な詠唱にしか聞こえない。
グレイ家の屋敷を後にし、ビリーはアズールと共に商業地区の市場にやってきていた。
本来であれば近衛騎士として可及的速やかに皇帝を城へと連れ帰るべきだが、本人がゴネた。
『統治者としても商家の息子としても市場調査がしたい』
と何やらもっともらしいことを言い、半ば強引にビリーを市場へと向かわせた。
決して帝城への最短ルートではないが、商業地区を通って戻ったとしても誤差はせいぜい十数分。無理に連れ帰って不機嫌にさせ、よからぬことを仕出かされるよりはマシだ――とビリーは自分を納得させる。
ビリーはなんとはなしに、市場を行きかう人々に目を向けた。夕食前ということもあり、活気にあふれている。
種族的には人間と獣人が半々。帝都だけは、いつの時代も人間と獣人の人口比率がほぼ同じだ。
国の内外へ種族融和をアピールするため、偏りがでないよう調整されているのでは? といった囁きをビリーは騎士団内で耳にしたことがある。
(差別なんてなさそうに見えるんだけどな)
嬉々として商品を手に取り、それに関するうんちくを垂れ流しているアズールを横目に、ビリーは顎に手を当てた。
(アズール様は自身の過去に起因する獣人嫌い。プリム様の人間嫌いは……ドロップイヤーの件と一緒で、家庭環境からくるものだろうな。上四州は獣人偏重の傾向が強いと聞くし。あとは、帝国騎士団副団長ジーン・フリンは反獣人主義の疑いあり、か。アズール様が突き落とされたのは、やはり種族間のわだかまりが原因なのかな)
「何を暗い顔をしているんだ?」
アズールは尋ねながら、ビリーにラップサンドを差し出す。肉や野菜などを薄く平たいパンで巻いたものだ。朝食や軽食などでよく食べられている。
ビリーが受け取るのを見届けてから、アズールはもう片方の手に持っていたラップサンドに豪快にかぶりつく。頻繁に城を抜け出しては、こうやって買い食いをしているであろうことが窺える。
(普通に受け取っちゃったけど、皇帝にお金払わせたのって臣下としてまずくない?)
ちらっとアズールの方を見ると、にこにこと幸せそうな顔で軽食を楽しんでいた。皇帝という肩書がないせいか、いつもより無邪気に見える。あれこれ言うのは野暮な気がした。
(んー……帝都風の味付けってちょっと苦手なんだよね)
帝都で暮らすようになってしばらく経つが、いまだに帝都風の味付けや固有の食材に慣れない。そのため時間がある時はビリー自ら料理を作るようにしていた。
本来なら使用人のナーディヤの役目だが、彼女は昔から料理が苦手だった。出来合い品ばかり食卓に並べる。
ビリーは思い切ってラップサンドにかじりついた。
「……あ、おいしい」
想像していたのとは違う味わいに、ビリーは感嘆の声を上げる。
そぎ切りにした鶏肉とトマト、葉物が包んであり、酸味のあるクリーミーなソースが素材によく合う。
「北部の者にとって、帝都の料理は甘すぎたり匂いがきついだろう。俺も正直合わなくてな。ここの主人には特別に作ってもらっている」
アズールが指し示した方向には、軽食と果実水を売る店があった。人間の男性と獣人の女性の二人で切り盛りしている。距離の近さや雰囲気から、恋人もしくは夫婦に見えた。
一部階級を除き、人間と獣人の結婚は多い。その子供には必ずどちらかの親の形質だけが遺伝し、きょうだいで種族が異なる場合も多々ある。
(人間と獣人、か)
帝都では見慣れた組み合わせのはずなのに、今日は何故かビリーの心に引っかかった。
「ビリー・グレイ?」
アズールは機微を敏感に読み取る。いぶかしげにビリーを見つめた。
「あっ……すみません。ええと、このソースに何が使われているのか、と考え込んでしまって。酸味は柑橘でつけているのかと思ったのですが、香りがもっと瑞々しくて甘いんですよね。何か歯触りの良いものが細かく刻んで混ぜ込んであるみたいで――」
ビリーは焦りを隠そうとするあまり、余計に喋ってしまう。
「詳しいな」
アズールは疑いもせず、素直に感心したようにほうと息を吐く。
「一応、自分でも調理はするので」
「ああ、確か料理が得意だったか。いいな、俺にも何か作ってくれ」
アズールは期待に満ちた眼差しを向ける。
「得意というほどでは。故郷の味付けですし、お口に合うかわかりませんよ」
ビリーはやんわりと話を流す。
料理ができる、といっても家族以外に食べてもらったことはない。一度だけ他人に振る舞う機会があったが、火事のせいで流れてしまった。
「クベリア料理は滋味に富んでいて美味い。帝都の料理は獣人が作りやすいものばかりだからな。良くも悪くも大雑把だ」
「食べたことあるんですか。でも私の料理も雑ですよ」
「……作りたくないのか?」
アズールの顔が露骨にくもる。
「おそれ多いだけです。普段から贅を尽くした宮廷料理を召しあがっているお方に田舎料理は出せません」
理由を話しても、アズールは不満げな表情のままだった。
「……好きなものと苦手なものを教えてください。あと、どんなに口に合わなかったとしても、残さず食べるならいいですよ」
我ながら情けないと思いつつ、ビリーは予防線を張る。あれこれ理由を重ねたが、単純にアズールに美味しいと思ってもらえる自信がないだけだ。
アズールの顔がすぐさま明るくなる。背後に揺れる尻尾の幻が見えた気がした。
「せっかくなのでアズール様も一緒に作りましょう。クベリアでは家長であろうと料理を手伝わなければ食事にありつけません。それでもよろしいですか?」
ビリーの提案に、より一層アズールの表情が輝く。うんうんと何度も頷いた。
(私が料理をするなんて話、アズール様にしたかな)
ビリーの中に小さな疑問が浮かぶ。しかし、楽しそうなアズールの横顔を見ているうちにどうでもよくなった。




