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空から落ちてきた皇帝を助けたら近衛騎士&偽装恋人に任命されました~元辺境伯令嬢の男装騎士ですが、女嫌いの獣人皇帝から無自覚に迫られ大変です~  作者: 甘酒ぬぬ
第2章 垂れた犬耳と事件現場とウサギ令嬢

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2-5 思いの種

「あっ……お……そう! 叔父上のことを『兄』と呼んでいたのでつい! 叔父上は年の離れた兄弟みたいなもので、子供の頃からの呼び方が抜けなくて……」


 とっさに思いついたにしては無理のない言い訳だ私すごい――とビリーは自分で自分を鼓舞する。

 嘘をつくときは自信がないのが一番まずい。無理にでも堂々としなければ。


「グレイ家は術だか魔法だかが栄えている国からの移民の一族だったな」


 無事に話題が逸れてくれた。ビリーはほっとして袖口で前髪のあたりをぬぐう。


「はい。祖父の代まではそれこそ自由自在に風を操れたそうですが、だんだんと薄れていっているのでしょう。私にもあまり才はありませんし」

「そうか? グレイ家の長子は類いまれな風使い、長女は『鉄火姫てっかひめ』とあだ名される女丈夫じょじょうふだと聞いているが」


 ビリーの喉から思わずひゅっと息が出た。膝から力が抜け、噴水の縁に座り込んでしまう。


 まさかアズールの口からそんなローカルなあだ名が出てくるとは思いもしなかった。

 口と手癖と足癖が悪かった時期に、不本意ながらそう呼ばれていたことがある。淑女のたしなみよりも狩猟や荒事の方がビリー――ウィルマの性に合っていた。


「た、多少風を起こせるだけで奇跡だともてはやされますからね。おおげさに伝わっているだけですよ。妹については、まあ、活発な子ではありました。あいつのほうが騎士に向いていたかもしれませんね」


 ――君のほうが騎士に向いているよ。


 実際に兄から言われたことでもあった。兄はどちらかといえば学者肌で、身体を動かすのが苦手だった。そんな兄がどうして騎士を志したのか、もう永遠にわからない。


 ビリーは唇を強く噛んでうつむいた。髪の毛先に溜まっていた水の珠が頬を伝い、地面に向かってぽとりと落ちる。


「火事で家族を亡くしたのだったな。配慮に欠けていた。すまない」


 アズールは沈痛な面持ちでビリーを見た。

 気を遣われると余計につらくなる。


「いえ、こちらこそ申し訳ありません。変な空気にしてしまって。もう四年も経つのに、女々しいことです」


 ビリーは自分の腕をさすった。腕に残る火傷の跡がぴりぴりと痛む。傷自体は治っているのに、時折こうして何かを訴えかけてくる。


「俺は恥ずべきことだとは思わない」


 迷いを絶つような明瞭な声だった。


「人の死やそれに準ずる心の傷を、乗り越え、受け入れるのにかかる時間は人によって異なる。ここは、様々な者の死への思いが堆積たいせきした場所だ。ひとりで抱えきれないものがあるのなら、思いを種に込めて植えていくといい。気休め程度には心が軽くなる」


 アズールは慈悲深い微笑みをたたえ、小さな麻袋を投げてよこした。中にはいくつもの種が入っている。


 不思議な人だ、とビリーはつくづく思う。

 言葉を交わすたびに印象が変わる。だからなのか、隣にいると落ち着かない。早く犯人を見つけて元の生活に戻るべきなのに、アズールの心の内に何があるのか覗いてみたくなる。


「アズール様は聖職に向いていますね。説法が聞きたくなりました」


 ビリーは肩をすくめ、わざと軽薄に笑ってみせた。


「少しお時間をいただいてもいいですか。心の一部を埋めていきます」

「ああ。先ほどの花壇をすき込んで使わせてもらおう。荒らされた草花も、萌芽ほうがの肥やしとなれば少しは報われる」


 アズールはビリーに向かって手を差し伸べる。

 まるでエスコートされているようだと思ったが、ビリーは吸い寄せられるように手を重ねた。


不躾ぶしつけかもしれませんが、アズール様にも偲ぶ方がいるのでしょうか」

「友を一人亡くしている。皇帝の身ではなかなか墓参りにも行けなくてな」


 手を引っぱってビリーを立ち上がらせてから、アズールは淡々と答えた。それ以上踏み込んでいいのか、判断の難しい表情をしている。


(学生時代に一人だけいたっていう友達のことかな。よっぽど仲が良かったんだろう)


 ビリーは少しだけ羨ましくなった。

 今の自分に友人と呼べる存在はいない。己の選択が招いたことだが、たまに誰かに寄りかかりたくなる。ウィリアムであることにんでいるのかもしれない。


 荒らされた花壇の所まで辿り着くと、アズールはおもむろに手桶を置いてしゃがみこんだ。躊躇なく土に手を突っ込み、かき混ぜる。鋭い爪と太い指のおかげか、道具を使うのと同じくらいの速さで耕されていく。


「アズール様!? 何もそこまでしていただかなくとも――」

「手などあとで洗えばよい。何を植えるか決めたか」


 アズールはこともなさげに言う。

 いったん戸惑いを飲み込み、ビリーは先ほど渡された麻袋を覗いた。何種類か形や色の違う種が入っているのはわかるが、それがどんな植物のものなのかまでは判断がつかない。


献花けんかではないのだから気楽に選べ。まわりを見てみろ、みな自由だろう。気候が違うゆえ、クベリアで見られるような植物の種はないがな」


 アズールは庭園を見渡した。視線の先は、故人への手向けにしては派手な花々で彩られている。


 ビリーは手のひらにいくつか種を出し、一番最初に目についたものを選んだ。丸っこくて黒豆に似た種だった。同じものをもう二粒探す。


 アズールが用意してくれた穴に種を落とし、ビリーも自分の手で土をかぶせた。ふかふかにほぐされた土はひんやりとしており、触っていると気持ちが落ち着く。


 手桶の水を杓子で流してもらって手を洗い、埋めた種にも水をやる。


(父上、兄上……)


 ビリーは両手を合わせ、目蓋を閉じた。


(どうして私が生き残ってしまったの。私たちはどちらが欠けてもいけなかったのに。せめて、生きているのが私ではなく兄上だったなら……)


 火事のあった日から、幾度となく繰り返している自問。年月が経って泣きわめくことはなくなったが、いまだに目蓋がじわじわと痛み、熱を持つ。


 涙をこぼさないようにビリーが顔を上げると、自分を見下ろす、逆さまのアズールの顔がすぐ近くにあった。長い耳が重たく揺れる。

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