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入牢

左門の脱藩計画は露見した。

「殿! 大変ですぞ!」

「どうしたというのだ!?」

「実は……」

「まさか、こんなことになるなんて……」

「うむ……。どうしたものかのう……」

黒田長政は困り果ててしまった。脱藩を禁止したばかりなのに、また脱藩事件が起きるなんて思ってもみなかったことだったからだ。

「殿、この者はいかがしましょうか」

「殺すな。生け捕りにせよ」

長政は林田左門の才能を買っていた。しかし、左門は最早、期待に応えるつもりはなかった。


「お主は脱藩するような人間ではないはずだ。どうして脱藩しようとしたのだ?」

「それは、武士以外の者にも生きる権利があると思ったからです」

「左門殿! お気は確かか!」

「はい! 私は至極正常でございます」

「何と……お主がそんなことを言い出すとは思わなかったぞ」

「私も、このような事態になるとは思いませんでした」

「うーむ。お主は変わった奴だな」

「はい。よく言われます」


「脱藩を許すしかありますまいな」

「うーむ……」

筆頭家老の栗山大膳は迷っていた。脱藩を許したところで何の解決にもならないと思ったからである。ただ単に問題を先送りにするだけだと思っていた。


左門の身柄は菅和泉(菅正利)に預けられた。菅は黒田二十四騎の一人である。関ヶ原の合戦では鉄砲隊を率いて島左近を討ち取った。菅は左門の刀脇差を預かり、一間を堅固に囲んで押し込めた。左門と菅は師弟関係で特に親しかったので、預けたという。

黒田藩では、左門の抜けた穴を埋めるために、黒田藩士の中から腕利きの者を選んで剣術指南役とし、その者に左門の代わりを務めさせた。


黒田家の侍達は林田左門を激しく非難し、詰問した。

「貴様! 何を考えているのか!」

「何と言われましても……私はただ、武士として生きることに疲れたのでござる」

「何と無責任なことを申すのだ! お前のような奴がいるから士道不覚悟という言葉が生まれるのではないか!」

「申し訳ありません」

「謝っても済む問題ではないぞ」

「はい。重々承知しております」

「ならば、切腹せよ」

「えっ? 私がですか?」

「当然であろう」

「いえ、私はまだ死ぬわけにはいきません」

「まだだと? どういう意味だ?」

林田左門は一切語らなかった。完全黙秘である。


左門は牢屋に入れられることになった。既に左門を一間に押し込めているが、牢屋に入れるとなると一苦労である。捕らえ損ね、逃がしてしまったならば外聞が悪い。藩士の中で腕に覚えのある後藤金右衛門と林仁左衛門の二人で捕らえることになった。二人は左門がいる部屋に入り、外から錠を下ろさせた。二人がかりで捕まえようとしたが、左門はするすると逃げる。狭い所を三人で立ち騒いだが、まるで捕まらず、二人は疲労が見えてきた。


「仮にこの二人を殺しても他の奴が来るだけだから、逃げられない。罪作りに科のない者を殺すのも、無益なことだ。ああ、もう分かった、分かった。捕らえられるよ。捕らえられればいいんだろう。まったく、何でこんな奴らにへつらいやがらなきゃいけねえんだ」

左門は座り、捕らえられた。


「いつも用心のために、木爪の大楊枝を一本懐中しているが、今再三探っても見当たらん。この楊枝があったら、お前らの命は危うかったろう」

左門は二人に語った。ところが、着替える時に、その楊枝が出てきた。


左門は宝満山の麓の牢に入れられた。宝満山は福岡の南東にある。全山花崗岩で、修験道の霊峰である。

「左門様、申し訳ございません」

「いいや、お前が悪いわけではない」

「いいえ、私のせいです」

「いいから気にするな」

「いいえ、私のせいなのです」

「もういいと言っているだろう」

「いいえ、私の責任なのです」

「いい加減にしろ!」

「いいえ、私の罪なのです」

「うるさい! 黙れ!」


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