ざまぁみろな夜。
お待たせして申し訳ありません(泣)
それは久しぶりに家族が揃って夕食を食べている時に唐突に始まった。
「ハインツ、お前に縁談が来ているんだが、どうする?」
「え?またですか?まだまだ未熟者ですので、もう暫し時間をいただきたいのですが?」
「そうは言うがな、今すぐ結婚しろとは言わんが、せめて婚約くらいはしておかんと、後々面倒なことになるぞ?」
大恋愛の末に母を娶った父の言葉に、子供たちはみんな白々しい視線を送る。
「ネリはイヤ!おにいさまがとられちゃう!そんなのダメ!」
かなり困り顔で項垂れるハインツお兄さまがかわいそうで、あえて幼い妹風を装っての援護射撃をかましてみる。
わたしの言葉にその場が一瞬で凍りつき、次の瞬間には家族だけでなく侍従たちやメイドまでが焦ってアワアワし始める。
「そっ、そんなことはないぞ!ハインツに婚約者ができてもネリの兄であることには変わりない!だが、ネリがまだ嫌だと言うならこの話はきっぱり断っておく!大丈夫だからなネリ!」
父の威厳は何処行った?ってくらいに青ざめた辺境伯ハイネンが、必死に幼い末娘をなだめる。
ネリはウソ泣きする必要すらなく、うまくハインツの縁談話を回避したのであった。
夕食はその後滞りなく平和に団らんしながら続いたのだが、ハインツの表情にはちょっと陰りが残っていたように思う。
自室に戻るためにバロックと廊下を歩きながらネリは考えていた。
今は家族全員が同じ屋敷で楽しく暮らしているけれど、兄にお嫁さんがきたり姉が嫁いだら、家族はどうなるんだろう?
日本でも結婚ってまだ縁遠かったからわかんないなぁ?
最近と言うか、祝福を授かってからなんだか日本の前世の記憶がちょっとだけ薄れてきた気がする。
別に悲しくも寂しくもないんだけどね。
もう戻ることもないし、日本での家族が次の世界では幸せに暮らしていると聞いているから、なんの未練もない。
ネリはいまはネリだから、ネリとして生きることを楽しまないと!
「うん。そうだよね!ネリはネリだもん♪」
「はい。姫さんは姫さんです。で、どうかしました?本当にハインツ様に縁談がきたのが悲しかったんですか?」
バロックにそう問われて、思わず足をとめてバロックを振り返る。
「わかんない。そうなのかな?ずっと一緒にいられると思ってたから。」
バロックを見上げた私に、忠実な侍従は苦笑いでうなずいた。
「厳しいことを言うようですが、姫さんが望む通りになることばかじゃないっすよ。ですが、オレはずっと一緒に姫さんを御守りしますよ!それは信じてください。ハインツ様も皆様もひめさまのことはずっと案じてくださいますよ。まだまだ先の話すよ!ですから、まだ泣かないでくださいよ~」
あれ?やだなぁ、知らないうちに私泣いてたのかぁ。
「バロック、恥ずかしいから抱っこで部屋までダッシュして!」
御意。
承諾の声と共にバロックは私をひょいっと抱き上げて部屋まで廊下を走る。
誰かに見つかったら確実に怒られるなこれ(苦笑)
その夜は侍女を呼ぶ前に顔を洗い、何食わぬ顔で入浴と着替えをして、早々にベッドにダイブした。
リリとロロを呼び出して一緒に就寝。
バロックは部屋の隅で椅子に座りいつも通りに不寝番。
毎晩は無理しなくてもリリとロロがいるから大丈夫だよって言うのに、バロックは私の侍従になってからずっと休みなく側に居てくれる。
それまでは侍女や乳母が交代で不寝番してたみたいだし、部屋の前の廊下は常に騎士達が見回っているのだけど、最近は不審者が多いみたいで、バロックが絶対に譲らないのだ。
バロックが言うにはずっと起きてる訳じゃなく、時々ロロと交代して寝てるって言うんだけどね…ちょっと心配。
でもまぁ、まだまだ幼児な私に夜更かしは無理ってことで、あっという間に夢の中です。
私が眠ったあとで、バロックや騎士達が今夜も不審者を撃退しているとは……。
ちなみに今夜はちょっとイラついたハインツお兄さまも参戦したらしいと翌朝聞きました。
「いったい何が目的なのかなぁ?わたしにそんなに利用価値があるのかな?」
朝食の席で父や兄たちが不審者のことを話しているのを、こっそり聞きながらパンケーキをつつく。
小さな声でつぶやいたのに、バロックには聞こえていたらしい。
パンケーキに追加の練乳ぽいやつ(こっちではミルクハニーって呼んでる)をかけてくれながら、ちょっと渋い顔。
利用価値って言葉が気に入らないみたい。
にこっと笑ってごまかしながら甘いパンケーキを食べる。
「ネリ。悪いがしばらくは部屋か屋敷内で過ごしてくれるか?絶対に一人にならないように、皆も頼むぞ!必ず近い内に不審者どもの雇い主を突き止めてやるからな!それまでの辛抱だ。フィーナも気を付けなさい。」
「「はい、お父様」」
そうして軟禁に近い日々が始まる。
まぁ、別に幼児だからって中身は大人だし、部屋で引きこもるのが退屈すぎってほどでもない。
フィーナねえさまも遊びに来てくれるし、バロックがなんやかんやと世話を焼いてくれるから、それなりに楽しい。
リリとロロも一緒だしね♪
なんて感じに呑気に過ごしていた日の深夜。
ガタン。バキッ!
ってかなり大きな音がしてふと目を覚ます。
薄暗い寝室の中央でバロックが椅子を振り上げて不審者らしき黒服の人物と戦っているのが目にはいる。
ロロはすでに私の前で唸りながら守ってくれているし、リリは部屋の隅で踞る別の不審者を警戒している。
「姫さん起きちゃいました?すんません。そのままじっとしててください、すぐ片付けるんで!」
バロックは椅子を放り投げて相手が私に投げたナイフをベッドの手前ではたき落とす。
てっきり誘拐が目的だと思っていた私は、床に落ちたナイフをみてゾッとした。
まさか?私を殺しに来たの?
私は咄嗟に獣化しロロの背に飛び付いた。
ロロは私を乗せるとひらりと天井付近へと飛び上がりそのまま静止した。
「ネリ!無事か!!」
つぎの瞬間には寝室のドアが開き、父や兄たちが騎士と共に部屋に飛び込んでくる。
パッと魔法で部屋の灯りがついた瞬間、部屋を見下ろして不審者が他にも多数いたことに気がついて怖くなる。
しかし、制圧はあっという間。
私がロロと中空にいるとわかったみんなは、もう容赦がなかった。
正直怖くて見ていられなかったけど、父も兄たちもバロックも騎士達も凄かった。
私の寝室もすごいことになっちゃったけど、不審者さんたちのせいだし、コテンパンにやられちゃってざまぁみろって感じ!
幼児の安眠を妨害した罪は重いんだからね!!
なんて思いながら、しばらくロロの背中で震えていた小さな雪豹がやっと眠れたのは、優しい母の腕の中でした。
読んでいただいて
ありがとうございます。




