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空から落ちてきた皇帝を助けたら近衛騎士&偽装恋人に任命されました~元辺境伯令嬢の男装騎士ですが、女嫌いの獣人皇帝から無自覚に迫られ大変です~  作者: 甘酒ぬぬ
第3章 商家の放蕩息子とかつての婚約者

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3-2 世を忍ぶ仮の姿

「……っ、変なこと言わないでナーディヤ! 仕事上、関わりがあるだけだって!」


 頭にふっと浮かんでしまった人物を打ち消そうとして、ビリーは必要以上に大きな声を出してしまった。顔が少し熱いのも声を張ったせいだ。


「今まであたしがいくら言っても『男にそんなものは必要ない』って髪や肌のお手入れをサボっていらしたのに。急に身だしなみに気を遣うようになられましたよねぇ」

「それは、職務上必要だからであって……!」

「ほほほ、誰かしら思い当たる方はいらっしゃるようで。機会があったらあたしにも紹介してくださいね。これでも、歳がものすごーく離れた姉のつもりですから」


 ナーディヤは口元に手を当てて上品な笑みを浮かべる。

 何か言えば言うほど揚げ足を取られてしまいそうなので、ビリーは仕方なく口をつぐんだ。


「ちなみにビリー様、うしろで手を振っていらっしゃる見栄えの良い殿方はお知り合いですか?」


 見栄えが良い。

 殿方。


 極力人付き合いを避けてきたビリーにとって、両方の条件を備える人物は一人だけ。

 しかし彼がこんな所にいるわけがない。それに今日は皇帝として儀式に出ているはずだ。


 終日儀式があり、厳重な警備が敷かれるため、近衛騎士一人いてもいなくても変わらない――ということでビリーは暇をもらっていた。


 嫌な予感にずきずきと痛む額を押さえ、ビリーはゆっくりと振り返る。


「よう、ビリー・グレイ」


 ターバンで頭部を覆った青年がグローブをはめた手をひらひらと振った。

 長い藍色の髪は緩く束ねられており、いつもより装飾や刺繍が控えめな衣をまとっている。

 獣人としての特徴はすべて隠されているが、藍色の髪と湖水の瞳、淡褐色の秀麗な顔立ちには見覚えがありすぎた。


「あ……ア、ズ……はぁ!? えっ、ちょっと、ばっかじゃないですか! 何やってんですかこんな所で!」


 ビリーが大声をあげると、変装したアズールに首を抱えこまれた。アズールはそのままビリーを引きずるようにしてナーディヤから距離を取る。


「しっ。そこの使用人に怪しまれるぞ。今の俺はとある商家の放蕩ほうとう息子の『アル』だ」

「なんなんですかその設定は……っていうか儀式はどうしたんですか儀式は!」

「終わったから城下に息抜きに来た。すると偶然お前の姿を見つけてな。後を追ってきたらここに着いたというわけだ」


 堂々たるアズールの言い草に、ビリーはため息を禁じ得ない。


「設定とかその格好とか、やけに板についてますね。普段からよく抜け出しているんですか」

「統治者として市井しせいの視察も大事だろう」


(こいつ日常的に城から抜け出してるな)


 自分にもサボり癖があるため、ビリーは強くは言えない。とはいえ、自分とアズールとでは命と責務の重さが圧倒的に違う。


「もっと危機感持ってください。命を狙われたばかりなんですよ」

「大丈夫だ。今は俺の騎士がそばにいる」


 アズールはからっと笑い、ビリーの頬をつついた。

 色々な意味で心臓に悪い。ビリーのことをからかおうとわざとやっている時もあれば、自覚なしの時もある。後者の場合が特に厄介だ。


「あらあら、とても仲がよろしいようで。ビリー様は人付き合いがあまり得意な方ではないので、お二人の姿を見て安心しました」


 今まで黙視もくししていたナーディヤが口を開いた。

 ビリーとアズールは慌てて離れ、それぞれ姿勢を正す。


「あたくしはビリー様のお世話をさせていただいているナーディヤと申します。僭越ながら、お名前をお聞きしても?」


 ナーディヤは形式に則った立礼りつれいをし、柔和だがどこか凄みのある微笑みをアズールに向けた。


「俺は『アル』という。しがない商家の息子だ。ビリー・グレイには世話になっている」


 アズールは礼を返し、平然と素性を偽る。


「アル様、ですね。ビリー様のご友人に立ち話をさせてしまい申し訳ありません。美味しい焼き菓子があるので、よろしければアル様もご一緒にお茶などいかかでしょう。ねえ、ビリー様?」


 ナーディヤはビリーにまで圧をかけてきた。

 ビリーが初めて家に人を連れてきた――実際には知らないうちに付いてこられただけだが――うえに、それが「見栄えの良い殿方」であることに、よからぬ妄想が膨らんでいるのだろう。


 ナーディヤは二人の返事を待たず、にやにやしてキッチンの方へと消えてしまった。


「……すみません、ア――アル様」


 ビリーは重い頭を支えるように、手のひらで顔を押さえた。


「アルでいい。敬語はともかく、友人に対して様付けはおかしいだろう」


 アズールは優しく微笑み、うな垂れるビリーの頭にぽんと手を置いた。


(……本当に厄介だ)


 ビリーの胸の中で何かがざわめいた。さらしで締め付けるのとは違う、もどかしさとしか言いようのないもので胸が苦しくなる。


「そもそも押し掛けたのは俺だしな。俺は焼き菓子も茶も好きだ。せっかくの厚意、ありがたく受けていこう」


 アズールはビリーの背中を軽く叩いてうながした。


(おかしい。こんなの、おかしい)


 ビリーは胸のあたりを撫でさすり、苦しさをごまかす。


(ウィリアムにも、近衛騎士にも、偽装恋人にも。こんな気持ち、必要ない)


 自分に言い聞かせ、ビリーは足早に居間へと向かった。

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