出奔
「父上、お久しぶりでございます」
「おおっ、左門か! 大きくなったじゃないか!!」
林田右近は感動して涙ぐんだ。
「父上は変わりないようですね」
「ああ、元気にやってるよ」
「それは何よりです」
「ところで、お前の方はどうしてたんだい?」
「いろいろありました」
「ほう、どんなことがあったんだ?」
「まずは、これを見て下さい」
左門は自分の刀を差し出した。
「これは……!?」
右近は目を丸くした。
「こ、これはいったいどういうことだ!?」
右近は仰天した。
「まさか、この刀は……!!」
「父上の愛刀をお借りしました。大変申し訳ありません」
「いいんだ、そんなことは気にしなくていい!! それよりも、一体何があったんだ? なぜ、こんなことを……」
「はい。実は、父上にお願いしたいことがありまして」
「何だ? 何でも言ってみな」
「はい、実は―――」
左門は事情を説明した。
「なるほど、そういうことか……」
「はい」
「そ、そうだったのかい……」
「はい」
「それは……すまなかったな……」
右近は左門に頭を下げた。
「いえ、謝らないでください」
「そうか……。まあ、とにかく、お前が無事に帰って来てくれて良かったよ」
「はい、ありがとうございます」
「よし、任せておきなさい!!」
「本当ですか!?」
「もちろんだとも!!」
「父上、感謝いたします!!」
「うむ!!」
「しかし、お前は本当に偉いなぁ。俺の息子とは思えないくらいだよ……」
「そう言っていただけると嬉しいです」
隣の佐賀では龍造寺隆信が勢力を拡大していた。隆信は肥前統一の戦いに邁進していた。天正六年(一五七八年)には有馬領に攻めてきた。その戦争で右近は戦死し、晴信は降伏する。晴信は龍造寺に臣従することで命脈を保ったが、林田家は切り捨てられた。母は実家に戻った。
「それで、これからどうするつもりなんだい?」
「とりあえず、しばらく諸国を巡って兵法修行の旅に出ようと考えております」
「そうか、気をつけて行くんだよ」
「はい」
こうして、左門の新たな人生が始まった。
旅先にある剣術道場の門を叩いた。
「お主は何者だ?」
「某は林田左門と申します。御高名はかねがね伺っておりました」
「ほう、わしのことを知っていたか」
「はい。是非とも手合わせをお願いしたいのですが」
「構わんぞ」
「ありがとうございます!」
二人は庭に出て試合を始めた。左門の剣術は独特であり、まるで猿のように身軽な動きをした。その戦いぶりを見て、相手は舌を巻いた。
「貴様、本当に人間か? どう見ても猿にしか見えんのだが」
「はい、そうです」
左門は決闘の代役となることもあった。
「ところで、あなたの名前は何というんですか?」
「ああ、まだ言ってなかったっけ?私は、兵衛っていうんだ」
その人物はそう名乗ると軽く頭を下げた。
「よろしくな」
「あっ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
左門は慌てて挨拶を返した。
「ええ。それで、もしよろしかったら、私の代わりに決闘に出ていただけないかなと……」
「そういうことでしたら喜んで引き受けさせていただきます!!」
「本当に良いのですか?」
「はい! 是非やらせてください!!」
左門は張り切って答えた。
「ありがとうございます。このご恩は必ずお返し致しますからね」
「そんな、気にしないでください」
「いえ、そういうわけにはいきません。どうか、よろしくお願いいたします」