武者修行
勢源に学んだ後、林田左門は再び武者修行を続けた。左門は剣客同士で慣れあうことはしなかった。ある国の峠では旅人が盗賊に襲われているところに出くわした時は、盗賊十人を素手で谷底に投げ捨てた。
「助かった。礼を言う」
旅人は大金を左門に差し出した。
武者修行を続けた左門は兵法者として名前が知られるようになった。格別に珍奇な手法を弄する訳ではなく、ごく簡単にあっけなく勝負をつけた。
左門は、勝負を挑まれることもあった。
「林田左門だな?」
「お前は誰だ!?」
「俺は山中隆景というものだ」
「ほう、それがどうしたというのだ?」
「俺と勝負してもらおうか」
「いいだろう。だが、一つだけ条件がある。もし私が勝ったなら、私の言うことを何でも聞いてもらうぞ」
「構わない」
「では、いざ尋常に」
「参る!!」
二人の剣は互角であった。
「なかなかやるな。では、これはどうか」
左門が剣を振るう度に、隆景の身体に傷が増えていく。
「くっ、強い」
「どうした? もう終わりか?」
「まだまだ!」
「その意気や良し! では行くぞぉー!!」
左門の攻撃が激しくなる。隆景は防戦一方になった。
「ぐわぁぁ!」
左門に斬られて隆景は倒れた。
「ふん、口ほどにもないな」
左門は立ち去ろうとした。
「おい、待てよ!」
「何だ?」
「何故とどめを刺さない?」
「そんな必要はなかろう」
「甘い奴め!」
「何とでも言え」
「覚えとけ!」
「ああ、忘れないさ」
「あ、いた! おーいっ!!」
「え?」
「俺だよ!! 忘れちまったかぁぁぁぁっ!?」
「お前は……うっ!!」
左門は頭を抱え込んだ。
「大丈夫ですか!?」
「う、うるさい!! 黙れ!!」
「えっ?」
「うおおおっ!!」
左門は絶叫しながら走り出した。
「ちょっ!? 待ってくださいよ!!」
「ついて来るな!!」
「嫌ですよ!! 一人にしないで下さい!!」
「くっ!!」
左門は立ち止まった。
「お前は俺のことを恨んでいないのか?」
「えっ?」
「俺はお前の父親を殺したんだ」
「……」
「俺のせいでお前は死んだんだ」
「……」
「俺のことなんて憎んでいるはずだ」
左門は自分の両手を見つめながら言った。
「いいや、そんなことはありませんよ」
「なんでだ?」
「だって、俺は左門さんに感謝しているんですから」
「感謝だと? どうして?」
「俺を助けてくれたでしょう?」
「あれはただの気まぐれだ」
「それでも俺は嬉しかったですよ」
「……」
「俺はずっと後悔していました。もっと早くに左門さんのところへ行けばよかったと」
「そうすれば、あんなことにはならなかったかもしれない」
「俺は自分の弱さが許せなかった」
「もう自分を責めるのはよせ」
「俺は弱い人間です」
「違う。お主は強い」
「いいえ、俺は強くなんかないです」
「じゃあ、なぜ逃げた?」
「逃げてなどいません。戦略的撤退をしたまでです」
「同じことではないか」
「全然違いますよ」
「そうかな?」
「はい」
「ふむ、そうなると、俺には分からぬ」
「分からないのであれば、これから学べば良いだけの話ではないですか?」
「学ぶ?」
「はい」
「どうやってだ?」
「自分で考えてください」
「おい、無責任じゃないか」
「それが俺なんです」
「まったく困った奴め」
「すみません」
「だが、嫌いじゃない」
「え?」
「いや、なんでもない」
「とにかくありがとうございました。おかげで元気が出ました」
「そうか。それならば良かった」
「さて、そろそろ帰りましょう」