兵法
「でも、どうしてそんなことを気にするんですか?」
「そりゃ決まってるだろ」
佐助はニヤリと口元を歪めた。
「俺は、お前さんのことが気に入ったからだ。だから、ずっと側にいて守ろうと思ったのさ」
「守る?」
左門は怪しげな目つきで相手を見つめていた。
「それなら、もう大丈夫だと思いますけど」
「そうかい?」
佐助は残念そうな表情を浮かべた。
「そいつは残念だなぁ」
「はい」
左門は大きくうなずいた。そして、笑顔を見せた。
「どうだ、左門。気分のほうは?」
佐助は心配そうな顔で尋ねてきた。
「悪くはないんですけど……」
左門は小さく首を振っている。
「正直、あまり食欲がないんですよね」
「そうか。じゃあ、無理しないほうがいいな」
佐助はうなずいた。
「だったら、せめて水分だけでも補給しておくんだ。脱水症状になると大変だしな」
「分かりました」
左門は素直に従い、コップを手に取り水を飲んだ。
「ところで、佐助さん。某を助けてくれたことには感謝しています。本当にありがとうございました」
「おいおい、水臭いことを言うなってばよ」
佐助は苦笑した。
「困った時はお互い様じゃないか」
「そうですか?」
林田左門は勢源が教えた兵法書を読み解き、独自の工夫を加えていった。
「これが私の兵法の基本となっている」
左門は言いながら、木刀を握り直した。
「なるほど、確かに基本になっているようですなァ」
「そうだろ」
左門は大きく肯く。
「私にとって、兵法は生きていくための手段なのだ」
「生きるためですか」
「ああ、人は生きてこそ意味がある。死んでしまったら何も残らない。兵法とは、その人が生きた証を残すために編み出した技術だと私は思っている」
左門は真剣な顔になった。
「兵法に価値を見出すというわけですね」
「その通り」
左門は力強く肯定してから、少し表情を緩めた。
「だが、兵法の価値はそれだけに留まらないと思う。兵法には人を生かす力もあるはずだ。兵法を学べば、人として成長することができる。私は、そう信じている」
「兵法を学ぶことで成長するのでしょうか」
「もちろんだ」
左門は断言する。
「私が学んだのは、剣の技だけではない。人を思いやる心、感謝の心、謙虚な気持ちなど、人として大切なことをたくさん学ぶことができた。それを糧にして、今の自分があると思っている」
「はあ」
「それに、この世の中の仕組みについても深く理解することができた。たとえば、この世は諸行無常であり、万物は流転するということだ」
「はあ」
「この世のすべては移り変わっていく。永遠に変わらないものは一つもない。それならば、今ある自分を大事にすればいいではないか」
「…………」
「どうだ? 分かったか?」
「分かりました」
「よし、では稽古を続けよう」
左門の目は輝いていた。