黒田家
左門が最後に仕えた主君が黒田長政である。左門は自ら黒田家に売り込んだ。
「拙者は林田左門と申しまする」
「おお!あの戸田流林田派の祖と言われる御仁ですか!?」
「はい。実は折り入ってお願いがあって参りました」
「願い?それは一体どのようなことでしょうか?」
「はい。もしよろしければ、私を剣術指南役として召し抱えていただきたいのです」
「それで、とうとう黒田家の家臣になれたというわけか」
「まあ、そういうことだ」
「運が強い男なのだな」
「まったくだ」
「それにしても、黒田家はどういうつもりで、そのような者を入れたのかなあ」
「わからぬ。だが、これは後になってわかったことなんだが、左門のような者は、けっこうたくさん居たような気がするぞ」
「ほう、そうなのか」
「ああ。黒田家に流れ着いて、そのまま家臣になってしまった者がほかにも居るはずだ。ただ、左門の場合はたまたま、御家老のお目に止まったということではないかと思う」
「ふうむ」
「左門だけではない。おそらく、同じような境遇の者が他にも大勢居たことであろう」
「ふうん、そんなことがあったのか」
面白そうな顔をして聞いていた。
「面白い話だったよ」
珍しく素直な感想を述べた。
「で、どうなったんだ?」
「さあ、そこが判らんのだ。その後、一度も会っていないからな」
「ふうん」
「ただ、あの人のことだから、きっと元気にしているだろう」
「だろうな。お前さんより長生きしなけりゃおかしいよ」
「かも知れん」
「ところで、お前さんの方は何かあったのかい」
「別にないね」
「嘘をつけ。いつもなら、そろそろ金の話になる頃じゃないか」
「ま、そんなところさ」
「なんだ、そりゃ」
「実はな、お前に頼みたいことがあるんだよ」
「ほう、珍しいこともあるもんじゃないか。どんな用件だい?」
「例の千両箱のことを覚えているか?」
「勿論だ。忘れるもんかね」
「あれを近江まで運んでもらいたい。出来るか?」
「お安い御用さ。しかし、何だってまた急ぐ必要がある? 別に急いでいるように見えないが」
「まあ、色々事情があってな。とにかく頼めるかな」
「頼まれた」
「助かる。礼は弾むぞ」
「いらない。それより、どこへ運べばいいか教えてくれないか」
「近江の安土城だ」
「安土か。遠いな」
「頼む。一日も早く届けてほしい」
「判った。引き受けたが、ちょっと気になることが……」
言いかけて口をつぐみ、しばらく考えこんだ後、「やっぱりいい」と言って首を振った。
「気にしないでくれ」
「そう言われてもなあ」
「じゃ、こうしよう。そのかわり、俺にもひとつ仕事を手伝わせてもらう」
「仕事だと?」
「そうだ。それで相殺ということにしてくれんか」
「ふうむ」
「駄目だろうか」
「いいとも。何を手伝って貰おうかな」
「何でもいいぜ。但し、殺しだけは勘弁な」
「大丈夫だ。そんなことじゃない」
「よかった。安心した」
にっこりと笑ったが、すぐに真顔になって訊いた。
「で、その仕事というのは一体なんですか」
「それは言えない。口止めされているんでな」
「誰にです?」
「黒田殿にだよ」
「えっ!」
「驚くことはない。俺は黒田家直属の家臣になったんだ」
「いつの間に……」
「ついこの間だ。だから、これからは気軽に会いに来てくれると嬉しいな」
「そうします」
返事を聞くなり、立ち上がった。
「それじゃ、よろしくな」
あっという間に走り去った。まるで風のような男である。