宴会嫌い
左門は宴会が嫌いであった。前方にある部屋の中からは明かりと共に賑やかな話し声が聞こえてきた。左門は何となくそちらを見た。すると、そこには大勢の人々がいた。皆、酒を飲み交わし、料理を食べているようであった。左門は驚いて立ち止まった。こんな時間だというのに宴会でもしているのかと思ったのだ。
「おい、こっちにも酒を注いでくれ」
「はい、ただいま」
「おーい! そろそろ芸を見せてくれないか?」
「分かりました!」
人々の会話や笑い声などがはっきりと耳に入ってきた。左門は少し離れた場所にいたのだが、それでも騒々しさを感じるほどだった。
「よし! じゃあそろそろこの辺にしとくか!」
その人は大きく手を打つと、大声で叫んだ。
「みんな、聞いてくれ」
その人はぐるりと周りを見回してから話し始めた。
「今日はここにいる奴らだけで宴を開こうと思っていたが、せっかくだから他の連中にも声をかけてみた」
「おおー」
周囲から歓声が上がった。
「そこで、今から皆で歌を歌ってもらうことにする」
その人がそう告げると、再び大きな拍手が起こった。
「それでは、まずは俺からだ」
その人は一歩前に出ると、大きく息を吸った。そして、歌い始めた。
「春風が吹けば桜の花びらが散るように~」
その歌声は朗々と響き渡っていた。左門はしばらく呆然としていたが、やがてあることに思い至り、ハッとした表情になった。そして、急いでその場を離れようとした。だが、遅かったようだ。
「おっ、そこにいるのは誰だ?」
一人の男が左門の存在に気付き、声を掛けてきた。左門はその男を見て顔をしかめた。
「えっ、俺の顔に何かついてるかい?」
その男は不思議そうな顔で尋ねてきた。
「いえ、そういうわけではありません」
左門は首を横に振ると、その男の方に近付いていった。そして、軽く頭を下げた。
「お邪魔をして申し訳ございませんでした」
「いや、気にしないでくれ」
その男は笑顔を見せた。
「ところで、あんたは一体どこから来たんだ?」
「某は、その……」
左門は言葉に詰まった。
「実は、道に迷ってしまいまして」
「そうなのか? それは大変だなぁ」
その人は同情するような目つきになった。
「それで、どちらに行きたいんだ? 案内してやるぞ」
「ありがとうございます」
左門はほっと胸を撫で下ろした。
「では、お願いしてもよろしいでしょうか」
「ああ。任せてくれ」
その人は笑顔でうなずいた。
「じゃあ、行くか」
「はい」
左門は返事をすると、その人の後に続いた。二人は並んで廊下を歩いていたが、すぐに左門の方が口を開いた。
「あの、すみません」
「ん? なんだ?」
その人は振り返ると首を傾げた。
「どうして皆さんはこのような時間に宴会などされているんですか?」
左門は疑問を口にした。
「なんだよ、そんなことを聞きたかったのか」
その人は苦笑しながら答えた。
「そりゃあ、決まってるじゃないか」
「決まっている?」
左門は眉根を寄せて聞き返した。
「そうだ」
その人は大きくうなずいた。
「こういう時は、飲んで食って騒ぐに限るからさ」
「……そうですか」
左門はため息混じりに返事をした。
「まあまあ、そんな嫌そうな顔をするなって」
「別に某はそのようなつもりはありませんよ」
左門は不機嫌そうに言った。
「ただ、もう少し静かにできないものかなと思いまして」
「ふむ」
その人は顎に手を当てながら考え込んだ。
「確かに、お前さんの言う通りかもしれないな」
「そうでしょう」
左門は得意げに微笑んでみせた。